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星屑のモスコミュールと乾杯の理由


濃紺の生地を広げたような夜空には
琥珀色の糸が似合うだろうと思った

ひと針ひと針ていねいに
夏の大三角を刺繍する

記憶のカケラが流れ星みたいに
目の前を通り過ぎていったような気がして
ふと針を持つ手がとまる

見えているものさえも
見ないようにして生きていたあの頃
何者かになろうと必死になって
何者にもなれなかったあの頃

コンコン
仕事を終えた夫がグラスを片手に
部屋のドアをあける

「まだ起きてる?寝酒に一杯どう?」

今日は特に乾杯するような出来事もなかったけど
なんとなく何かに乾杯したい気分だった

「お疲れ様」と、
お互いをねぎらいグラスを合わせる

ぴりりとジンジャーの香りが広がり
炭酸が弾けてなんだかくすぐったい

もう遠い夏の記憶
何度も指でなぞったその輪郭は
しゅわしゅわの泡に溶けて
わたしの喉をすべり落ちていった


感情は味わいきることで昇華される


「夏は乾杯がよく似合うね」と、
ふいに夫が呟いて、わたしはくすくす笑う


なにげない日常の中で
起こる物事のひとつひとつに
意味を見つけようとしてしまう

でも、
意味なんかなくても理由なんてなくても
絶対的に必要なものがあるのだと思う

だから今夜は
理由がなくても夏ならば
夏だからという理由で
乾杯したりしてみませんか?


星屑のモスコミュールで


星屑のモスコミュールと乾杯の理由 / 月乃


藤家秋さんの企画 、 #炭酸刺繍 という素敵な詩集に心惹かれて。出会ったばかりで恐縮ですが…参加させていただきました♡

詩と言いつつ…長くなってしまいましたが !
どうぞ宜しくお願いいたします。


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