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二人が歩いたわずかな時間

夕陽が沈み込み、空が暗闇に覆われた途端に街中が一斉に光り輝き始めると、今年もようやくこの季節が訪れたのだなと心待ちにせずとも実感が湧いてくる。

子供の頃は毎年この時期に差し掛かると決まって、心がはずんで仕方がなかった。冬休みが近づいてきていることもあり、何よりクリスマスプレゼントを貰えることの楽しみに思いを馳せていた。

さらには高校受験を控えている一時期のクリスマス当日には、恋人と二人きりで一日中過ごしたこともあった。私にとってあの時が、おそらく一番幸せであったと記憶している。

街中のファミレスでランチを堪能し、夕方から夜にかけて至る所に光り輝くイルミネーションを散策するなど充実した時間だった。 

そして誰もいない帰りの電車の中、終点に着くまでの間お互い離れないように寄り添い合う。

自分とは少し違う恋人の体温を指先や肌で感じ「このまま時が止まればいいのに」とうらめしそうに呟きつつ、魔法がゆっくりと解けていくのを期待せずに待ちながら。

僅かなそして限られた時間で描かれた思い出は、うまく言葉で表せなくともとても美しく色褪せることなく幸福に包まれていたのだなと、今更になって思うのであった。

 

この直近は、いくら街中が世間がクリスマス一色のムードに染まろうとも、それに一切の興味を引くどころか些細な喜びすらまともに感じなくなってきている。

社会人になって、忙しくも慌ただしい日々に追われていることも一理はある。きっとそのせいで、今まで帯びていた熱が一気に冷めてしまったと思うのである。それよりもクリスマスは、自分にとって大切な人と過ごす日であると教わっていた。

もしかしたらそれが一つの足枷になっているのだと思う。20代も、そして今もなお大事だと云うべき人がいない以上、悠長にクリスマスを過ごしてはならないと自ら禁じているのかもしれない。

少なくとも、今もこうして独りの日々を謳歌している間は。

あれから十年以上経った今、何もかもトキメキに満ちていた時間も距離も、肉眼だけでは捉えられないほど遠く離れてしまっている。

どれだけあの頃の二人の面影が恋しくなろうとも、あの日々に帰りたいと願おうとも二度と戻らない。残された思い出たちも量や質に関係なく、必ずどんな形であれ熱を失っていく。

この先もひとりで立ち止まらず誰かを待つこともなく、大事な事に気付かず人に気付かれずに去っていくことをだらしなく続けていくのだろう。

今日も一人車を走らせる帰り道の中、目の前で一組のカップルが横断歩道を足早に渡り切るのを待っていた。

この地に雪が降り積もらずとも、ふたりの記憶に美しく残ればいい。


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忘れられない恋物語

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