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東京での話を書き記しておこうと思う

田舎に住む私と友達は、東京に来ていた。日中は観光に充てて、日没するかしないかあたりまで散歩をしまくった。これと言った観光名所は行っていないが、一緒にいると絶対話題が尽きないようなコンビだったので、笑いすぎて死ぬんじゃないか、と思うほど楽しんだ。

ホテルには暗くなる前に帰った。ただ、ホテルに早く着いても特にすることがない。ご飯も食べたし風呂も入ったりしても、ちょうど9時くらい。今から寝ようという気にはなれない。なかなか遠出はしないからお互い興奮していた(語弊があるとあれだから補足するが、エキサイティングの方である)。

とりあえずホテルにあるテレビをいじった。マジでどうでもいいバラエティしかやってなかった。私たちを置いて話が進んでいってしまうから、上手いことを言う隙がない。つまり昼ほど盛り上がらないのだ。ユーモアが微妙に欠けたVTRに、変なところで入るCM。全く面白くない。せっかくの東京で、せっかくのフリータイムでこんな過ごし方をするのはマズイ、と思っている自分がいた。それは友達もそうのようだった。しきりに爪をいじってつまらなさそうにしていた。

友達は天才なのか、Switchを持ってきていた。でかした!マイクラとスプラトゥーン2だった。私はゲーム酔いが酷く、マイクラはできない。だがスプラトゥーンはおそらくジャイロのおかげでできる。なので2人で交代でナワバリバトルを回していた。

友達は私に大人ですよアピールをしたかったのか、風呂に入る前、フロントで自販機でコーヒーを頼んだ。さも当然のように頼むので、嫌いだった私もつい頼んでしまった。これがのちに後悔、感謝すべき行動だった。

スプラトゥーンをやりながらコーヒーを飲む。文字に起こすとめちゃくちゃカッコいいが、実際はそうでもない。私はコーヒーを侮っていた。マジで苦いのだ。マジで。砂糖を入れても中和しない程のしつこい苦味に加えて、鼻にぬける独特の「匂い」が不快だった。誰が飲むんだこんなもの。つらさを忘れた頃にまたカッコつけて飲みたくなるんだろうけど、もうしばらくは飲みたくなかった。だが友達は慣れているので、水のように自然に飲む。あんな飲料を。心底恐ろしかった。

11時くらいに寝ようという話をしていたので、約束をちゃんと守ってベッドに潜った。2人ともゲームは好きだが、依存症になるほどやってはない。

寝る前に友達に勧められ、紅茶を飲んだ。多分これがトドメであることを書くと、何が起こったか容易に想像できるだろう。紅茶はお上品であった。コーヒーよりもはるかに。鼻に抜ける香りはリラックス効果があると思う。お口直しも兼ねて水分補給である。コーヒーは水分ではない。多分あれはファッションだ。

ご存知の通り、コーヒーにも紅茶にもカフェインが含まれている。カフェインは眠気をぶっ飛ばす効果があるから、寝る前に飲むやつは計画性がないと思う。自分たちだ。

ベッドに入ったものの、全く眠れない。横に寝ている友達もそのようで、寝返りを打つ回数が多かった。次の日に絶対に遅れられない予定を入れていたから、早く寝ないといけない。でも寝れない。私たちは電源ボタンが壊れてシャットダウンができないパソコンだった。

時刻は0時半を回っていた。暇な時ほど哲学チックなことを考えがちである。寝るってどういうことなのだろう。眠っている時と起きている時の境目は何を考えているのだろう。答えのない問いが頭の中をぐるぐると駆け回る。

実はそこからのことはあまり覚えていない。何を考えていた時に寝たのか、どんな結論に至ったのか、あるいは結論が出たのか。覚えていないのだから、もしかしたら夢だったのかもしれない、そう後から思うのだ。

朝起きたら4時半だった。寝れてよかった!というのが一番最初の感想だった。あたりはまだ暗い。こんなに早く起きたのも、睡眠時間が4時間だったのも初めてだ。背徳感や優越感に似たような、言い表せない感情が湧き上がる。私は最強なんだ!という深夜テンションを若干引きずったような高揚感。まだふわふわしたまどろみのなかにいた私は、なんとなくその感情に1人で浸りたい、独り占めしてしまいたい、と思い、友達を起こす前に(起きたら起こせって言われた)、カーテンを開けた。

息を呑むとはこのこと。真夜中の紺色に染まった空を、ビル群の屋上に着いた赤いランプたちと、その窓から漏れたいくつもの光が照らす。眠気は一瞬で吹っ飛び、血が全身に行き渡って、手足の末端が少し熱くなった。ここが東京なんだ、という殴られたような衝撃が私の中を走った。絶対に私の住む田舎では見られない景色だった。自然の規則のない混沌な景色ではなく、人工的に作り出された、いわば「整理された」景色。私の貧弱な語彙力ではただただ綺麗、というチープな言葉しか出てこないことに腹立たしさを覚えるほどだった。

これは誰かと共有したい、と思い友達を起こす。起こせって言ったけどさ…と半ばキレ気味だった。私は窓を指差すと、それを見て感嘆の声が漏れた。そしてスマホを取り出して、写真を撮った。友達の写真のセンスがないからでなく、おそらくスマホの性能が悪いのだろう、暗すぎて赤い点がポツポツ見えるだけだった。

興奮も収まり、私は歯磨きをして朝っぱらからスプラトゥーンに興じた。アドレナリンがドバドバ出ている数時間だった。いつのまにか朝日が出ていて、柔らかい光が街を照らしていた。電気を消して、窓を開ける。大勢の車のタイヤと道路が擦れる音が部屋に入ってくる。映画に出てくる朝のようだ。4時の興奮は切れて眠くなったので、友達と一緒にフロントでコーヒーを取りに行った。

やっぱりコーヒーは苦いのだ。苦いのだけど、芳醇というべきか、「香り」というものがあるな、と思った。あの景色を見て一つ大人になった、というか調子に乗っているというか。

その時ふとコーヒーのおかげではないか、と思った。普段やらないことを挑戦して手に入れた美しい報酬。それがあの忘れもしないビルたちが織りなす美しい景色であり、柔らかい景色である。奇しくも嫌いだったコーヒーに救われてしまった。
大人になって上京して、またコーヒーを飲んであの景色が見れたら、と切望するのはいうまでもない。


さて、ここからは余談だが、午後にかけて用事を済ませて帰ろうとする私は、眠気に襲われていた。睡眠時間4時間の代償だ。
東京駅をぼーっと歩いていると……鳩にあれを落とされるのだ。白っぽい緑だった。最悪だ、と思いながら髪をトイレで頑張って落とし、急いでホームに行くが、なんと何番ホームかがわからない。どうしよう、とパニックに陥っている間に新幹線を逃しましたとさ。コーヒー許すまじ。


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