マガジンのカバー画像

小説「それぞれの夕暮れ」

57
ケータイもネットもない'80年代の終り、昭和から平成にかけての、不器用で切ない恋愛小説です。
運営しているクリエイター

記事一覧

固定された記事

それぞれの夕暮れ 1

【主要登場人物】■ 山口 省吾 ・・・ 24才、社会人一年生。同じ会社の違う事務所の美里と…

5

それぞれの夕暮れ 2

【第2章】 4月に出逢ってから、省吾と美里は社内連絡の電話を通じて親しくなっていた。とは…

1

それぞれの夕暮れ 3

 洗車したばかりの省吾の車は、中央高速をK市に向かっていた。後藤嬢の最近の様子も気になっ…

1

それぞれの夕暮れ 4

 国道の脇にいくつかのペンションの名がまとめて書いてある看板の所を曲がり、夕闇の中に黒く…

2

それぞれの夕暮れ 5

 電話の音で眼が醒めると、県道に面した窓の外からはいかにも休日らしい様々な街の音が聞こえ…

それぞれの夕暮れ 6

「次にK市に来るのは九月かな‥‥」 二人きりになると後藤嬢がいつもの口ぶりに戻って呟いた…

それぞれの夕暮れ 7

【第3章】 その年、東京の水道橋に日本で初めての野球の屋内スタジアムが完成した。省吾が父親の仕事の関係で入手してきた招待券で大学時代の友人を誘い、プロ野球を観戦しに出かけたのは、清里に行った翌週の週末であった。試合が終わってから、その友人と居酒屋で飲んで、帰宅したのが遅かったせいで、省吾は日曜日は昼過ぎまで寝ていた。  省吾の部屋は窓のすぐ下にベッドがあり、6月の午後の日差しが差し込んで蒸し暑かった。ベッドから手を伸ばせば取れる位置に電話が置いてあり、それが呼出音を数回鳴ら

それぞれの夕暮れ 8

 美里からかかってきた電話であったし、遠距離通話でもあるので省吾はあまり長電話も悪いと思…

3

それぞれの夕暮れ 9

 暦は7月に入ったが、相変わらずあまり雨の降らない梅雨であった。その最初の土曜日の夕方、…

3

それぞれの夕暮れ 10

一応は何のことかを聞いてはいますが内容はわかっています、とでも言いたげな笑みを含んだ美里…

8

それぞれの夕暮れ 11

 店を出ると7月とはいっても高原の夜はやはり涼しく、店に入る前に比べると国道を行き交う車…

4

それぞれの夕暮れ 12

 K盆地から河口湖へ抜けるには、昔、太宰治が滞在した御坂峠を越して行くことになる。省吾は…

8

それぞれの夕暮れ 13

 行くあてのないドライブが続き、河口湖の周りを走り終えて、二人を乗せた車はまた御坂峠を越…

それぞれの夕暮れ 14

 翌朝、冷房のない安西の部屋の蒸し暑さで目が醒めると、7月の太陽は既に相当高く登っていた。省吾は横になったまま、窓の外の梅雨らしくない空を寝ぼけた眼で見ていた。もともと寝つきも寝起きもいい省吾は、すっと起き上がると県道側の窓際に行き、煙草をくわえて火をつけ、窓を開けた。  K市は県庁所在地とはいっても、人口20万人足らずの地方都市で、まだ高層の建築物があまりなく、マンションの3階にある安西の部屋の南向きの窓からは、右手には南アルプス山脈がすぐそこにあるように、正面から左手に