ギターの練習中に出会った変なおじさんの話
7月の暮れぐらいからギターを練習している。人生で5回目ぐらい、2年ぶりぐらいの挑戦になる。家の中だと弾けないので練習するときは夜中に出かけて音が迷惑にならない場所でやっている。
先日深夜に練習していたとき、近くを通った人が明らかに何かこちらに話しかけたそうにしている気配を感じた。ちらっと見遣ってみると、あまり綺麗な身なりではない……言い方は悪いけれど、浮浪者のような風体のおじさんだった。うわぁ〜大丈夫かなぁ……と思いつつ、目が合ってしまったので軽く会釈して練習を続けると、少し離れたところからおじさんが話しかけてきた。
「それ、どこのギター?」
おじさんと僕との間にはなんとも言えない社会的距離があった。
「ヤイリギターの中国製のコピーブランドですよ」
何もない風を装って答える。ハードオフで見かけて、たまたま見た目と値段を気に入って買っただけなので、それ以上のことはよく知らない。
「ヤイリって多治見で作ってるやつだな」
よく知らないなりに、本家のヤイリギターの工場が多治見にあることは確かに僕も調べて知っていた。おじさん、妙に詳しい。
「誰の曲弾いてるの?」
「最近流行ってるアイドルの曲なんですけど……」
「ももクロとかか?」
「いや、AKB系の……日向坂ってアイドル」
「そうか、知らんなー」
相変わらずなんとも言えない社会的距離感を保ったまま、おじさんは興味ありげに質問を続けてきた。おじさんが手に持っていたのは缶コーヒーだったけれど、酔っ払っているような感じもした。
「あ、気にせんで続けて」
なかなか気にしないのも困難だったけれど、まあ、気にせず練習させてもらった。ちなみにこのとき練習していたのは『線香花火が消えるまで』だ。カポをつけて弾いていて、途中までは使うコードが夏の間ずっと練習していた曲と似ていたので、意外に行けるかも――と思ったものの、転調する大サビからいきなり見たことないコードに化けて、やっぱ無理だぁ……と四苦八苦しながら鳴らした。
「なんじゃそりゃ、ディミニッシュコードか?」
いきなり今までと違う音が鳴って、しばらく黙っていたおじさんも思わず声を上げた。
「最近のピアノの曲とかはギターじゃ鳴らしにくい音使うからなぁ」
「あー、確かにギターメインの曲じゃないんで……」
やっぱりおじさんは詳しそうだ。僕があまりにも素人だからか、もっと口も手も出したそうにしていたけれど、最後まで絶妙な社会的距離を詰めることはないままそのうち「じゃあね」と言ってその場を去っていった。
その風体や出歩いていた時間からして、たぶん世間一般でいう「まとも」な人ではなかったであろう、ギターに詳しいおじさん。なんとなく、背景を想像してしまった。
唐突な出会いだったので僕も受け入れる心の準備をできなかったのだけど、もしまた会うことがあればもう少し話してみてもいいかもしれない。そう思った。
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