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神経たち

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室温と体温を計測することにとりつかれた男は都内のあらゆる家の女性たちを監視し続ける。ある日男のもとに訪れた旧友が、男にある依頼をすることから、物語の歯車は動き始める。
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2019年11月の記事一覧

神経たち #5

「アンタも物好きだね。まだやってんのか。まあ、お互い様か」 メッセージ画面に僕とは別の趣味の男の言葉がふわりと浮かび上がる。彼は人の家の鍵を開けて忍び込むことに快楽を感じるらしく、僕は個人的に鍵屋と呼んでいる。本名を性別も知らないから、向こう側にいるのは本当は女性である可能もある。彼が文字をタイプする速度、リズム、口調から、彼の本当の声、いや、肉体的な声の高さを想像する。不健康な色白の身体から発せ

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神経たち #4

神経たち #4

キタガワナナコ、彼の恋の相手。唐突な依頼から二日後の昼下がりに、彼が知人経由で入手した写真とインターネット上のいくつかのソーシャルネットワークアカウントに簡単なプロフィールが添えられてメッセージが送られてきた。音沙汰ないまま過ぎた二日の間に、ケイゴのことだから依頼自体を忘れてしまったのだろうと思い、僕が彼の訪れる前の計測行為の繰り返しの日常に戻りつつある時に、メッセージの到来は告げられた。
まずは

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神経たち #3

神経たち #3

温度センサ、振動センサからの計測値が美しく可視化される。
温度ごとの色合い、サーモグラフィーが映し出す女性の輪郭、青、黄、赤、温度順に並べられた序列、そして序列が織りなす、三色が彩る世界。彼女の居場所、毎日通る場所、殆ど通らない場所、壁に囲まれた私的な空間の温度、部屋に肉体が入ってくることにより上昇する室温、室温と体温の相関、数々の部屋を見ることで、僕は計測相手を把握する。予測する。センサから放た

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