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固定観念を捨てたイタズラを楽しむ。ありのままを活かす野生の思考/田草川 和仁さん - 東晨洋酒

山梨市日川地区にあるワイナリー「東晨洋酒」。ここでは2代目社長の田草川和仁さんが、新たなジャンルのワインを製造しています。

「俺がつくると、野生派ワインになります!」

高校、大学とラグビーに明け暮れてきたラガーマンらしい猛々しさは今も健在。その風貌に、野生派という言葉はぴったりと重なります。一方で、自身のワインの味を「ランドセルを背負った小学生」「高校生の女の子」などと、面白く例えるお茶目な一面も。

遊び心たっぷりな田草川さんが作る「野生派ワイン」とは、いったいどのようなものなのでしょう。

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田草川 和仁(たくさがわ かずひと)さん
東晨洋酒(株)代表取締役社長
ワイン農家・醸造家
1965年山梨市生まれ。小学3年生から大学までラグビーに熱中し、最近までラグビースクールのコーチも務めていた筋金入りのラガーマン。山梨県立日川高等学校卒業後、東京農業大学農学部醸造学科へ進学。大学卒業後はアメリカカリフォルニア州フレスノや北海道中標津にて農業実習を経験。1989年に山梨市に帰省、家業のぶどう栽培に携わりはじめる。1992年に東晨洋酒(株)に就職、2001年より同社社長に就任し、地域密着をモットーとした野生派ワインづくりに励む。

野生派ワインの土台は、地元密着のテロワール

東晨洋酒は昭和38年、田草川さんのお父様と高校の同級生数名が立ち上げた会社です。もともとは自分たちが栽培したぶどうで自家消費用のワインを作る集まりでしたが、次第に一般販売をするようになりました。

「子供の頃からなんとなく継ぐんだろうとは思っていたけれど、自分の意志というよりはその場の流れで今ここにいるって感じかな笑」

周りの人に勧められるがままに大学では醸造を学び、卒業後はカリフォルニアで一年間農業実習。その後山梨に帰ってきて、平成3年に東晨洋酒に就職することになりました。現在は一人で、ぶどうの栽培からワインづくりまでを一貫して行っています。

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「最近は異常気象が多くて、去年のデータが全く参考にならない。今までの経験だけを頼りに、その場その場でぶどうの生育に合わせた対応をしていくしかないんだよね」

ぶどうを取り巻く自然環境が変われば、毎年ぶどうの状態も変わります。そして、ぶどうの状態が変われば、ワインの味が変わるのも当たり前。以前は毎年同じ味になるようにワインをブレンドしていましたが、今はその年ごとの味の違いを楽しめるよう、製造年別のワインをつくることにしているのだそうです。

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また、田草川さんは畑の場所による味の違いにも注目しました。こういった栽培環境はワインの味を左右する重要な要素であり、一般的に「テロワール」とも呼ばれています。

「原料ぶどうの2割はうちの畑だけど、残りは地元の知り合いに委託していて。どうしても、日川地区のぶどうだけでワインを作りたいっていう思いがあったんだよね」

ぶどう栽培は高校の同級生や恩師など、顔を直接見知っている人にお願いしているそうです。県単位という大きな括りのものもある中で、地区単位の、その年だけのワインは、地元密着のワイナリーだからこそできることかもしれません。

ありのままを活かす、引き算のワイン

ワインは同じ環境で栽培されたぶどうを使ったとしても、作る人の個性が表れます。田草川さんの「野生派ワイン」も、独特の”育て方”によって生まれるものです。

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ぶどうを潰して酵母を加えたら、発酵が終わるのを待つのが田草川さん流。日々の成分分析やこまめな温度管理はせず、自然の流れに任せます。

「最初はマニュアル通りやってたんだけど、そんなに人間が手を入れてあげなくても、ワインは育つことに気づいたんだよね」

発酵が終わってからも、冷却や加熱などの処理はしません。酒石が入っていたり透き通った色でなかったり、ワインは育ったそのままの姿で送り出されます。

「コンクールに出すなら綺麗に着飾ったワインじゃないと入賞できないけど、うちの酒はできたまま、ありのままでいいかなって」

思い通りのワインをつくるため、できる限り人間が手をかけるのが足し算のワインだとすると、田草川さんのワインはいかに手をかけずにつくるかを考える、引き算のワインです。一般的に行われている作業をあえてやらない選択ができるのは、原料ぶどうへの信頼あってこそ。

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「ポテンシャルの高いぶどうだから、俺のいろんなイタズラにも応えてくれる」

ここでいうイタズラは、ぶどうに課すミッションのようなものです。潰し方を変えたり、酵母の種類を変えたりと、その時々のぶどうの状態を見ながらイタズラを仕掛けます。ちゃんとワインになってくれるか分からない冒険でもありますが、そこは長年の経験と勘がものをいうところ。

「イタズラは、発想の転換から生まれるもの。こうしなければいけないという固定概念を捨てて、イタズラを考えるのはすごく楽しい」

基本は手をかけず、時にはミッションを乗り越えさせることで、やんちゃにたくましく成長していくワイン。田草川さんはその姿を程よい距離感で見守り、我が子のように育て上げています。

責任と信頼 ー ぶどう農家との共同制作

縛られることのない面白いワイン作りをしている田草川さんの元には、相談が寄せられることも多くあります。それがさらに、野生派ワインに発展をもたらしているのです。

「ある時、一軒の農家から『「自分のところのぶどうだけで作れないか』」って言われて。それから農家ごとのワインも搾るようになって、気づいたらラインナップが増えてたよ」

農家との共同制作の代表例と言えるのが、「飯島さんちのベリーA」です。まだ無添加ワインが主流でなかった時代、高校時代の恩師でもあった農家の飯島さんから、酸化防止剤無添加・野生酵母の自然発酵にてワインをつくってほしいとお願いをされたそうです。

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しかし、当時はまだ無添加での醸造技術が確立しておらず、ぶどうが台無しになってしまうかもしれない恐れもありました。イタズラ好きの田草川さんもさすがに戸惑ったそうですが、

「やってみたらできちゃったんだよね笑 でもそれはやっぱり、ぶどう自体がいいから。その質を維持するためにもはっきりとラベルに個人名を書いて、お互いにプレッシャーをかけて、高めあってる感じだな」

野生派ワインは「一人だから自由に作れる」と言いますが、決して独りよがりなものではありません。地元仲間を信頼し、信頼される強固な関係性が土台にあってこそ、作れるものだと思います。

誰かにとっての特別な一本をつくりたい

田草川さんはワインを販売する上で、対面販売の場を大切にしています。20年ほど前から積極的にマルシェなどに出店を続け、多くの人のワインに対する基準を変えてきました。

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「野生派ワインは、今まで飲んだことのないような荒っぽいワイン。言葉では味を説明しきれないから、まずは飲んでもらいたい。逆に一口飲めば、これはうちの酒ってすぐわかるよ」

実際、初めての人は一口飲んで首をかしげ、不思議そうにしながらももう一口……となるのだとか。そこでこのようなワインができる理由を説明し、納得して買ってもらうことで、だんだんとファンを増やしていきました。そして今や、売り手と買い手の枠を超えた、継続的な繋がりにまで発展しています。

「マルシェでの出会いは財産。冗談交じりに畑を手伝って欲しいと話していたら、本当に山梨にまで来てくれたりしてね」

SNSでぶどう畑のボランティアを呼びかけると、お客さんが山梨にまで駆けつけるようになったのです。最初は2,3人からのスタートでしたが、その輪はどんどん広がり、多い時では1日に30人もが集まるまでになりました。時期によっては、ぶどうの芽の天ぷらを食べる会や、剪定枝の焚き火を囲んでワインを飲む会など、現地だから体験できるイベントも開催しています。

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不特定多数の人に受け入れられるものよりも、誰かにとっての特別な一本でありたい。

田草川さんは常にこのことを頭の片隅に置き、ワイン作りに励んでいるように思います。設計図を用意しないからこそ、関わりしろを広く持ち、たくさんの物語を付け足すことができるのでしょう。

「この前は地元の高校生に仕込みを手伝ってもらったんだけど、彼らが20歳になったときに、そのワインで乾杯してもらいたいな。ワインって、未来のためにつくることができるから面白いよね」

これからはいったい、どのような野生派ワインが生み出されていくのでしょう。野生の進化はもしかすると、田草川さんにすら未知なものかもしれません。

東晨洋酒
山梨県山梨市歌田66
TEL:0553-22-5681
https://yn-sunriver.jimdofree.com/

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連載「土地と想像力」
本連載はTSUMORIと山梨市観光協会が協働で取り組む情報発信事業です。「土地と想像力」をテーマに、記号的な山梨とは異なる領域で土地を支えているヒト・モノ・コトを発信していきます。山梨県全域を対象に、自治体圏域に捉われない「山梨らしさ」を可視化することを目指しています。


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取材・執筆:おがたきりこ
写真撮影:田中友悟
協力:山梨市観光協会

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