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2022/12/16の日記「自分の葬式用プレイリストを作る」


先日、風呂に浸かりながら死のことをひたすら考えたことがあった。死について、というより、自分が死んだ後の現実世界についてのことだ。

思春期に一番気になっていたのは死後の世界についてのことで、死んだらどこへ行くのか、肉体から離れた精神はどこへ行くのか、ひたすらそんなことを考えていた。暇だったんだな。

しかしそんなことはもう結構どうでも良く、自分が死んだ後の処理のことがすごく気になる。
少ないけれどゼロではない資産をどうやって娘に引き出させるかとか、第一発見者となった人物になるべくトラウマを残さないように小綺麗にしていたいなとか。
葬式は最安のもので良いし戒名も不要、何なら直葬でいい、墓も要らない、骨は適当に処理してもらえればそれでいい。
そしてSNSについて、これが一番重要。Twitterやインスタグラムのアカウントの後始末をしてもらうためにちゃんとパスワードを書いておかなくては…など、かなり現実的なことを細部まで思案した。


私は旅行に行く際にタイムテーブルを作り、分刻みで移動の予定を立てる。何が起こるのか大体の流れが頭に入っていないと不安になるので、行き当たりばったりの旅が出来ない。
そういう点では死と旅は似ている。旅と違うところは、死は大体の場合日程が組めない。体力の衰えなどでそろそろかな…ということはあっても、ほいじゃ明日死ぬわね〜という風にするのは難しい。
唯一自分で死の瞬間を決められる自死という方法もあるが、今の私にはその選択肢はない。

となると、あらかじめ「死後の予定」を立てておいた方が楽なのではないか。死んだら私は文字通り手も足も出ないけれど、遺された娘やパートナーがあたふたしないためにも、そのときの指南書のようなものを作っておいた方が良いかも知れない。

とここまで考えて、これってつまり遺書…ってコト!?とハチワレ構文が生まれてしまった。
民法にも遺言書の項目があるように、めちゃめちゃメジャーなことじゃん!とまさに目から鱗であった。
昔からみんなやっていることなら、私も準備しておいた方が良いな。人生何が起こるか分からないし…

などと考えているうちに、最終的に辿り着いたのが
「自分の葬式用のプレイリストを作る」
という行為であった。自分でもなぜそこに辿り着いたのか謎過ぎるのだが、とりあえず聞いてほしい。

4年前にいとこのはるちゃんが亡くなったとき、葬儀場ではずっと椎名林檎と星野源が流れていた。生前はるちゃんが好きだった2人のアーティストの曲を、旦那さんが気を利かせて(?)流していたのだと思う。
はるちゃんが亡くなったという驚きと悲しみで感情がぐちゃぐちゃだったが、それはすごく良いなと思った記憶がある。

↑はるちゃんの話は結構前に書いた


その後思い出したのだが、娘を出産したときの産院でも
「好きなCDを持って来てもらえれば分娩室で流しますよ〜」
と言われていた。
当時は自分の趣味嗜好を産院の方々に知られることに対し羞恥の気持ちがあったために何も持って行かなかったのだが、持って行けば良かったな〜と今になって悔やんでいる。当時好きだったのはCoccoや椎名林檎だった。今ならDEZERTか Plastic TreeのCDを持って行くと思う。いやむしろ今の時代ならもうCDではなくてBluetoothなのかも。

命が誕生した瞬間も消滅したあとも、自分の好きな曲に囲まれているのは最高じゃん!
そう思って作ったのが「葬式で流してほしい曲」というプレイリストであった。Spotifyで作った。

まだ作成途中だ。大体の骨組みは決まったが、あと数曲足したり引いたりしたい。娘には
「ある日突然私が死んだらSpotifyに葬式用プレイリストを作ってあるからそれを会場で流してほしい」
と伝えてある。
娘は「どういうこと!?」と驚いていたが、人生まじで何が起こるか分からない。次の瞬間に突然命が絶たれる可能性もゼロではないのだ。

プレイリストの中身は、10代、20代、30代で好きだったアーティストの葬式っぽい曲(?)と自分が好きな曲を入れた。

1曲目はDEZERTの「あなたのそばにいる」。
これはもし結婚式などをする機会があれば流したいと思っていた曲だが、結婚式はコスパが悪すぎる上にお呼びする方々の時間を頂戴するのも申し訳ない(個人の意見です)、準備等をする私の体力気力がない、色々めんどい…など思うところがあり、今後行う可能性はゼロに近い。
しかし葬式なら確実にやることになるだろう。もし火葬のみの直葬だったとしても、火葬の直前に流してほしい。

最後はPlastic Treeの「静かの海」で締めたと思わせたあと、DEZERTの「殺意」でどんでん返しだ。
「殺意」は私のナメられ人生のテーマソングと言っても良いほど心の支えとなっている曲である。仕事中や人混みなどの場面でストレスを感じた際、頭の中に自動的に流れる。そしていつも心に「殺意」があることで強くなれる気がする。


DEZERTの物販で売っていたステッカーを自力で切って入れた

現在の私のiPhoneも殺意仕様である。職場の人に見られたときが一番気まずい。



娘に「棺桶の中に入れてほしいものある?」と聞かれたが特に思い付くものもなく、「昨日ベッドに寝かせてた雑誌入れたら?」と言われたので、ではそれで…とお願いした。

推しが表紙の雑誌が届いたのでなんとなくベッドに寝かせたら結構しっくりきた


「あとはROCK AND READの有村竜太朗が表紙のやつも入れてほしい」
と伝えたので、娘はきっとそれを叶えてくれることだろう。しかし人間なのでうっかり忘れてしまうこともある。遺書の一部に記しておこう。
遺影は3年に1回くらい更新したいな。多少盛っても許されるだろうか。許してくれ…死後くらい……



とか言いつつ、まだまだ死の瞬間は来ないでほしいが、準備をしたり予定を立てたりするのは必要なことだと思う。
死んだ後になってまで誰かの手を煩わせてしまうことが本当に申し訳ない。少しでも負担を軽くするための行為のひとつだ。

でも自分で作ったプレイリストを聴きながら自分が棺桶に入った姿を想像したらちょっと泣いてしまった。
現世に特に未練はなく、もし生まれ変わったとしても感情のない無機物(石とか)になりたい、と思っているつもりでも、やはり寂しさのようなものは残るのかな。
それは好きな人たちにもう二度と会えないということからくる寂しさで、それ以外の寂しさは特にないけれど、それを世間ではきっと未練と呼ぶのだろうな…なるほど……

しかしその数秒後に、棺桶の中の自分、二重あごになっていないといいな…などと考えてしまい、そのへんも娘に伝えておかなくてはならない。角度調整などよろしく!と。


先日、彼氏に会ったときに
「こないだ自分の葬式用のプレイリスト作ったんだよね」
という話をしたら「狂ってるね」と返ってきた。彼氏なりの褒め言葉である(と私は思い込んでいる)。
しかしそのあと
「ともちゃんが死んだら俺もすぐ死ななかん。ともちゃんがいなかったら何も出来んから…」
と言っていたので、何それめちゃめちゃかわい〜やん!となってしまった。たまにこういうキュンとするようなことを言う。

たしかに彼氏をひとり現世に置いて行くのは心配だ。多分まじで手続きとか何も出来ない。
私は彼氏より長く生きなくてはならない。葬式もちゃんと出したあとでなければ死ねない。

彼氏と籍を入れたい理由のひとつに「彼氏の喪主をやりたい」というものがある。
私の喪主は娘に任せられるが、彼氏には子どももいないし私しかいない、と思っている。兄がひとりいるが、この10年で喋った時間を合わせても30分程度しかないらしい。ならば私が…!という気持ち。
別にそのへんは事実婚でも良いのかも知れないけれど、安心のための材料は多い方が良い。もちろん他にも籍を入れたい理由は山ほどあることも記しておこう。


30代も後半になり、40代の足音が近付いている今、一気に「死」が近くなった。親の死についてもそうだが、きちんと話し合っておかないと後が困る。

そんな話の流れから、昨日母とも同じようなことを話していて
「私が死んだあと一番心配なのって…こんなこと言うのは申し訳ないけど、テテちゃん(BTSのメンバーで母の推し)だけなのよね」
と言われて笑ってしまった。私や娘のことは心配しなくていいから、とにかく推しの幸せを空から見守ってやれ…!と伝えた。
そういうところは私の親だな〜と血縁を感じる。若い頃、私のオタク気質はどこから?とずっと疑問だったのだが、こんなに身近にいたのだ。知らなかっただけで…


死の話おわり。




最近の話のコ〜ナ〜!

万博記念公園

12月の頭に彼氏と久しぶりに旅行をした。思えば昨年の7月以来だ。

そのときの記事。


今年も7月7日に旅行を計画していたが、出発の2日前に彼氏が仕事で結構な大怪我をしてしまい、全てキャンセルとなった。
そのときの行先は岐阜と長野の境目にある妻籠宿と馬籠宿であった。めちゃめちゃ良い感じの宿を予約していたので、いつかリベンジしたい。

痕は多少残ったものの怪我は大体治り、私の行政書士試験もやっと終わったので再び旅行の計画を立てた。行先は大阪と京都。
岐阜や長野はもう寒いし雪の可能性もあるし、彼氏がよく「大阪でたこ焼き食いたいな〜」「京都行きて〜な〜」と言っていたので決めた。しかしこれに深い意味はなかったらしい。ただそのときの気分で口からぽろっと出ただけで…
でも私が行きたいので良し!ということで強行した。


これまでは私が運転して車で旅に出ることが多かったが、今回は初めて新幹線に乗ってみた。旅程を立てたり、チケットや宿の手配は全部私がやった。

私は旅が好きだが、計画を立てているときが一番好きだ。いかにコスパ良く合理的効率的に行動出来るか、というのを考慮しながら旅程を立てているとき、アドレナリンがドバドバ出る。
旅程を立てるのは趣味であり癒しである。行かない旅行の旅程もたまに立てる(そして立てたあとに行きたくなって結局行く)。
旅行の最中よりも、旅程を立てているときの方が楽しいかも知れない。

今回の旅もとても楽しかった。行きたかった場所には大体行けた。大阪も京都も人が多く、寒かった。


彼氏は私のように旅慣れしていないので、荷造りも当日の朝に慌ててしたらしい。私は前日仕事を休んでまで荷造りをしたというのに…
そのせいか、特に必要のないスウェットパンツとサーマルという寝るときセットを持って来た。これがまためちゃめちゃかさばる。彼氏の中に「ホテルには寝間着がある」という概念がないということを知った。

そして公共交通機関での移動であることを伝えてあるのに、めちゃめちゃ重たい鉛のような革ジャンと、同じように重たいブーツという出立ちで現れたので笑ってしまった。彼氏の好きなところ、こういうところだな〜本当に…

「日々革ジャンの修行だよ…」
と言いながら歩く彼氏の姿を見て、これで彼氏がユニクロのダウンを着るような人だったら私は好きになっていないだろうし(ユニクロ批判ではない)、彼氏が彼氏で良かったな〜と改めて思った。私は一般的な人ではきっと満足出来ないから…

生命の樹

万博記念公園で見た太陽の塔はとても大きく、みんな同じポーズで写真を撮っていた。
中に入って見学もした。自分が高所恐怖症であることをすっかり忘れており、階段をのぼるたびに恐怖と戦うことになってしまったが…

公園を出るとき
「また10年後に来て『前来たときはまだ若かったね〜』って言おうね」
と約束をした。そういう日々の繰り返しで人は死に近付いていく。

清水寺にも行ったよ
初めて凶のおみくじ引いた!



その5日後にはひとりで東京に行った。前回東京に行ったのは6月のDEZERTの野音のときだったので、約半年ぶりの東京だ。
人がめちゃめちゃ増えたな、と感じた。ライブハウスも人数制限がなくなり、パンパンに入れていた。
開演前に「あと1歩ずつ前に進んでくださ〜い!」と言われ、周りの皆さんが全員(もう無理よ…)という顔をしていたのが面白かった。本当にちょっとずつ前に進んで詰めたが、開演したら全然余裕があった。何だったんだ。

下手3列目でぎゃんぎゃん頭を振り回し、終演後に前後のお姉さんたちから「当たっちゃってすみません!」と謝られた。「私も足踏んじゃってごめんなさい!」と返した(私の方が重罪すぎる)。バンギャの優しい世界……


絶妙な角度で寝ている

なのちゃんは毎日かわいい。
寒くなって、ガスファンヒーターの前のこの席に常に陣取って寝ている。ここは娘の席なのだが、そんなことはお構いなしだ。起きているときは娘と椅子の取り合いをしている。平和だな。



おわり。


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