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ジャズでロックでクラシックなブラッド・メルドー

 気がつけば縁があるミュージシャンという方がいるようで、ジャズピアニストのブラッド・メルドーはそんな存在です。パリに住みはじめて5年目くらいまでの間にソロ、トリオ共に来仏する度に何度もライブに行きました。

 彼を知ったのはソロ名義で発表された「 LARGO」(2002) の中の、レディオヘッドの「 Paranoid Android パラノイド・アンドロイド」のカバーを聴いたことがきっかけでした。当時あたりを見回しても、レディオヘッドをジャズでカバーしているミュージシャンは他に見当たらなかったし、彼の独特のピアノのタッチと音色の美しさにあっという間にひきこまれ、次々と彼の作品を聴きはじめたのです。

 他のアルバムでも再びレディオヘッドの「Everything in Its Right Place」、「Exit Music」、ニック・ドレイクの「River Man」、ジミヘンの「Hey Joe」にビートルズというようにロックの楽曲を積極的に演奏しています。

 「ハービー・ハンコック以来のもっとも重要なピアニスト」とパット・メセニーに絶賛されたメルドー。ロックの楽曲も、彼の手にかかるとクラシックの基盤を感じるきめ細やかな音の粒が湧き上がり彼の「文体」とも言える独特のインプロビゼーションにアレンジされます。

 私がパリに住みはじめた2007年頃を振り返ると、彼の才能がどんどんジャズシーンを席巻していく飛躍的な時期だったのだと感じます。
 その頃間借りさせてもらっていた仏人家庭の家の私の部屋にあったちいさなラジカセで、フランスのジャズ専門ラジオ局「TSF JAZZ」を一日中聴いていました。当時パリでのちょっと心細い生活の中、懐かしいレディオヘッドのカバーやパットメセニーとの共演アルバムの曲が流れはじめ、再び彼の音楽の渦の中に入り込んでいきました。その時に流れるツアー情報をなんとか覚えたてのフランス語でヒアリングして、彼のライブに行ったのが最初です。

 ライブ中の彼はいつも物静かで、MCもほとんどありません。低めにセットされた椅子に座り、全身全霊でピアノに向かい奏ではじめます。ゆっくりと彼の内部に移行させられ深みへと沈みこみ、ふわりと時空の歪みへ浮き上がるような音。目の前に広がる風景は、彼の目を通して見ているよう。曲が終わると客席を向いて深々と一礼をします。

 私の好きなライブ映像の一つが、フランスのジャスフェスティバル(2010年)でのマッシヴ・アタックの「Teardrop」の演奏です。もはや語彙力が追いつかないのですが「圧倒的にヤバい」。遠くへ連れて行かれてしまいます。アドリブも冴えまくっています。しかもグレイトフル・デッドのTシャツでマッシブ・アタックだなんて、正統派ジャズファンを煙に巻いているようで、物言わざるともかっこいい。この場に居たかったなぁと幾度も思った映像です。

 そしてふと久々に彼の公式サイトでツアー情報チェックしていると、なんと再来週近くの会場でコンサートが。
 またしても縁を感じてしまいます。アメリカにいるはずの彼の演奏を、シンクロニシティのように近所で聴ける機会が巡ってくる不思議。暗示にすら感じてしまいます。

 メルドーのたくさんの抽斗から生まれるオリジナルな音を是非体験してみて下さい。

 上記で紹介した楽曲が収録されているアルバムはこちら:




 


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