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ショートショート。のようなもの#8『一人羽織られ』

「なんや?兄ちゃん。二人羽織用の羽織探してんのんか?
 よっしゃ、ほな…この辺やな」

 店主が指さす方を見て、僕は思わず肝を冷やした。

 そこには、なんと、羽織を着た人間がハンガーに掛けられて吊されて、ずらーっと並べられていたのだ。

「…こ、これは。なんなんですか?」

「二人羽織用の“羽織”やん。」

「え?…いや…その、羽織の方じゃなくて…その…人が吊られてるじゃないですか。」

「そら、二人羽織やから人もついとるわね。
 あっ、そうか兄ちゃん初めてやったらわからんわな。
 これは、一人でも二人羽織ができるように、あらかじめ一人がついてるという親切な羽織や。」

 絶対に親切ではないと思ったが、少しは謎が解けてほっとした。
 要するに、“人が吊されてる”のではなく、“吊されてる羽織の中に人間がいる”という解釈で間違いないようだ。
 そして、それは二人羽織をするとき用の羽織であり、一人であっても、この人つき羽織を羽織る…というか背負う?ことで“二人羽織”の状態になるということらしい。
 また、商品名は『一人羽織られ』というそうだ。
 なぜなら“二人羽織”は二人で羽織ることを意味するから、その“二人羽織”をするために、“羽織”目線で見ると一人に羽織られるから、“一人羽織られ”、と、まぁややこしいネーミングだから、何でもいいが─。




 新入社員の僕は、会社の忘年会で上司に命ぜられるままに1年上の先輩と、二人羽織をやらされることとなり、使いパシりとして人生で初めての呉服屋を訪れた。
 スマホで調べるまでもなく、会社帰りに寂れた商店街の中のさらに、路地を入ったところにその呉服屋はあった。
 紺や茶色のホコリ臭い着物が沢山吊ってあった。

 他に探すのが面倒なので、ここに決めた。
 その着物の中をかき分けて進んでいった先に、店主らしきおじさんが、鼻でメガネをかけてタバコを吸っていた。

 そして、そのおじさんに声をかけたことにより、この世にも奇妙な“一人羽織られ”と出会ってしまったのだ─。



 少し落ち着いて、冷静に見てみると“一人羽織られ”にも色んな種類がいる。
 中年の痩せ型のおじさんから、でっぷりとしたおじさん。パーマをかけたおばちゃんから、モデルのような八頭身美女まで…。

 この八頭身美女が目に飛び込んできた瞬間に、一瞬、自分が背負うところを想像した瞬間に、あらぬことを考えてしまった。


 すると、店主が声をかけてきた。
 「どれにする?この一人羽織られは便利やで。宴会芸に使えるのは、もちろんやけど、他にも、疲れて帰ってきて、洗濯やら洗い物、掃除が邪魔臭いときにパッと羽織るだけで、みな、この人らがやってくれよるさかいな」

 たしかに、そうかもしれないな。
一人暮らしの僕は、グッと購買意欲が湧いてきた。
 そして、どうせ買うなら、この八頭身美女が…と思い、値札をチラッと見ると200万円と記されていた。高っ。そらそうか。
 初めに目に入ってきた、痩せ型のおじさんをチラッと見ると600円。と記されていた。…安っ。

「これいっとくか、比較的軽いし、使い勝手はええよ。」

 どうせ、先輩も二人羽織をやる気など、更々ないはずだ。
 だから、僕が一人でやるほうが助かるんだろうし。
 よし、これくらいの値段なら。と、僕は購入を決めた。
 店主は、使い心地に満足がいかなければ、返品も可能だと付け足した。
 
 だから、安心して、持ち帰ることができた。


 確かに使い始めてみると、便利だった。
 仕事で疲れて帰ったときでも、これを羽織れば、体が勝手に動いて冷蔵庫の食材で、パパッと料理を作ってくれる。
 そして、食べさせてくれるのだ。
 だが、やっぱり元来、宴会芸用に作られているからなのだろうか?わざと、お箸をほっぺたやおでこへ持っていって失敗してみせるのだ。
 もちろん、観客は一人もいないので、誰も笑いもしないが。

 又、一人羽織られも生きているのだから仕方がないのかもしれないが、たまにズルいことをする。
 給料日に自分へのご褒美に食べようとしたプリン・アラ・モードのときだけは、僕の口に運ばずに、自分の口に運びやがったのだ。
 そして、耳元で舌鼓を打ちやがる。

 さすがに、彼女がうちに遊びに来たときに、ヨダレを垂らして彼女目がけて羽織にいったときだけは頭にきたので、その後3日間は、罰として北風が吹きつけるベランダに吊して部屋には入れてやらなかった。

 でも、そんな人間味があるところも、愛着が湧いてくると徐々に可愛く思えてきた。
 
 家事をしながら、愚痴なんかも聞いてくれるし、時にはいい助言をくれたりもする。

 ただ、羽織ったままトイレに入ったときに、何食わぬ顔で、背後から僕の股間へ、スッと手を伸ばしてきたときだけは、ゾッと寒気がした。


 そんなこんなで、忘年会の当日は大盛り上がりして、その後も、この“一人羽織られ”との生活は続いた。

 徐々に、“一人羽織られ”がないと生活も出来なくなってきて、僕は、完全にこの一人羽織られに甘えきった日常生活を送っていた。
 何から何まで、一人羽織られにやらせていた。
 それが、よくなかったのだろうか…。

 ある日、僕が仕事から、帰ってきて、いつものように“一人羽織られ”を羽織ろうとして、ハンガーラックに目をやったが、しかし、そこに、一人羽織られの姿がなかったのだ。

 さすがに嫌気がさして逃げ出してしまったのだろうか?
 いつも付きっきりで僕と二人羽織をするのに、疲れてしまったのだろうか?
 僕も、彼と二人羽織をすることを当たり前に感じ、麻痺してしまっていたのかもしれない…。

 ふと、テーブルの上に何やら、書き置きがしてあるのを見つけた。

 “呉服屋へ戻ります。”

 頭を下げて、もう一度帰ってきてもらおう。
 急いで、三ヶ月前に購入した呉服屋へ向かった。

 息を切らして駆けつけると、丁度、“一人羽織られ”が店に入っていくところだった。

 咄嗟に僕は、手を伸ばして声をかけた。
「一人羽織られ!僕が悪かったよ!君に頼りすぎた!もう少し、僕も自分で動くようにするよ。君に負担をかけすぎた。
 反省している。だから、もう一度、帰ってきてくれ!頼む!」
 僕は懇願した。

 すると、一人羽織られがニコッと笑いながら答えた。
「何を勘違いしてらっしゃるんですか?ご心配なさらなくても、大丈夫でございます。すぐに私は、あなたのところへ帰りますよ。」

「え?…じゃあ、なんでまた呉服屋に?」

「いや~。私もたまには、休みたいのでね。
 “私が羽織る用”の“一人羽織られ”を、買いにきたんですよ。」


                  ~Fin~

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