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クウネルのこと

少し前まで、とっても素敵な雑誌があった。覚えている人も多いだろうか?「クウネル(kunel)」という雑誌。(実際はuの上には点が二個付く。) 私がこの雑誌に出会ったのは、社会人になって2年目の秋くらいだったと思う。職場では新人で中途半端、遠距離恋愛になった彼氏にも振られて人生なんだかうまくいっていない…。そんなときに、仕事帰りによった駅前のAEONの本屋さんに売っていたんだった。 

当時の私といえば、いつもさみしかった。

大学時代の仲間は就職で東京の大手企業に行ってしまい、普段遊ぶ友達もほとんどいなくなってしまっていた。華やかな都会に行ってしまったかつての仲間や恋人を考えると、東京が悪いわけではないのに東京コンプレックスになっていた。「みんなで今日は〇〇で遊んだよ」「海里も年末遊びに来たら?」なーーんて誘ってくれるかつての仲間の言葉も素直に聞き入れられなくなっていた。椎名林檎やフジファブリックを聞くと「そこに行きたかったのに行く勇気がなかった自分」に対してもやもやして、自分がとても落ちぶれた存在に感じていた。歌の歌詞に「新宿」とか「東京」が出てくるだけで、耳をふさぎたくなっていた。

「いつも、私の好きな人たちは東京に行ってしまう」という壮大な東京コンプレックスを引きずっていた。

今思えばわかる。東京に行きたいのに行けなかった当時の自分も、気軽に声をかけてくる昔の仲間も悪くない。それぞれがそれぞれの場所でできる選択をしただけであって、それが私の人生の一通過点だっただけ。仲間にも恋人にも恵まれて華やかだったかつての学生時代の自分を忘れられなかっただけなんだと思う。

でも、クウネルと出会うことで、私は変わることができた。ファッション雑誌しか読んでいなかった私にとって、その雑誌は特別だった。「普通の人の、普通のくらし」に焦点をあてていて、ページをめくるごとに虜になっていった。勿論、中には有名なデザイナーさんや料理家の人の記事もあった。

でも、その雑誌は彼らの華やかさではなく、私たち普通の人と「同じところ」に注目していた。有名デザイナーさんが日々するゴミ拾いで拾ってきたものや、奥さんを亡くした美容師さんが大切に育ててている庭の花のこと、おばあちゃんがくれた裁縫セットを大切に使っている料理家のことなど、誰もが子どもの時に抱いていたような「日常にあるきらきらしたいろんなもの」を思い出させてくれた。街中にいる普通の人たち、一人ひとりに日常があって怒ったり泣いたり、落ち込んだりしながら毎日を送っていて…。そんな感情が入り混じったこの世界が美しいなって思えるようになった。

クウネルは紛れもなく私に「今目の前に見える日々の愛おしさや普通の日常を大切に生きること」の価値を優しい言葉で思い出させてくれた。

家の前に咲いていたポピーを今はもう亡き母と見たこと

夕方まで友達の山にいて、栗拾いをした日の夕焼けの美しさ

仕事帰りに歩く駅前の街並みの空気

それから、たくさんの目の前にある(あった)美しさにまた私は気づき、触れられるようになった。

それまでは休みの日にはお洒落なカフェで朝食をとらなきゃと思っていた私が、「自分のために丁寧につくるごはん」の美しさや、ふくらまなかった手作りパンの愛おしさに目を向けられるようになったのは、クウネルがくれた魔法のおかげだと思う。毎日を少しずつ、丁寧に価値を感じながら過ごしていく中でいつしか東京への焦燥感も消えていった。

結婚して、海外に住んでも一時帰国の時には必ずクウネルのバックナンバーを探して買っていた。何度も何度も読んでもうボロボロになった表紙。今となっては宝物だ。

なぜなら、クウネルは消えてしまった。いや、違う。正確にはまだ雑誌としてはある。でも、もうあの頃のクウネルはどこにもない。​ある時、いつの間にか、姿も形も違うものにそっくり入れ替わってしまった。

普通の人たちの普通のくらしを大切にしていたコンセプトはどこかに生き、「パリジェンヌのおしゃれ」「有名人の素敵な暮らし」が目玉になっていた。かわいらしい「クウネルくん」というキャラクターもお別れもいえないまま紙面からいなくなっていた。まるで、最初からそんなキャラがいなかったかのように。


あのころのきらきらした美しいものでいっぱいだった、あのクウネルはもうどこにもない。 あんな雑誌には二度と出会えないんではないか。そう思うと今でもつらい。

でも、私のようにあの雑誌に救ってもらった 「普通の人たち」は今も時折思い出しているんと思う。日常を丁寧に描くことがどれだけ価値のあることか、どれだけ多くの人が勇気づけられたかを考えると、とても切ない気持ちでいっぱいになる。

クウネルを思いだすと、もう会えなくなったかつての友達や恋人のような存在だなって思う。もう二度と会えない、でも今の自分の核になる部分を彩ってくれた存在。 ありがとう。もう会えない、でも忘れないよ。



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