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ただのオタクがギャラリーに展示する「作品」を作った話。

 〜これは、絵画も造形もやったことのないド素人が、好きな作家の好きな作品へのパッションを立体造形として形にし、ギャラリーに展示するまでの記録である〜

 というわけで、開催からあっという間に三ヶ月経ってしまいましたが、2024年4月13-14日の週末文学室in大阪にご来場くださった皆皆様、誠にありがとうございました!

 私も、内田百閒『阿房列車』をテーマにした立体造形というポジションで、一角を飾らせて頂きました。
 いや〜〜めちゃくちゃ楽しかったし素晴らしい空間でした……。参加させてもらってよかったよかった。

 とはいえ、実際に現場に物を置くまでは「私のこれ大丈夫!? 浮かない!?」と不安でしたし、そもそも9割仕上がるまで「これちゃんと作品として“成立”するの!? ほんとに!??」と、手探りも手探りでわやわや走っておりました。

 開催から時間が経ってしまいましたが、今振り返ればなかなかに面白かった制作当時のことや、完成した作品についての解説などをつらつらと語っていきます。


絵とか造形とかやったことないタイプの人間。

 Twitter(X)で相互フォローしていた主催の西さんが、文学をテーマにした展示が出来ないか考えている、参加等の興味がある人は声をかけてください、というようなことをツイートしていたのは、2023年の夏のことでした。

 それを見た私はというと、そりゃーーーもう興味がある。何故なら内田百閒が好きで内田百閒作品に関連したデザインのものを作ってはにやにやしている人間だったので……。(※全て非売品)

https://note.com/tsumihonn/n/nbf57889f5ee8

 他にもマグカップとかアクリルペンライトを一個だけ印刷所に発注して遊んだりしておりまして、そんなひとり遊びが楽しくてキャッキャしているところに展示の話を見かけたのです。

 しかしいったんは悩み、ひとまず見送るか……とまで考えました。だって「作品」とか、作ったことないし……。

 私は文章は書くんですが、絵はやらないし、ハンドクラフトとかそういうのも基本やってこなかったんですよね。不器用なので……。(線がまっすぐ引けないレベルなので……)

 それに加えて百閒先生はまだ著作権保護期間中の作家ですので、小説・随筆の本文をばーん!と使うわけにもいかない。グッズ等の販売はもちろん無しにして、展示の方も著作権的にセーフなゾーンを心がけるとしても……文学作品テーマのあれそれにありがちな「原作のテキストをいい感じに使った」ものでもない、ほんとにただのデザインだけで展示に耐えうるものを作れるのか? 一介の素人である私が??

 というわけで、ひとまず今回は様子見するか……と諦めようとしたのですが、時間が経っても気になって仕方がない。いや……いけるんじゃない? 個展とかじゃなくてグループ展の片隅だし……例えばさあ、阿房列車の好きなエピソードを、昭和レトロな昔の広告やら観光案内風にデザインしてさあ……あっ、最近雑誌で見た紙のトランク良かったよね! あれにいろいろ詰めてさあ!

 と、諦めたつもりがいつのまにかやりたいことがむくむく湧いて、辛抱たまらず西さんに声をかけたのでした。我慢ができない性格なので……。

ざっくり製作タイムスケジュール。

 週末文学室の当日、展示を見てくれたお友達にあれはどのくらいの期間で作ったのかと聞かれて「ドノ……クライ……?」と生まれたての宇宙人のような返事をしてしまったので、ここで改めて振り返って、まともな情報を残しておきたいと思います。

2023年8月末:西さんに参加希望のリプライ。DMで簡単な事前イメージを送る。阿房列車で紙もので〜程度。まだ計画も予備段階だが、先走って紙製のトランク(A5サイズ)を通販で購入。

10月:週末文学室の企画がしっかりと始動。トランクのサイズ等を西さんに報告する。

12月〜2024年2月:二次元オタクとしての自ジャンル自担のWEBオンリーのスタッフとしてワヤワヤする。それが終わった2月下旬にようやく展示作品の詳細を詰め始める。阿房列車を読み返しながらひたすらネタ出し。

3月:年度末で仕事がそりゃあもう……な隙間を縫って、ネット通販でトランクに詰めるものの既製品の部をとにかく買い集める。知財検定三級の試験も受ける。奥歯がえらいことになってでっかい膿の塊が二つも現れたので仕事がクソ忙しい中抜歯する。下旬にやっと自分でデザインしなきゃいけない部分に手をつける。

4月:大丈夫だ!まだ二週間ある!! を心の支えに、とにかくひたすら小物を完成させていく。手持ち搬入で当日大阪まで持っていけばいいから! いけるいける!! のギリギリっぷりで作業を続け、一応前日には何もすることがないくらいの軟着陸をして完成。

 まったく何の参考にもならないスケジュールですが、ここで言いたいのは2024年1月〜3月がマジで忙しくて常になんかやり続けててすごくすごかった という ただそれだけの感慨です。いや作品クオリティの言い訳ではなくて、マジでよくやってたよな……という気持ちを記録しておきたくて……。

 人間、仕事がクソ忙しい最中のド平日に奥歯を抜くもんじゃありませんね。抜歯後三時間経っても止まらない血餅で口の中どぼどぼになって白目剥いてました。余談すぎる(滅菌ガーゼの噛み合わせには気をつけよう!)。

 え〜〜無駄話が長くなりましたが、作業日数をぎゅっと詰めると、三週間くらいで収まると思います。ただし構想というか妄想とネタ出しはずっとやっていたので、それを含めると半年という感じです。小ネタが多いのでネタ出しは重要でした。

「本物」の力を信じているのでヤフオクに頼る。

 仕事がワヤクソ忙しくてデザイン作業ができなかった三月上〜中旬は、それでもせめて……とばかりに、作品の部品となるものの既製品の部をこまごまと買い集めていました。

 そう、今回の私の展示作品は、そのすべてを私が作ったわけではないのです。むしろ半分は既製品で出来ています。

 何故かって? そりゃ自分の制作能力を信じていないからですよ。だって絵も描けない素人だもん! デザインだってやり始めてまだ数年だもん!

 とてもとても、100パーセント自作のみで作ったものをギャラリーというハレの場に展示できる自信はありません。だけど、私が捏造するまでもない「本物」の力を借りられるなら、なんとか形になる気がする!

煙草「朝日」の包装紙(本物)

 というわけで、力を貸してくれる「本物」こと、ヤフオク即決500円で購入した煙草「朝日」の包装です。ヤフオク即決500円?????(そんな安いんですか?????)

 昔の汽車旅には煙草がつきもの……百閒先生の煙草といえば「朝日」……(阿房列車で買ってるのはピースですが)。というわけで、最初は朝日を模したそれっぽいデザインの紙煙草の箱を自力で作るつもりだったんですが、軽い気持ちでググったら500円で売っててェ……。

 ほな本物使った方が断然クオリティ高いやんけ! というわけで、あっさりと実物に頼ることにしたのでした。

「朝日」パッケージ拡大

 だって見てくださいよこの本物のクオリティ。分版の鬼のような細かさ……プロのデザインの素晴らしさ……。

 やっぱり「本物」には力があるし、そういうしっかりとしたものが混じっていると、全体の「作品らしさ」を底上げしてくれるわけです。今回の作品は絵画や純粋造形ではなく、ミクストメディアを使用した「概念の結集体」ですから、もうね、どんどん使っていきますよ。

一通り揃った既製品の部

 というわけで、ネット通販等を駆使して既製品の部は一通り揃いました。……まだ全然スカスカだな?

 そう、ここからは私が自力でデザインをして、このトランクを素敵に埋めていく必要があるのです。この! 人生で絵とか全然描いてこなかった! デザイン的なものを始めてまだ三年くらいの私が!!(不安)

作中の小ネタをひたすらデザインにしていく。

 今回の私の作品のテーマは「阿房列車の旅から帰った先生の荷ほどき」または「阿房列車オタクが阿房列車を真似っこした旅のトランク」(私じゃん)です。というわけで作中で出てきた実際のものも入れますし、阿房列車の中の愉快なエピソードを鉄道・旅行・昭和レトロなモチーフに落とし込んだなんかいい感じのデザインを加えていきます。私が。(この時点でもまだ「マジで私にやり切れるのか……?」と思っている)

 不安だけどやるっきゃない。とにかく思いつく先から素材(その頃はイラストACのプレミアム会員に入ってました)を駆使してIllustratorをフル稼働させます。

実在のトレインマークをモチーフにしてみたり…
小ネタを標識やラベル風にしてみたり…

 それをローソンのネットプリントに送り、シール印刷をしてちまちまとハサミで切り抜く。そしてこう!

トランク表面
トランクと旺文社文庫版阿房列車

 い、いい感じ〜〜!!!!!
 ありがとう素敵な紙トランク、ありがとうローソンのネットプリントシール。なんかこれ、いける気がしてきた!!

 まあ、この表面は展示では見えない部分なんですけども……(開きっぱなしで中身を見せ続けるため)。つまりまだまだ部品は足りない。つみもとのたたかいはつづく。

活かせてるかどうかはともかく、参考にした本たち

レーザーカッターでアクリルを加工する。

 ところでトランクには百閒先生がよく使っていた東京ステーションホテルのルームキー、もしくは荷物預かりのタグをイメージしたものを付けたくてですね。やっぱ昭和のルームキーといえば、スモーク色のアクリルに塗料埋め込みだよね! という勝手なイメージで、アクリル作りたいな〜一枚からでいける業者さんもあるよな〜と、いろいろ調べていたんですよ。

 そんな時にこちらのnoteを見つけまして、あ〜これいいな! ちょうど行ける範囲のところにレーザー加工やらせてくれるお店もあるし、やってみよ! ……というわけで挑戦しました。

レーザーカッターでアクリル板加工中
出来上がったこれに、左のこの塗料を…
塗ります!そして乾かします!
できたー!!

 めちゃくちゃそれっぽくなった!!
 ……と、ここでは簡単そうに並べてますが、実際には設定ミスでアクリル板を五枚ほど消費し、作業時間の延長に延長を重ねて追加料金合わせてトータルいちまんえんくらい掛かっていたり、初めはレーザーで削っただけの数字のつもりがどうしても塗料埋め込みを諦めきれず、爪を犠牲にして手で削ったりいろいろして……という、数多の犠牲の上に完成した二枚です。

 ※ちなみにデザインは、東京ステーションホテル公式の現在は真鍮の靴べらとして販売されている昔のルームキーや、ホテル内売店写真の背景にあるものの色合い等を参考にして、細かいところをいろいろと変更し、名称からも「TOKYO」を抜いたどこかの駅のホテルとして作成しております。

展示には関係ない趣味のグッズ(非売品)

 ついでにポップな日没閉門アクキーを作ったりして遊んでました。アクリル加工ももっといろいろやってみたいな〜。(ポップな日没閉門って何???)

これまでのオタ活の総決算だ!

 さて、いい感じに表面ができたものの、そちらは展示形式の都合上、皆様に見てもらうわけには行かなさそうと気づいたつみもと。これらのステッカーは、せっかくだからトランクの内側にも貼ることにします。

 トランクの内側には別の創作地図を貼る予定だったんですが、そっちの作成も間に合わなさそうだし、えーとじゃあ表のステッカーを中にも貼って……そしたら背景に何か置いた方が見栄えがいいから……そうだ、当時の時刻表を貼ろう。

第一回となる特別阿房列車当時の時刻表の復刻版

 この時刻表復刻版は、秋に東京で聴講した阿房列車関係の講演会で教わって買ったものです。講演で教えてもらわなければ、時刻表音痴の私は「特別阿房列車」で百閒先生とヒマラヤ山系君が乗った「はと」がどこにあるかもわからなかったことでしょう……。

コラージュ的なトランクの中面・ふた側

 というわけで、その「はと」の部分に赤丸など付けつつ、隣には百閒先生お気に入りの宿「松濱軒」がある熊本・八代のあたりの路線図も貼りました。

 ちなみにいくら復刻版とはいえ現物にハサミを入れる勇気はなく、カラーコピーしたものを使用しております。性能の良いコンビニコピーよりも、お安い古い機種の方が味が出ていい感じになりました。

 松濱軒といえばこれ。2022年に現地に行って写真を撮りまくりましてね……その時に、新潮文庫版阿房列車の表紙に使われているものと同じ場所・似たような構図の百閒先生抜きの写真も撮影いたしましたのでね。

令和に撮影した現地写真と、昭和の元ネタ写真

 それをPhotoshopでモノクロにしてざらつき加工とか入れて元ネタに出来るだけ近いトリミングにしてコンビニのハガキプリント単色で印刷したものがこちらです。これほんとに令和の写真???(2022年撮影です)

ハンコ屋さんに発注したはんこをポン

 百閒先生は横書きの場合は右→左書きにこだわって(阿房列車内では本人そこまでこだわってないと書いてたりもしますが)、さらにはがきではなく「はかき」とし、活版で表面に住所とともにそう印刷してもらったものを使っていたそうで。

 実際にそのはがきの表面写真が載っている冊子(実践女子大学の「多田基旧蔵 内田百閒書簡・写真集」)を参考にしつつ、「きかは便郵」「箋園鬼百」のハンコをお店に発注して作りました。(箋の字は元のものが出なかったので合成)

 これを表面(住所面)に押すつもりだったんですが、裏面の写真部分を見せたかったら、いくら凝ったところで表面は見せようがない……と気がついたので、古写真風コラージュとして写真面にぺたぺた押しております。

 この作品制作、ほんといろんなことやってるな〜と我ながら思うんですが、このあたりになるともう手前の引き出しにあるものが足りなくなって、どんどん奥から持ち物の在庫を蔵出しして利用している感じでして、作りながらラスボスバトルの最終局面で連載初期のアイテムが役に立つみたいなあれになってて一人で興奮してました。一期のオープニング、流れちゃった……✨

 ただ楽しいから、好き勝手にあちこち行ってたオタ活が、ここに来て役に立ったというか、これまでの活動の全てをつぎ込むぜ!! という感じになりました。

【「先生の旅鞄」元ネタ解説】

「先生の旅鞄」in週末文学室

 というわけで完成です! 全力を尽くしたオタ活が作品となって、無事ギャラリーに展示されました!!

 このごちゃごちゃしたもパーツの全てが、内田百閒と阿房列車を元ネタとする何かであり、細かすぎて伝わらない阿房列車とも言えるでしょう(言えてしまうな)。

 作りたかったのは「元ネタを知らなくてもなんとなくいい感じだなーと思える、だけど元ネタを踏まえて見るとさらに面白いもの」だったので、個人的にはうまいこと出来たんじゃないかと思っています。

 とはいえほんとに細かすぎて、何が何だか伝わらないところも多いでしょう。以下、簡単ながら各パーツの元ネタ解説をしていきます。

煙草パーツ三種

 まずは煙草系から。上の方にも書いた、百閒先生が師匠である夏目漱石の真似をして愛飲するようになった煙草「朝日」のパッケージ(本物)と、「阿房列車」内で購入している缶のピース煙草……と名前だけ同じ、一般販売しているレトロマッチ缶。それに加えて、芥川龍之介のクセが移って百閒先生が一時期やっていたという、マッチ箱を振るしぐさ……をモチーフにした煙草のマッチラベル(自作)です。(マッチ箱の話は「湖南の扇」(内田百閒『私の「漱石」と「龍之介」』)より)

 車内清潔セット三点

 又外へ出て、雨の中を歩いて行くと、山系君が靴屋の前で立ち停まつた。どうするのかと思ふと、おやぢを呼んで靴刷毛を出さした。
 安くて手頃で、座席を掃いたり窓縁を掃除したりするには、手箒よりも便利である。大いに感心して寒雨の中に出た。

内田百閒「東北本線阿房列車」
(『阿房列車』または『第一阿房列車』)

 ルウプ線は輪になつてゐて、列車が高低に分かれた線路を二度通る。(中略)今度も見ようと待ち構へてゐたが、車内のスチイムと外の冷気の為に窓が曇つてゐるから、解らない。
 但し、私の所の窓だけは曇つてゐない。前以つてそれに備へる用意をして来た。ガーゼの布巾と小さな壜に入れたアルコールを持つてゐる。アルコールを沁ませた布巾でしよつちゆう窓を拭いてゐるから、私の座席の窓は曇らない。(中略)
 新潟から帰る時、見送りに来た管理局の人に、窓拭きの布巾とアルコールの壜を見せたら、阿房列車どころではない、利口列車だと云つた。本人の私もさう思つてゐる。

内田百閒「雪中新潟阿房列車」(『第二阿房列車』)
ラベルの作成画面

 この用意周到ぶりと、「利口列車」との言葉に「私もさう思つてゐる」と書いちゃうところがほんと好きでェ……。というわけでラベルには「利口列車」の文字も入れました(ACのテンプレートイラスト使用)。

 それで私は国鉄にいい事を教へる。今度の「かもめ」の話だけでなく、今後の事もあるから、神戸と三ノ宮の間をプラツトフオームでつないで仕舞ひなさい。片庇のトタン屋根で沢山で、ただ続いてさえゐればいい。そのホームの一方の出口を神戸口とし、一方を三ノ宮口とする。それで万事が簡単に解決する。

内田百閒「春光山陽特別阿房列車」(『第二阿房列車』)

暗くなつてから、眼下に漁火が明滅した。消えたり見えたりして、心許ない。あの辺りを、浅蟲や由比の様に夜汽車が通ればいい、と私が云つた。
「海の中をですか」
「さう」
「はあ」
 山系君は相手にならんと云ふ顔をした。しかし松島にも狐がゐるなら、出来ない事はない。

内田百閒「奥羽本線阿房列車 後章」
(『阿房列車』または『第一阿房列車』)

 この二つのエピソードが、もし本当のことになっていたら……のパラレルワールドチケットを作りました。コンビニのハガキプリントをカットして、専用のカッターで本物のチケットのように切り取り線も入れています。

たぬきのお土産もの

 八代の宿でお土産に貰つた狸の独楽をやらうと思ふ。大きさは家鴨の卵を立てた位である。かぶつてゐる笠を抜き、台から胴体を抜くと、みんな一つづつの独楽になつて、ひねればくるくる廻る。(中略)
 山系君があわてて、狸の顔の向きを逆に差し込んだらしい。
「あつ、これはいけない。おい君、顔の向きが違つてゐるからね」
「結構です」と云ひながら、ねぢれた狸を手に持つた儘、速くなつた窓の後に消えた。

内田百閒「春光山陽特別阿房列車」
(『阿房列車』または『第一阿房列車』)

https://unagino-nedoko.net/product/152019291/

 何気なく検索したら、今も現役で作られているお土産物だったのでびっくりしました。彦一こまと言うんですね。上の写真を撮った時は気づきませんでしたが、胴体の部分があともう一回分解できます。

一條裕子『阿房列車 2号』(小学館)より引用

 私は一條裕子の漫画版『阿房列車』から百閒先生に入った人間なのですが(そして未だに復刊と四巻を待ち続けているのですが)、今回のネタ探しでも、漫画版阿房列車が大変助けになってくれました。文章だけだとさらっと見逃すアイテムも、絵になっていると「あっ、これは入れられそう」と気付けるんですよね。先述の靴ブラシも、この狸の独楽も漫画版を元に実物を探しました。見つけた時「そのまんまだー!!」となって嬉しかったです。

 そして展示ではもちろん、狸の頭は逆に刺しておきました。

猫返し神社の絵馬と、白手袋と丸眼鏡

 こちらは阿房列車とは直接関係ないのですが、百閒先生といえば!の、トレードマークな白軍手と丸眼鏡。

https://azusami-suitengu.net/?page_id=8

 そして阿房列車後の旅ではありますが、飼い猫のノラが行方不明になって悲しみながらの汽車旅「千丁の柳」をイメージして、猫返し神社の絵馬を阿豆佐味天神社・立川水天宮から郵送して頂きました。現地までは行けないのでありがたい……。

 今回のこととは関係ないのですが、山下洋輔さんの本で猫返し神社のいわれが始まった頃から読んでいたので、その絵馬がとうとう手元に……という謎の感慨がありました。

トランク内側のワッペンシリーズ

 あとは博多のホテルの朝食でアイスを三つ食べて頭が痛くなったエピソードとか(「春光山陽特別阿房列車」)、餡子が苦手なヒマラヤ山系君に、あんぱんの餡だけ食べてあげるから貴君はパンだけ食べるといいと持ちかけたものの、買って来たらねじりパンだったので分解できなかった話とか(この話ほんと大好き……「奥羽本線阿房列車」『阿房列車』または『第一阿房列車』です)

 八代のカラスは声柄が悪いと書いていた話とか……

 見送りはいらないと言っても毎回のように見送りに来る、見送亭夢袋氏と、稀代の雨男・ヒマラヤ山系君をイメージしたもの。

車窓の富士山

 山系の窓のカアテンを引いたら、正面に真白い富士山が映つた。西の空にはまだ夜の尻尾の様な朦朧とした暗さが残つてゐる。その薄闇を裂く様に、白い富士山が見えて、東天の旭日と向かひ合つた景色を、自分の方の窓と、代わる代わる見て見返つて、一日の朝は、かうしたものなのかと考へ直した。
 朝の富士山は白くて美しいばかりでなく、飛んでもなく大きなものだと云ふ事を思つた。

内田百閒「雪解横手阿房列車」(『第二阿房列車』)

 朝の真白な富士山が印象的なこの場面を、北斎の富士を引用しつつ画像としたシールなど。ちなみにこの前夜に起きた「No smoking in bed.」の解釈の話も好きです。

 私は「阿房列車」シリーズを基本的には面白楽しい旅の話として読んでいますし、読みながらニヤニヤ、くすくす笑うこともしばしばですが、どこが一番好きなのかと訊かれると、ところどころに現れる情景描写の美しさと答えています。百閒先生の文章は、読みやすくて、目に浮かぶようである上に「そう描写するのか……!」にあふれていて本当に好きです。

「好き」を形にするのは楽しい。

 こうして元となった文章を引用入力していても、改めて「は〜〜好きだわ〜〜」となっているのですが、そもそもこの作品自体が、阿房列車のここが好き!!を形にして詰め込んだものです。

 最後まで形になるのか不安で、先の見えない作業ではありましたが、自分の胸に聞いてみればそこには常に「阿房列車が好き!」があり、だからきっと大丈夫だと信じられたところがあります。芯の部分に嘘があったら、とても完成させられませんからね、素人は。

 自分の「好き」を形として表現するのはとても楽しい。出来上がって、展示して、いろんな人に見てもらえるとさらに嬉しい。

週末文学室開催時のMole Gallery入り口

 正直浮くんじゃないかと心配だった今回の私の作品ですが、……いや実際浮いてはいたんですが(平面作品の中に混じる謎のミクストメディア)、違和感のない、良い浮き方をしていたというか……会場の光の当たり方や全体の色合いが調和していて、素敵なキュレーションと会場装飾で全体がひとつの空間として見事にまとまっていたので、こんなガチャガチャものの私の作品も、展示の一員として収まってくれていました。

 週末文学室のあの空間そのものが、いろんな人の「好き」が詰まった素敵な場所でしたね。人生で滅多にできない体験でした。

 そして現在! 週末文学室第二弾、鎌倉編の参加者募集が始まっております!!(7/14まで)

 私も現地に行けるかどうかはまだわかりませんが、また別の内田百閒作品モチーフの何かを作って参加するつもりです(参加希望の数があふれたら抽選になるそうなので、確定ではありません)。

 あなたも自分の好きな文学を、形にしてみませんか?
 ……とまあ、次へと繋がる話にしておいて、長々としたこの備忘録を終わります。

 あっ、あと最後にこれだけ!
 内田百閒『阿房列車』ほんとに面白いので読んでください!!

上段:旺文社文庫版、下段:新潮文庫版
一條裕子による漫画版『阿房列車』(絶版……)

 旧かな表記の旺文社文庫版は現在古書のみ。新かな遣いの新潮文庫版は令和にも全巻増刷されていて、手に取りやすいです。
 他に福武文庫版(全3巻)、ちくま文庫版(全1巻のセレクション)もあります。


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