記憶探偵・森林ききょう
リビングに集められた5人の人物。
彼らの顔をぐるりと舐め回し、警部は真実を告げた。
「お呼びたてしたのは他でもない。
この密室殺人の謎は解けました」
ここで、仰々しく咳払い。
私から見ればありとあらゆる料理を勿体ぶって差し出すフレンチ料理人の振る舞いにしか見えない。
「彼女は、自殺だったのです」
その言葉の重みを噛みしめるかのような表情の女性。
彼女を傍で支えようとする女性。
そのほかの男性は俯くものもいれば、今日の天気を知ったのと同じ程度の表情の者もいた。
「大変ショックだとは思いますが、これが真実…」
「待ってください」
私はすかさず警部に横槍を入れる。
それが私の役目だからだ。
「皆さまは、彼女がなぜ1人、孤独に死ぬことを選んだかがわかりますか?」
5人は思わず顔を見合わせる。
そこに私は決定的な瞬間があるのを見逃さなかった。
「彼女が自ら死んだことは事実です。
警部の役割はここで終わりです、帰ってよろしい。何なら皆さんも帰っていいでしょう。
(警部と人物5名の怪訝そうな顔)
動かないのなら続けましょう。
私にはずっと違和感がありました。
容疑者としてここに呼ばれていたというのに、彼女の手首を切り裂いた悪魔かもしれないと言われていたのに、皆さんは焦りもしなければ怯えもしない。
現に、皆さんは近い存在であるはずの彼女が『孤独』であることに何の反応を示しませんでした。
つまり、その状態は皆さんにとっては当然の状態…
さあ、もう回りくどい表現はやめましょう。
これは皆さんが意図的に作り出した関係性であり、予想していた結末です。
(あなたに何が、と言いかける人物を制して)
桐谷さん、あなたは彼女の幼馴染でありながら自らの交友関係に勤しむのをいいことに、彼女の相談を耳を貸そうとしませんでしたね。
清宮さんは母として自らの理想を押し付けた。上京も決して応援しなかった。
只野さんは2年前、半ば強引に性行為に及び、彼女の自尊心を傷つけた。
久礼野さん、あなたは彼女に好意をもつが故に彼女の私物を盗み続けた。
最後に盗んだのは英作文のプリントでしたね?
轟井さん、信頼する担任であったあなたは最期の電話を意図的に無視した。
いつも通りの数時間に及ぶ相談電話だと思って…
真剣に想像してみてください。
彼女はバスタブの中で一分一秒でも願っていたはずです。
あなたたちの誰かが心変わりをして、ただの一度でも連絡をくれることを。
必死の思いで祈りながら、手首を切り刻んだ。
だから一度お湯に落としてしまったスマートフォンを、震える手で拾い上げたんです。
水に濡れ、血に濡れるスマートフォンはその証にほかなりません。
(そんな、ただの妄想に過ぎない、と久礼野)
彼女の記録、SNS、日記、授業のノート、携帯のメモ、出席記録、交通機関、全てを調べました。
遺書なんて、私には不要です。
そこには遺書よりも強い彼女の意思があるからです。
皆さんはもう容疑者でも、殺人犯でもありません。
ただ、記憶の登場人物として、未来永劫この物語に刻まれるのです」
私からは以上です、と告げると、警部は小さなため息をついた。
「ああ、名乗り遅れました、私は探偵・森林ききょう」
今日を最期に選んだ彼女から依頼を受けた、死んだ人の記憶を辿る探偵。
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