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ショートショート。のようなもの#2『花火職人の最期』

「あなた。あと一ヶ月で打ち上がっちゃうのよね。」
「そうだな。いよいよ、あと一ヶ月で打ち上がるんだな。俺も」

─この村の花火職人は、ある歳を迎えると自らが打ち上げ花火として夜空に打ち上がり、その最期を迎えることが風習となっている。と、私は父から聞いている。

 文字通り、人生の最期にひと花咲かせるんだって。
 夏の夜空に輝く、大輪の火の花を。なにかっこつけてんの─

「準備は進んでるの?」
「あぁ、一年前からコツコツと、打ち上がる稽古は積んできたからな。どうしても、あいつに見せたりたい花火があるしな。まぁあの様子では、見に来てくれるかわからんがな」

 毎朝、起きたら20キロのロードワーク。続いて、神社の石段をうさぎ跳びで20往復。これは、己の脚力、跳躍力のみで、空まで打ち上がるための基礎トレーニングなんだって。

 誰の力も借りない。
 それが打ち上がるモノの仕来りだとか。

 午後からは、ボイストレーニング。打ち上がる瞬間の、いい“ピューーーン”と、迫力のある“ドーン”を言うため。

 これも自らの口で、言うんだって。
 それが打ち上がるモノの仕来りだとか。へんなの

「あなた、毎日のトレーニングでお疲れでしょ?きょうは、発泡酒じゃなくて、ビールを冷やしてますよ」
「本当か!?ビールを飲んでもいいのか!?」
「もちろんですとも」
「やったー!それはうれしい!!」

ピューーーン……スボッ!!!

「ちょっとあなた!大丈夫!?天井に刺さっちゃったじゃないの!」

 この時期の花火職人は、興奮すると、体が咄嗟に打ち上がってしまう。なにそれ
 花火職人とは、そういう生き物。ダサっ

「それよりも、娘のハナのことはどうするつもりなの?」天井に刺さった父を、やさしく引き抜きながらお母さんは問いかけた。

「どうするもこうするも、俺は許さんぞ。あいつとの結婚なんか。」
「許してあげましょうよ。ハナもいい歳ですし、お互いに愛しあってんですから。」
「馬鹿野郎。ハナもハナだけど、あいつもあいつだ!なんでよりによって、俺の弟子が。弟子が師匠の娘に手を出すんだ!どんな神経してるんだ!」
 なんて、いつもの口論が聞こえてきたから、私は聞こえないふりをして我が家のドアを開けた。

「ただいまー。」
「おかえりなさい。ハナ、遅かったじゃない」
「彼と会っていたの」
「あら、そう~。」
 リビングを通りすぎようとしたとき、父がこっちを振り向くこともなく
「…そこへ座りなさい。話がある。」
 またいつもの小言を聞かされるのは、うんざりだ。
二階へ上がろうと、階段をトントントン…

「待て!!話があると言ってるだろ!!あいつとの結婚は絶対に許さん…!」

ピューーーン……スボッ!!!

「あなた落ち着いてちょうだい!」

 部屋に入ったら、フローリングに敷いた絨毯の一カ所がボコッと盛り上がっている。私はそれを、モグラ叩きよろしく、慣れた手つきで押し込んで一階のリビングまで叩き落とすのだった。


「お父さん、おはようございます!」
「…何回言ったらわかるんだ。俺はお前の親父じゃねぇ。師匠だ。いい加減にしろ」
「結婚の話、考えてもらえましたか?」
「…それ以上言ったら、クビにするぞ。
黙って導火線の準備をしろ」
「はい。すみません」
 彼は言われた通りに、太い導火線を握りしめ、作業を始める。

「…違う!もっと下だ!もっと下!よく穴を見ろ!どこに突っ込んでるんだ!ちゃんと両手でケツの割れ目を開いて突っ込んでくれよ!ほんとにお前は出来ねぇやつだな!くすぐったいんだよ!もっとグイグイと、男らしく突っ込めねぇか!この導火線が抜けちまったら、打ち上がれねぇだろうが!馬鹿野郎!」
「すみません!よいしょっと!…でも、師匠!これがうまく出来たら、娘さんを僕にくれますか!?(グイグイ…)お父さん!僕は本気で娘さんを愛してるんです!(グイグイ…)娘さんを、娘さんを僕にください!(グイグイ…)こ、この通りです!(グイグイ…)」
「どの通りだよ。おめぇ舐めてんのか!ケツに導火線を突っ込みながら結婚のあいさつするやつがいるか!いい加減にしぃ…あっはぁ~ん。…入った」
 きもっ。私はボソッとつぶやきながら、彼のために作ったお弁当を作業場の隅に置いて帰った。

「あなたお帰りなさい。あら?もう導火線の装着の時期なのね」
「もう一週間前だからな」
「そうね。じゃあ今日から、お風呂も入れないのね。体拭いてあげますよ」
「すまんな」
「あっ、でも私、買い物に行かないとダメだったの忘れてた…どうしましょ」そんなタイミングで私は、帰ってきてしまった。

「ただいま-」
「あら、お帰りなさい。ハナ、ちょっと悪いんだけど、お父さんの体拭いてあげてくれない?私、買い物に行かないといけないから、ね、このタオル絞って…」
「いや、いい」父が制止するように言った。
 それと同時に、私も言った「マジ、キモい」


 その後の一週間は、瞬く間に過ぎていった。
 三日後に打ち上げを控えた父はこの日から、絶食も始めた。打ち上がる三日前からは、一切の飲食が禁止される。
 なぜなら、打ち上げに向けて、火薬のみを体内に入れるために、それ以外のモノは体内に入れてはいけないんだって。
 少しでも、体に水分が残ってると火薬が湿っちゃうから、カッピカピにならないといけないんだって。バカみたい
 そして、父の体は、みるみるうちに打ち上げ花火へと化していった。

 いつものように私が、夜遅くに帰ってきたら、父がリビングでうつ伏せに倒れていた。
「どうしたの!?大丈夫!?ねぇ!お父さん!大丈夫!?」
 私から父に話しかけるのなんて何年ぶりだろう。しかも、お父さんなんて呼んじゃって。
 もう一人の私がこっちを見ながらクスクス笑ってるんじゃないかと思った。
 でも、そのときは、ただただ、無我夢中で痩せた父の背中を揺らしながら声をかけ続けた。

 ぷはぁ。

 父は口から火薬を吐き出した。
 飴食い競走で小麦粉の中へ顔を突っ込んだ小学生みたいに。

「すまん。ちょっと無理しすぎたみたいだ。火薬を詰めてたのはいいけど、吐きそうになって口を閉じたらケツから出そうになって、ケツを閉じたら口から出そうになって、体内を火薬が行ったり来たりしてたんだが、ちょびっとケツから出ちまってなー。
それをもう一度口に含んだ瞬間に倒れちまった。
まだちょっとこぼれてるから…掻き集めて導火線の隙間から、ケツに突っ込んでくれないか」
 私は静かに立ち上がり、フローリングに散らばった火薬を足でシャッと父にかけて二階へ上がった。

 
 花火大会の当日、私は、幼馴染みが経営する小さな喫茶店にいた。
 花火大会の会場からは少し離れているが、この辺りにも屋体が出て、浴衣姿の男女や、駄々をこねる子どもに手を焼く親子連れで賑わっている。
 花火職人の彼は、いつも現場にいるから、あっち側には行けない。それ以前に、あの父がいる限り結婚できる見込みすらない。
 いつになったら彼と、あんなことができるんだろう。
 そっか、きょう、あの人が打ち上がれば邪魔する人はいなくなり…
 そんな空想をしながら、アイスコーヒーの氷をカランカランかき回す。

「お前、親父さんの打ち上げ見にいかないのか?」
と幼馴染み。
「行くわけないじゃない。恥ずかしい。こないだなんか、お尻から火薬吹き出してたのよ。しかも、それをケツに突っ込めるだなんて。…さっさと打ち上がっちゃえばいいのよ。そしたら、私も彼と結婚して、あんな風に子どもの手をひいて…」
「あんまり親父さんのこと悪くいうなよ。お前も、昔から、わがままばかりで親父さんをよく困らせてたんだから。ってか今もか。…だって親父さんが打ち上がるのは、お前のためだろ?お前のわがままを聞くため」
「は?なんのこと?」
「いや、お前知らないの?親父さんは、お前のために打ち上がる道を選んだんだぜ」
「何言ってるの?あの人はこの村の仕来りで…」
「え?仕来り?あ~確かに、この村には花火職人がある歳を迎えると打ち上がる仕来りはあるけど、ただし、それは自分で選択ができる。現に、うちの親父はその歳をとっくに過ぎても、生きてるからな。打ち上がらない道を選んだから」
「…じゃあ、なんであの人は?」
「だから言ってんじゃん。お前のわがままを聞くため。親父さん、ここでいつも言ってたぜ、小さい頃にお前が“お父さんの花火が見たーい。”って駄々をこねてたって。だから、俺の花火を見せてやるんだって」
 気がつくと、私は走り出していた。
 お祭りでごった返した町の中を、ただひたすら。

 ちがう!お父さんのバカ!私が言った…お父さんの花火って言うは“お父さんが作った花火”のこと。お父さんが花火になるとこじゃない。

 ─花火職人の娘の私は、同級生のみんなが、楽しそうに花火を見てるときに、いつも、大人に混じって空から降る燃えカスの掃除をさせられていた。
だから、一度もお父さんの作った花火をゆっくり見ることが出来なかった。
 それでいつも、花火大会の帰り道、“お父さんの花火が見たーい”って泣きじゃくっていた。
 それを父は、勘違いして…自分が花火になったところを見せようとして。ほんとバカ

“打ち上がっちゃダメ。まだまだ一緒にいたいもん。”

私は叫びながら走った。

 黄昏に染まる村に、屋体の電球が灯り始め、遠くで、祭囃子が鳴り始めていた。─

「師匠、いよいよですね。」「あぁ。シミュレーションはしてきたものの、いざ、こうやって筒に入ってみると、心臓がバクバクしやがる…。ハハッ、ハハッ…」
「…師匠の最期、しっかり目に焼き付けます」
「おう。師匠じゃなくて、親父でいいぞ。…呼び方。
娘のことは、頼んだ。…ただし、一つだけ、条件がある。この先、お前も花火職人を続けていったら、いつか、この年になって打ち上がるかどうかの選択を迫られるときが来る。…けどお前は、打ち上がるな。娘と一緒にいてやってくれ。俺の代わりに。それが、俺からの条件だ。師匠からじゃなく、親父からの」
「ありがとうございます。お父さん。…それでは、着火します」
「おう。」

ボンッ、ピューーーーー…

「あなた!お父さんは!?」
 私は、汗だくになりながら、彼を押し倒しそうな勢いで問いかけた。彼は、右手でライターを握りしめながら、ただ呆然と、夜空を見上げたまま何も答えない。
 何度も問いかけたが、彼は何も答えない。その目線のから、私もその意味を理解し、小刻みに震えながら、夜空を見上げた。

 そこには、大きな花が、いくつも咲いていた。

 放心状態のまま、帰ってきて二階へ上がり、絨毯をめくり、ぽっかりと空いたフローリングの穴を見つめていた。

 …こんなに大きな穴だったんだ。

 遠くでは、まだ、花火の音が木霊していた。

 どれくらいの時間がたったんだろう。全てを遮断して、首がもげたブリキのおもちゃみたいになっていた、私の耳に、突然、鼓膜が破れそうな爆音が響いた。

ピューーーン…ズボッ!!!

 なんのことかわからず、目をぱちぱちしていると、そこに、お父さんの頭が出ていた。
「え?なんで?どういうこと?
打ち上がったんじゃなかったの?
死んでなかったの?」
「いや~、ちがうんだよ。すまん、すまん。打ち上がった瞬間に、お前が“何か”叫びながら走ってきたのが見えちまってな。その瞬間に、こんなカッピカピの体から、涙が出てきて、火薬が湿っちゃったみたいなんだ。不発におわったよ。ハハハッ」

 照れ笑いをする父を見て、私は「…なにそれ。マジキモい。」そう言いながら、フローリングから突き出したお父さんの頭をさらに、涙で湿らせた。

もう、二度と打ち上がれないように。


                ~Fin~

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