見出し画像

ベトナム放浪記5

 3月18日。早朝。
午前5時ごろ、昨夜サパから出発した夜行バスがハノイに到着した。弱い雨がしとしとと旧市街のアスファルトを濡らしている。
辺りには、早朝バスから降ろされ特にすることもなく、小腹を空かせた観光客の腹を満たすような小さな店がちらほらと営業しているだけだ。ご飯を食べる気にもならなかったのでとりあえずスーツケースを預かってくれる場所を探すことにした。

 営業していようがしていまいが周辺のホテルを手当たり次第回って少しでも安く荷物を預かってくれる場所を見つけようと企んだ私はリュックを揺すり上げ再び歩き始める。


 大抵電気がついておらずともエントランスには誰かしら職員の人がソファで眠っているので扉をどんどん叩いて起こし、大きな声で挨拶すれば出てきてくれる。眠っているところを叩き起こすようで申し訳ない気もするがそんなことは構っていられない。私は幸せになる為に生まれてきたのだ。自分の欲望を実現させること、そのための努力をすること。幸せに生きるためには多少なりとも他人に迷惑をかけることやわがままであることを許す必要があるだろう。この旅を通して随分と自己中心的な自分に成長したものである。
そんなこんなで4件目にして無料で預かってくれるというホテルを見つけたので1日預かってもらうことにした。
そのホテルのシュッとした日焼けした肌のおじさんは熟睡中だったにも関わらず、快く荷物を預かってくれた上、トイレも貸してくれた。私がスーツケースを広げて荷物を片付けている間もなにも言わずに待ってくれていた。なんとも紳士的な気前のいいおじさんに朝から出会えたものだ。


 ホテルを出ると空はやんわり白く、青くなっていて先ほどまでひっそりとしていた市場とは一変、いそいそと開店の準備に取り掛かってる人や、ラジオ体操をして今日1日を過ごすための英気を養っているおばあさんがいる。


 この市場が賑わうまではかなり時間がかかりそうだったのでバイクで20分ほどのところにある、クアン・バーという花の卸売市場を覗いてみることにした。


 どうやらその市場は午前2時3時あたりが1番の盛り上がりを見せる時間帯という。そんな時間は当に過ぎていたのであまり期待はせずに向かったが、いざ着いてみると未だ人々が忙しなく行き来して賑わっていた。

クアン・バー市場


各々の店の途端屋根が並んでできた、体育館2個分くらいの広さの市場には、ものすごい数のカラフルな花たちが紙やビニールに包まれて我が行き先をじっと待っている。こんなにも多量の花が毎日毎日行き交っているのだろうか。

しばらく市場の中をほっつき歩いていると果物や魚など食品が売られている規模の小さな市場が隣にあることを知った。
花の市場の光景にさほど目新しさを感じられず少しばかり飽きていた私はその小さな市場へと向かった。


 花の卸売市場にもこの小さな市場にも観光客は誰もおらず、1人でふらふらとやってきたわたしを、地元の人は皆不思議な顔をして見ている。
彼らの視線を感じながら私は久々に、異国に着いたばかりの時に感じる何もかもが新鮮で面白く、わくわくする感情を再び味わっていた。
こんな時はどうしたって写真が撮りたくなってしまう。しかし、このどローカルな市場では私がカメラを構えることで働いている人達が訝しげな面持ちをしているような気がして申し訳ない気持ちになった。

ああ、物好きな観光客が写真を撮りにきた。どうせ私たちは何も利益を得ることはできないのに。私たちの生活を利用して、面白がって、撮るだけ撮って満足して帰っていくくせに。と遠巻きに言われているような気がしたからだ。
もちろんカメラマンでも何でもないわたしはこの写真を撮ったところで何も利益を生み出すつもりはないのだがそんなこと彼らの知ったことではない。
それに、自分達が働いているところをなんの説明もなくパシャパシャと撮られることは確かに不快であろう。普段、カメラを使って写真を撮ったり撮られたりする機会がないのなら尚更ではないか。
そんなことを考えていると人を撮るという行為がとても責任のあることのように思えてきてシャッターを切ることが心苦しくなってきた。
この罪悪感とも言える心苦しい気持ちにはここ数日間、何度か苛まれることがあった。被写体にカメラを意識して欲しくないが故に何も了承を得ずカメラを構えていると、まるで盗撮をしているような、(考えようによっては盗撮なのかもしれないが。)そんな気分になることが幾度かあった。
今まで写真に関して被写体になることが多かったわたしは、今回1人でカメラ持って旅に出たことで撮る側の気持ちを少しばかりは理解できたのではないかと思う。
シャッターを押すことに罪悪感を感じながらもやはり撮りたい気持ちを抑えられない私は旅行者として自分がこの場所で取るべき態度とはどんなものだろうかと考える。

 そこでまずは現地の人とコミュニケーションをとってみることにした。
ふらふら歩いていると果物を売っているおばさん達に買っていかないか、と声をかけられた。これはチャンスだと思い翻訳機を使って小さな緑の丸い物を指しながらこれを一つ食べてみたい、と伝えてみる。
おばさん達は私のスマホの画面を目を細めながら読んだあと、ほらほら食べなてみなさい、という感じでその緑色の果物を1つ渡してくれた。
そのまま食べていいの?と身振り手振りでなんとか伝えると、おばさん達は口々に食べろ食べろと催促してきたので私はそのまま果物を口に入れた。
初めて食べたその小さな緑の果物はりんごのような食感で青リンゴを薄めたような味がした。ほぼ水分の塊を食べているような気分だったが、美味しい!と伝えるとおばさん達はにこにこと喜んでくれた。

その後もおばさん達はひっきりなしに私に話しかけてきたがなにを言っているのかさっぱりわからない。それでも私はさも理解しているかのように頷きながらおばさん達の話を聞いていた。
このコミュニティに入って話を聞くことは、言葉もこのおばさん達の私情もなにも知らないからこその気楽さと開放感で居心地が良かった。
写真を撮ってもいいか聞いてみると照れながらもにっこりとこちらに微笑みかけてくれた。どうやら撮らせてくれるようだ。何度かシャッターを切った後、まるでいつもそこに通っているかのような様子でおばさん達に他のお店も見てくるね、と伝えて私はその場を去った。その時撮った写真はなんだか記念写真のような構えた物になってしまったが私からすればその写真にはその時の思い出が詰まっているのでそれで満足だった。

果物屋さんのおばさん


 そのあとは野菜を売っている女の人とそのお母さんと思しき人のところへ行った。野菜と一緒にちまきのような食べ物も置いてあったのでそれを食べてみることにした。葉っぱをめくってちまきそっくりのお餅のような見た目のものを齧ってみると中にはお肉のそぼろによく似た味のするものが入っていた。

ちまきみたいな食べ物


味は違えど日本の食べ物と似ているものがあることがベトナムと日本の共通点を見つけたような気がして親しみを感じた。

野菜を売っていた女の人達


私は、このちまきのような物がその場にいる人達に見てもらえるように2人から買った食べ物を食べながら市場の中を歩くことにした。
私がこの場所で生きる人々の生活を尊重していて、その証拠にここのものを買って食べているとそういう意思表示になるのではないか、と考えたからだ。私はとにかく、彼らの生活の営みを尊重したかった。そのことが彼らに少しでも伝わって欲しかった。

 市場の中央では屋台で食べられるような簡単な食べ物が売っていて朝ごはんがてら皆食事している。ふらっと立ち寄って食事を済ませるとそのままふらっと出ていったり売っている食材を袋に入れて貰っていたりと、一体料金の仕組みがどうなっているのかよくわからない。ここで働く人同士の立ちつ持たれつの関係なのだろうか。
こちらにも女の人とその母親と見られる人と2人で軽食を提供している場所があった。
女の人が作っているものに目をやるとそれは私が食べたことのないものだったので興味が湧いた。
値段を聞くと25VTDだという。試しに値切ってみたが気の強そうなどこかむすっとした表情をしている女の人は少しも安くする気はなさそうだ。
諦めて言われた通りの金額を払うことにした。
出された料理はフォーのような米粉のもちもちとした生地に何か茶色いおかずを入れて巻いてある生春巻きのようなもので、どうやらそれをスープにつけて食べるようだ。女の人とそのお母さんが身振り手振りで教えてくれた。

1番美味しかったご飯
お手製のタレに付けていただきます


これが本当に美味しかった。今回のベトナムの旅で食べたものの中で1番美味しい食べ物だった。夜行バスでまともな睡眠が取れず、おまけに旅の最終日ということもあってへとへとに疲れきっていた私はこの食べ物にすっかり癒された。
一口食べて感激した私は、2人に必死においしいということを伝えた。一口食べてはまた美味しいと伝え、何度も繰り返し本当に美味しいよと一生懸命伝えた。先程まで無表情で、どこか観光客の私に対して呆れたような表情をしていた女の人もにっこり笑っていつのまにか食べ切ってしまっていた付け合わせの葉っぱを追加してくれた。
すっかりお腹も膨れて満足した私は最初に言われた通り25VTDを女の人に渡した。
しかし彼女は20VTDしか受け取らない。払わなくていいと言うのだ。そんな彼女の目は会った時よりも柔らかく、私に微笑みかけてくれていた。
美味しかったことが伝わっただけでなく、私の気持ちを汲み取って少しばかり受け入れてくれたような気もした。

お店の彼女が撮ってくれた!

 気づけばすっかり夜は明けて市場の周辺はこれから通勤、通学すると見られる人達でごった返している。私もこの市場を出て、次の行き先を探すことにした。


 もと来た道を戻る時、あの果物屋さんのおばさん達が、その隣のバナナを売っているおばさんが、フォーを食べているところを撮らせてくれたおじさんが、手を振ってくれている。

バナナ売りのおばさん
フォーを食べていたおじさん、キメ顔をしてくれた

私と彼らの人生が交わることなどこの一度きりなはずなのに、なぜか人懐かしさと親しみを感じながら私も手を振りかえす。



この記事が参加している募集

一度は行きたいあの場所

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?