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ショートショート。のようなもの#34『青い鳥』

 ふと空を見上げると、世界中の空を覆い尽くすかのように幾千、幾万もの〝青い鳥〟たちが奇声を発しながら飛び回っている。まるで空が波打っているかのようだ──。

「先輩!あそこにもいますよ!」
「逃がすな~、確保しろ!」
「はい!…何とか捕まえました。これが、何年か前に世界中のスマホから逃げ出したと言われている〝青い鳥〟ですか?」
「そうだ。全世界の街中はおろか、森にもおびただしい数が生息している」
「それにしても、よくしゃべる鳥ですね~」
「全部一人言だけどな。ぶつぶつと、つぶやいているんだよ。でも、一度に140文字以上はしゃべれない」
「へ~。それで、何故、私たちは彼らを捕まえないといけないんですか?」
「近隣住民からの苦情が入っているんだよ。朝から晩までお構い無しに騒がれて、いい報告は自慢話に聞こえるし、悪い話は愚痴に聞こえるし、聞きたくもないものまでが聞こえてしまうそうだ。中には、物好きな人が、自ら捕獲して飼い始めたりもしたそうだが、あまりにも上手くしゃべるせいでインコや九官鳥のペット価値が下落して飼育放棄して捨てられてるみたいだ」
「可哀想ですね」
「さぁ、そこで問題なのが、いざ〝青い鳥〟を飼い始めたはいいが、彼らがつぶやいている内容っていうのが、元々のスマホの持ち主の心の声を漏らしているから、これが厄介なんだよ」
「心の声?人間の思ってることをしゃべっているということですか?」
「そう。だから結局、プライバシーだ何だの関係で一般家庭での飼育は基本的には、禁止になったんだよ。」

 そう言われて改めて注意して聞くと、空一面に飛び交っている〝青い鳥〟の嘴からは、人間の色んな心の声が放たれている…。

「で、私たち携帯ショップの店員が、こうして双眼鏡と網を両手に捕獲に当たらないといけないというわけですか…。それで、捕まえた〝青い鳥〟は、どうするんです?」
「まさか安楽死させるわけにもいかず、とりあえず持ち主の元に返却するのがベターだそうだ。
 有効な活用法としては、消極的な性格で言いたくても言えないことがある人は、〝青い鳥〟に言わせたりするみたいだけどな。でも、大抵の場合は、鳥籠の中で自分の心の声を引っ切り無しにつぶやかれたのでは耳障りだし、トラブルの原因になるからって、つぶやけないように口を塞ぐみたいだ。可哀想だが、二枚のテープを使ってある形を作ってな」
「…ある形?」
「そう。〝X〟の形を作ってな」

*************** 

 それから、さらに数年が経ち、世界中の〝青い鳥〟たちは一羽も残ることなく、全て持ち主の元へと返された。
 しかし、このときの人類には、もう〝青い鳥〟は必要ではなかった。
 例の〝X〟テープを剥がしても彼らは何もつぶやくことはない。
 元来、〝青い鳥〟に頼って意思を発していた人類は、あの日以来、長年に渡り〝青い鳥〟が不在になったことで自らの身体を使い、自らが意思を発するようになっていたのだ。
 匿名で彼らにしゃべらせていたときとは違い、人類は直接ヒトに何かを伝えるときには、ヒトを気遣うという意思が産まれていた。
 今となっては、〝誹謗中傷〟なんて言葉は死語となっている。
 地球上は、ヒトとヒトとが直にふれあう温かい世界へと変わっていった──。

 そんな光景を高台から見ていた、ある一人の男がポツリとつぶやいた。
「一時はどうなることかと思ったが、安心したよ。あのような事態になっても、人類は逞しく生きた。暴動も起こさなければ、誰一人として悪人になることもなく〝スレッズ(擦れず)〟に済んだのだから」


                  ~Fin~

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