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祈りの詰まった「手作り」を受け取るまで

2021年12月某日、私は父の職場にあるものを取りに行くため訪れていた。こうして単独で行くのは、高校生の時に短期バイトで行って以来、およそ10年以上ぶりのことである。

あの時を思い起こせば、短い時間だったとはいえ頭を抱えてしまうほどに苦戦を強いられていた。

高校生でWordの使い方をある程度覚え、ワープロの資格を取得してそれなりに知識は会得していたものの、問題はそこから先の話であった。

どれだけテンプレートなり出力するための準備が整ったとしても、複合機などのOA機器の扱い方がわかっていなければまったく意味がない。故にこの時の私は、「手差し」という単語自体も知らない。

その複合機が設置されている事務所には私だけしかおらず、この場で質問できる人間が誰一人いない。年末が近いこともあって現場では社長や父を含め、忙しい雰囲気を醸し出していたために、直接向かって声をかけるのが気まずい状態であった。

ようやく事務所に戻ってきた社長にやり方を聞いてみるも、自身も複合機の使い方をあまり理解していなかっため、結果的にはそれを扱っているリース会社と電話で直接やりとりする運びとなった。

それまでなんとか午前中までに、年賀状を印刷してポストに投函できる体制に仕上げることはできた。いろんな意味でヒヤヒヤだった短期バイト、もとい人生初の仕事はこうして幕を閉じた。

 

…という一時の思い出に浸る余裕もなく、この日に至る。

この年の仕事納めの夜に東京から実家へと戻ってきた翌日、母から父の職場の社長さんがあるものを作ったから取りに行ってほしい、とお願いされていた。

正直なところ、どんな顔して社長と会うべきか迷っていた。「自分は大丈夫です」と明るく振る舞うべきか、今の心情をそのまま正直に顔に写すべきなのか。

人に見せるための表情や気を遣うための言葉が纏まらないまま、私は父の職場を訪れた。

「ごめんくださーい!」

玄関に入り、人影らしき姿を目にしてはすぐさま呼び出すと、社長がこちらに駆けつけてきた。何かが入った袋を片手に、目を真っ赤にしながら声を震わせていた。

「お父さんみたいにうまくできていないかもだけど、これを是非渡してほしい」

約束通り受け取ったそれは、千羽鶴の代わりである一つの「手作り」であった。

 

父は、父の病気はきっと必ず良くなる。
良くなって、元気になって、あの頃みたいに笑顔を振る舞って、
忙しくも穏やかでいつもの日常を取り戻せることを願っている…。

 

その袋の中に入った「手作り」に、社長だけでなく職場の皆一人一人の祈りが込められているのを感じながら、大事に、そして落としてしまわないように。

私は父の職場を後にすると、改めて父が歩いてきた道とその偉大さを思い知らされるのだった。

それと同時に、父は、常に信頼を寄せられている人だったと、私の中でそう確信に変わった。

最後までお読みいただきありがとうございました。 またお会いできる日を楽しみにしています!