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ショートショート。のようなもの#4『野良力士』

「ねぇ、ママが小さいころは、“力士”はまだ、ぼくたちと同じようなくらしをしていたのー?」
「そうね。ママがあなたくらいの頃は、“力士”は人間と同じように暮らしていたの。すごく、強い人達だったのよ。お相撲っていう、日本を代表するスポーツの選手でね。今じゃあ、考えられけど…」
「ママより強い?」
「ええ、もちろん。ママよりもずっと強いわ」

 
 ぼくが、生まれるずーっと前は、“力士”はスポーツ選手だったそうだ。
 でも、〝やおちょう〟とかいうある問題がきっかけで日本のみんなから怒られて、〝おすもう〟というものが禁止になったとママは教えてくれた。
 それから、行き場を失った“力士”たちが野生動物として町をウロウロするようになった時代に、ぼくは生まれた。

 なつやすみ、ぼくは虫とりあみを持って田んぼ道を歩いていた。あいつを捕まえるためだ。

 しばらくすると、前のほうを大きなカエルのようなものの行列が横断していくのがみえた。でも、よく見てみると、ぼくが知っているカエルと違って体の色が薄い茶色というか、なんかへんてこだと思った。
「ひょっとして、あれは力士の子どもじゃないのか?…“野良力士”だ!」えものが来た。

 ぼくは前から、“力士”を飼ってみたかった。
まわりの友だちは、何人も“力士”を飼っていた。大きな力士や、小さい力士。がいこくの力士や、足の短いダックス力士、足の裏がぷにぷにのロシアンショート力士、女の子はちっちゃな手のり力士を飼っていた。
 いろんな力士が頭の中に浮かんできて、目の前にいる子力士たちは、なんという力士の列だろう?
 そんなことを考えながら、ぼくは、逃がすわけにはいかないと、あとを追っていくと、林の中へ入っていった。
 体に木や草が刺さって、チクチクするので、長袖を着てきたほうがよかったと思った。
 子力士は裸なのに、よく平気だなぁと思った。
 ひょっとして強い力士なのかなぁ、わくわくしながらさらに追いかけていくと、急に、木がなくなって、草がボーボーに生えた広場に出た。

 そこには、教科書でしか見たことのない建物があった。
なんだったかな~、そう〝こくぎかん〟って書いていたような。
 社会の教科書は写真が出てくるたびに、落書きの土台としか思ってなかったから、ちゃんと覚えていない。でも、この〝こくぎかん〟というところが、力士たちの巣だということは覚えていた。
 草がいっぱい生えて、お化け屋敷みたいになった〝こくぎかん〟の中に、吸い込まれるように、子力士たちが入っていくので、ぼくも、見つからないように、静かについていった。

 たて物の中も草だらけだった。
 草が邪魔して細くなった道を抜けると、目の前には、大きな土で作ったぶ厚いホットケーキみたいなのが現れた。たしか、あれは〝どひょう〟とかいったような。

 そして、そのホットケーキの上にいたのが、なんと、“横綱力士”の群れだ。

 どうりで強かったわけだ、ぼくが追いかけてきた子力士たちは“横綱力士の子ども”だ。
 ぼくは、きゅうに心臓がばくばくしてきた。

「捕まえたい。」

 あいつを捕まえたら、クラスのみんな驚くぞ。
 今まで、力士を飼ってなかったぼくは、クラスでよく仲間はずれにされていた。
 でも、“横綱力士”を飼えば、みんなびっくりするにちがいない。
 
 でも、どうやって捕まえればいいんだ。
 ぼくは、右手に握ったガリガリの虫とり網とにらめっこをした。
 力士たちは、輪になってお鍋のようなものを食べたり、笑顔でじゃれ合って砂まみれになったり、頭に生えてる細巻きみたいなのを触り合ったりしている。
 ふと、隅っこのほうにを見ると、こわい目をした大きな横綱力士が、ちっちゃな横綱力士の体をたたいている。
 ちっちゃな横綱力士の体には、いっぱいのアザがあった。
 他のじゃれ合っている力士たちにはないアザがいっぱいあった。
 教科書には〝かわいがり〟と書いていたような。 そのときに、力士は強いから、あいてがだれでも、手をだしたりしたら〝さつしょぶん〟というのをされて、ころされちゃうとも書いていたことも、ついでに思い出した。

 いろんなことがいっぺんに起こりすぎて、頭の中がぐちゃぐちゃになっていると、アザだらけのちっちゃな横綱力士がこっちを見て、目があった。
 先生に怒られたあとみたいな、それよりもっと泣きそうな、すごく寂しそうな目をしていた。

 そして、次の瞬間こっちへすり足で走ってきたかと思うと、ぼくを抱きかかえてそのまま〝こくぎかん〟の外までつれていった。
 後ろを気にしながら、さらに進んで、さっき歩いてきた田んぼ道のところまで戻ってきた。

 そして、抱きかかえたぼくをゆっくりおろすと、ふりかえって、また〝こくぎかん〟のほうへ、とぼとぼ歩き出した。
 大きいくせに、なぜか小さくみえる、そのアザだらけ背中をみて、ぼくは、思わず追いかけて、手を握って思い切り引っ張った。

「いっちゃダメ出しだ!ぼくが飼ってあげるから!帰っちゃダメ!」

 言葉が通じないことは、わかっていたけど、思わず口から出た。
 力士はしばらくうつむいていたけど、なにか考え終わったのか「ごわす。」と、だけ鳴き声を出して、ぼくのほうへすり足で寄ってきた。
 ぼくは“力士”と手をつないで、うちまでかえった。 もう暗くなりはじめていた田んぼ道で、ウシガエルが合唱していた。

 それから、うちに帰ってママに力士を飼っていいかと聞いたけど、いいとは言ってくれなかった。
「うちにはそんな余裕ないの」なにを言っても、これしか言わなかった。
 だから、ぼくは、近所にある、つぶれた病院のところで、力士をこっそり飼うことにした。
 名前を“だいちゃん”にした。体が大きいし、ぼくを抱っこしてくれたからだ。

 給食のコッペパンをぼくは少しだけたべて、ランドセルの中にいれて、帰り道にだいちゃんに食べさせてあげた。
夕飯はたべるふりをしてビニール袋に入れて、お風呂上がりにだいちゃんのところまでいって食べさせてあげた。
 エサを食べ終わるとだいちゃんはいつも、よろこんで「ごわす、ごわす」と鳴きながら、シコをふんでくれた。

 飼い始めたときは、まだ子どもだったから、柔らかくて半透明だった回しも、だんだん黒々としてきた。これで安心だ。
 だって、回しが半透明のままではパンツをはいていないのと同じことだから、お散歩してあげることもできなかったんだもん。

 そんなことをして、一年くらいがたったある日、学校帰りにコッペパンをあげにいったときのことだ。
 つぶれた病院の前に大きなトラックが停まっていた。
「なんだろう?」と思いながら、近くに寄っていくと、見たことのないスーツ姿の男の人がだいちゃんの首に鎖をつけて引っぱっていこうとしている。

「なにしてるんですか!ぼくの力士ですよ!」「ごめんね、ぼくー。おじさんはね、どうしてもこの横綱力士が必要なんだよ。この先の林を越えたところに、秘密の地下闘技場っつーのがあってねー。そこで力士同士を闘わせる大会があるの。そこで闘わせたいの。勝ったら金がいっぱいもらえるからさー。僕にも、なんでも好きなもの買ってあげるからさー。今、なかなか手に入んない横綱力士でしょ?のどから手が出るほど欲しいんだよ、だから連れて行くね」
「ちょっとまってくださいよ!」
 ぼくは、おじさんの腕にしがみついたけど、簡単に押し倒された。
 力士同士を闘わせてるのはダメだって、ホウリツで決まっているのを知っている。
「大丈夫ー。大丈夫ー。見つからなかったら。」「お巡りさんに言いますよ!」
 だいちゃんにつないだ首輪をきりきりっと締めながら「言ったらコイツがどうなるかー?坊やでもわかるよねー?」
 ぼくは何も言いかえせなかった。
「君のお家、借金で困ってるんだよねー?この辺りで噂だよー。だから、ただでとは言わない。こいつ連れて行く代わりに、100万やるよ。」
 背広の内ポケットから封筒を出して、地面にポンッと投げつけた。
「いりません!」と言いかけたが、一年前に“うちにはそんな余裕ないの”と言ったママの顔が浮かんできた。
 鎖につながれただいちゃんの顔をみると、〝かわいがり〟をうけていたときと同じ目をしている。

「ぼくはどうしたらいいんだ?」

 そんなことを考えてるうちに、男はトラックにだいちゃんをつんで走っていってしまった。
 ぼくは、泣きながら封筒をランドセルに突っ込んで家までかえった。
 ドジなぼくは、そのままにしてお風呂に入ってるすきに、明日の教科書の支度をしてくれてるママに見つかって、ぜんぶに話した。
 そしたら、次の日、ママが静かな強い声で「返しにいくわよ」というので、あの男がいっていた林の近くにある地下闘技場まで歩いていった。

 中に入ると、がいこくの牛を闘わせるスタジアムみたいな形になっていた。いっぱいの大人がおおきな声で叫びながら、野良力士を闘わせていた。

 ママは、それに目もくれず、上のほうの席でソファに座っている男のところへつかつかと歩いていった。
 赤黒いファンタみたいなお酒をのみながら、太くて茶色いタバコをすっていた。
 ママは、その封筒で太くて茶色いタバコを叩き飛ばして、封筒を男に投げつけた。
 ママが帰ろうとしたそのとき、「わー!」という歓声があがって、土でできたぶ厚いホットケーキのうえに、鎖につかながれて引っぱられながらだいちゃんが上がってきた。
 先に、ホットケーキの上にいた相手はもっと強そうな横綱力士…。

「あっ、あのときの横綱力士だ!」
〝かわいがり〟をしていた、あのこわい目をした大きな横綱力士だ。

 だいちゃん大丈夫かな?と心配していると、ママが急にホットケーキのほうへ早足で歩き出し、おおきなだいちゃんを引っぱって、下へ引きづりおろした。

「手を出したら、殺処分よ」

 それだけ言って、ママはホットケーキの上へあがってスマホを取り出して、お巡りさんに電話をかけようとした。
 そのとき、あの男が上からダーッと走って降りてきて、ホットケーキの上へ駆け上がり、ママに殴りかかろうとした。
 とっさに、だいちゃんの右手がその男めがけて張り手をお見舞いした。

バチーン!という音が響き渡った…。

 2メートルくらい吹っ飛んだところで、ほっぺを真っ赤にして倒れ込んでいたのは、ママだった。

「手を出したら殺処分…。私、黙っとくから」

 あの男は、その場にへたり込んで、ぶるぶると震えていた。
 だいちゃんが悪者にならないように、ママが守ってくれたんだ。あまりの出来事に、周りの力士たちも、興奮していた大人たちも、みんな静かになっていた。

 そのあとすぐに、いっぱいのお巡りさんがきて、あの男も、興奮していた大人たちもみんな「とばく」とかいうダメなことしたので捕まっていった。 大人たちに繋がれていた力士たちは、うれしそうにシコを踏みながら、野生の野良力士に帰っていった。
 だから、ぼくも、だいちゃんを野生に帰してあげた。
 ちょっぴり、さびしかったけど。このときには、もう、なぜだかわからないけど、力士を飼いたいとは思わなくなっていた。

 見えなくなるまで、だいちゃんを見送ったぼくは、“ママ”と手をつないでかえった。
 たくさんの赤とんぼが飛んでいる田んぼ道を、手をつないでかえった。その、ママの手はすごく大きかった。
 ママは、ほんとうは“横綱力士”よりも、ずっとずーっと強いんじゃないかと思った。


                  ~Fin~

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