こんなとこにいるはずもないのに
たまに心の在りどころに迷いが生じたとき、横浜の桜木町駅に一人向かうことがある。
これと云って何か急を要する用事があるわけでもなければ、今すぐにでも目に焼き付けておきたい風景があるわけでもない。
某テレビ番組を観て、自分も行きたいととっさに思いついたわけではない。気が付いたら無性に行ってみたいと、自身をその地へと動かしていた。
なぜかそこまでは直接駅で降りようとせず、徒歩で行ってしまう。別に電車賃がもったいないから、という理由でケチっているのではない。
一つ前の横浜駅で途中下車しては、立ち並ぶビルの群れや高架橋下をくぐり抜けていく。何度訪れても、なぜか新鮮味を感じている。
ここに住んでみたいと思っているわけではない。けれど進めば進むほど、高層マンションが立ち並ぶ路地を散策している。
夜になればインスタ映えしそうな風景はいくらでもある。にも関わらず、朝の通勤ラッシュが落ち着いた時間帯に其処に着いてしまう。
誰かと会う約束や待ち合わせなどしていない。そもそもこの辺りに私の知り合いは住んでなどいない。
下見をするつもりで来たのではない。ここに行く云々よりも、まったくもってそのような予定など立てていない。
そこで見知った人とすれ違うわけでもない。なのにもしかしたらと思って、胸の奥底から妙に期待感が膨らんでしまう。
自分にとって懐かしい人と会える機会などほとんどない。それよりそんな確証などこれっぽっちもない。
子供の頃に記憶に刻まれるような出来事があったわけではない。まず横浜の地に足を踏み入れたことなんて一度もない。
良くも悪くもそこでの思い出は一つも残っていない。大人になって上京してから何度も足を運んでいるが、未だにまっさらなままである。
誰かに見せたいものがあるわけではない。絵になるような風景なら、ネットで調べればいくらでも出てくるだろう。
二度と踏み入ることがないかもしれない。なんて思うこともなく、いつでも探してしまう。何も計画もなく、何の意識もせずに…。
はじめからこんなふうにして、書こうと思っていたのではない。気が付いたらいつの間にか一つ形作られてしまっていた。
それはきっと、山崎まさよしの「One More Time, One More Chance」を聴いていたからなのかもしれない、たぶん。
いつかまた自分を見失いそうになってしまいそうになったら、私はまた独りで桜木町駅に向かって行くのだろう。
春夏秋冬。季節など関係なく、自らが行きたいと思い立った時に。
自分にとって大切なものが、こんなとこにあるはずもないのに。
最後までお読みいただきありがとうございました。 またお会いできる日を楽しみにしています!