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『奇跡のフォント』(高田裕美・著)

 書類やレポートを作成するのは、パソコンでオフィスソフト(ワープロ・表計算・プレゼン)を利用して行う方が多い(ほとんど)だと思います。
 新規に作成し、印刷したものを確認して、「あれっ。もうちょっと…。」と気になったことはありませんか。
 「MS明朝」や「游明朝Regular」などの既定フォントが、文書に合わなかったようです。

 フォントを変更しようとすると…。いろいろ、たくさんあります。
 そうしたフォントの誕生について語る『奇跡のフォント 教科書が読めない子どもを知って―UDデジタル教科書体 開発物語』(時事通信社・刊)です。

 「俺バカじゃなかったんだ」。書字障害の子どもが読めた「UDフォント」を開発した書体デザイナーが、試行錯誤と工夫を明かす。
 読み書き障害でも読みやすいフォントが生まれるまでのノンフィクション!
── 足掛け8年。教育現場で大活躍しているフォントを作った書体デザイナーの情熱の物語。
 多様性の時代における教育・ビジネスのヒントになる感動の一冊!

 書名の“奇跡”は、読み書き障害でも読みやすいフォント「UDデジタル教科書体」の誕生を言うのだろうと読み始めました。
 でも、ちょっと違っているようです。

 著者が書体デザイナーとして歩み始めるまでを語る第1章に、「レタリング」や「ビットマップ」、「外字エディター」などが出てきました。
 著者より“少し昔”を生きてきたので、“デジタルとの出会い”の頃を思い出しながら読みました。
 大学生のとき、コンピュータを動かすには、紙テープでマシン語を入力し、出力はアルファベットでした。それが、コモドール(Commodore)の卓上コンピュータで、“カタカナ”が出力できるようになり驚きました。
 その後のパソコン、ワープロ専用機の発達で、“日本語”が扱えるようになりましたが、そのビットマップの文字は、“ギザギザ”でしたが、「コンピュータの文字はこういうもの」と受け入れていたように思います。
 それが、現在では“デジタルで扱えることは全てデジタル・クラウドへ”という進歩をみせています。

 その発達・進歩の中で、フォントの誕生や変化を“奇跡”としたのではないことが、「おわりに」に編集者との会話で紹介されていました。

(略) 仮のタイトル『奇跡の書体』を目にしたとき、「いやぁ、いくら何でも持ち上げすぎです。奇跡なんて大袈裟でおこがましいですよ……」と(略) 「この書体が奇跡を起こす『万能薬』という意味ではなく、開発のエピソードを聞いて、まるで針の小さい穴を通すように、ぎりぎりのタイミングや人との出会いやいろいろな偶然が重なって完成したような、まるで奇跡のように生み出された書体だと感じました」と言われて(略)

 著者が、デザイナー目線からのフォントではなく、“見えにくい”目線からのフォントを求めていく思いと行動、ロービジョン(弱視)やディスレクシア(発達性読み書き障害)などの人の“見えやすさ”のエビデンスを求める出会いと検証、それを追い続けていくようすが述べられています。
 なぜ読みづらいのか、どうすれば読みやすくなるのか考え抜き、あきらめずに行動する姿は、これからを創っていく若者に知ってほしいと思います。

 本書に登場するロービジョンやディスレクシアなどの“文字の読み難さ”は、これまでに出会ったり学んだりしたことと重なりました。
 そのなかで「えっ、そうなの。」と驚いたことが、TBUDフォントの実証実験の結果にありました。(第3章)

 中野先生が行った実証検証のコンフュージョンマトリクスデータを取った結果、低視力状態では、数字の「4」を「6」に誤読する人が最も多いことがわかりました。その数は、「8」を「6」に誤読した人の約3倍にものぼりました。

 “まさかの誤読”です。こうした実証実験を重ね、そのデータを積み重ねて、「より多くの人が見やすく、読みやすく、間違えにくく、伝わりやすい」フォント(書体)が追究されていきました。

 教育現場で使用されることの多いフォントで、“読みにくさの追究”のようすは、先生方、教育に携わる方に参考になるでしょう。
 さらに、小さなお子さんのいる保護者には、子供の「分からない」や「知らない」の言葉が、これまでと違って聴こえてくるかもしれません。

 多くの方に読んでいただきたい一冊です。

   もくじ

はじめに
第1章 私が書体デザイナーになるまで
第2章 写植からデジタルの時代へ
 ──師・林隆男氏のもとでの修行と突然の別れ
第3章 「社会の穴」を埋めるフォントを作れ!
 ──TBUDフォントの完成と会社の解散
コラム1 誰一人取り残さない学校や社会を実現するために
 (慶應義塾大学経済学部教授 中野泰志)
第4章 教育現場で使いやすいフォントを追求する
 ──UDデジタル教科書体リリースまでの長い道のり
コラム2 UDデジタル教科書体が切り拓いた新しいフォントの可能性
 (モリサワ 営業部門 シニアディレクター兼東京本社統括 田村猛)
第5章 フォントで誰もが学習できる環境を作る
 ──読み書き障害の子どもたちにUDデジタル教科書体を届ける
コラム3 “できない子”と勘違いされる子どもたちを減らしたい
 (大阪医科薬科大学附属LDセンター オプトメトリスト 奥村智人)
特別章 フォントができること
 ──UDデジタル教科書体の活用現場から
あとがき

【関連】
  ◇Yumi Takata(@Yumit_419)(Twitter)
  ◇UDデジタル教科書体提供開始(株式会社モリサワ)

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