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ユダヤの商法

それは京都に行く新幹線での出来事。

混んでもないし空いてもない車内で
出発したばかりの品川駅を少し過ぎたころ
隣の席にあとからひとりの
ジェントルマンが乗ってきた。

背広を着た恰幅の良いそのジェントルマンは
スーツケースをひょいと荷台に置いて
窓際の席を指差した。

あっどうぞ!
さっと立ち上がり席を譲るわたしに
thank youとひとこと。

すぐにわたしは席に戻り
さっき買ったばかりのお弁当を食べはじめた。
朝からなにも食べてなかったから
必死に見えたのだろう。
見かねたジェントルマンがくすっと笑って
いい食べっぷりだねと英語で話しかけてきた。

はっとしたわたしは
ちょっとだけ照れくさく笑いながら
つたない英語で答えた。
それから幾分かお互いの話をした。

わたしは仕事で京都に向かっていること。
ジェントルマンはエジプト人で日本に招待され
いまから京都で行われるサミットに行くのだという。(石油関連のようだったが難しくてよく聞き取れなかった)

サミット!?すごい!
世界中からひとが集まってあーだこーだの国際会議!
聴いてるだけでわくわくする。

いや、全人生をかけて耳にしたことのある単語を
聞き取れるだけ聞いていても
そんなのたかが知れているから
間違ってたかもしれない。

だが、今のわたしは強い。
だってコミュニケーションが
取れてる(風)じゃないか!

一定の集中力を超えると人はポジティブ解釈するようだ。

大げさにうなずいたり、臆せず答えてみる。
聞く姿勢、表現する姿勢が認められ、
ジェントルマンとの和かな時が過ぎる。

途中、もうすぐアメリカの選挙だね。
どっちが勝つと思う?と聞かれ
あんまり興味がなかったから気軽にトランプと答えたら
一瞬で空気が変わった。
なぜかと何度も聞かれたが、
うまく答えられなくて濁した。
うかつに外国人とは宗教と政治の話はしないほうがいいと身をもって体験した。

ナイスタイミングで車内販売のお姉さんが
今ですよねと言わんばかりに空気を変えに現れてくれ
ジェントルマンはコーヒーとアイスを頼んだ。
わたしの分までアイスを買ってくれた。
やさしい!

そのアイスがめちゃくちゃ冷え固まっていて
スプーンが折れそうになってふたりで笑った。
アイスを両手であっためてくれた。
やさしい!

手のぬくもりでやっと食べれる状態になったアイス。
ひとくち食べるとめちゃくちゃ美味しかった。
よほど嬉しそうだったんだろう。
愛しい孫を見つめるようなやさしい顔で
いい笑顔だとわたしの頬をそっとなでた。

父親かと思った。
小さい頃の記憶と現実が混じり合ってふわふわした。
最初からうすうす気付いていたけれど
このジェントルマンの安心感半端ない。

子どもに還ったような不思議な気持ちでいると
京都に着く間際に名刺をくれた。

アラビア文字の名刺
初めて見た。かっこいい!
そこにはやっぱりなんとか博士と書いてあった。

最後に京都での仕事が終わったら
今夜中に大阪に移動すると伝えると
もう京都にはいないのか…
大阪行った後戻ってこれないのか?
晩ごはんでも一緒に食べたかったと
より一層別れを惜しんでくれた。

特別な時間とアイスのお礼にと
京都についてすぐメールを送ってみたけど
返事はなかった。

たった2時間のともだち。幻だったのだろうか。

でもやっぱりユダヤ人の話になると
いまもたまにこうして想い出している。

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