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政治講座ⅴ1119「ロシアの政変(風が吹けば桶屋が儲かる)」

 政治の世界は一寸先は闇である。もし、彼、ルカシェンコ大統領が死亡したら独裁政権が民主化に向かう可能性がある。ロシアの後ろ盾で政権を維持出来てきたが、ロシアはウクライナに手いっぱいであり、ベラルーシでの民主化への鎮圧は難しいのであろう。いよいよこれがロシアへの波及となりプーチンの失脚となる可能性が出てきた。報道記事の報道されない政治の裏側を俯瞰するとドミノ倒し(風が吹けば桶屋が儲かる)的に国際政治に変化をもたらす可能性がある。物理学的には地球の石ころ一つ動かすだけで地球の重心が変化すると言われている。一人の政治家の死亡により政治の世界も重心が変わるのである。独裁政権においてはそれが顕著に現れるのである。今回は報道記事からそれを紹介するがどのような世界になるかは神のみ知ることである。

     皇紀2683年5月30日
     さいたま市桜区
     政治研究者 田村 司

ベラルーシのルカシェンコ大統領、重篤な状態か 野党指導者がSNSに投稿、モスクワでプーチン大統領と会談後に病院搬送

日テレNEWS によるストーリー • 59 分前

日テレNEWS© 日テレNEWS

ベラルーシの野党指導者は27日、ルカシェンコ大統領がロシアのモスクワでプーチン大統領と会談した後に病院に搬送され、重篤な状態にあるとSNSに投稿しました。

ベラルーシの野党トップ、ワレリー・ツェプカロ氏のSNSによりますと、“ルカシェンコ大統領がロシアのプーチン大統領と会談後に重篤な状態に陥り、モスクワ市内の病院に緊急搬送された”ということです。一方でツェプカロ氏は「さらに確認が必要だ」とも投稿していて、はっきりしたことはわかっていません。

ルカシェンコ大統領は9日、ロシアの戦勝記念日のパレードに参加した際に足元がふらついたり、その後の主な行事を欠席しました。その後、地元の公共放送に登場しましたが、声がかすれるなどしていたため、健康状態が悪化していると指摘されていました。

ベラルーシへの戦術核移転 「既に始まった」 ルカシェンコ大統領

2023年5月26日 

ベラルーシのルカシェンコ大統領は25日、ロシアのプーチン大統領が表明していたベラルーシへの戦術核兵器の配備をめぐり、ロシアから自国への核弾頭の移転が始まったと明らかにした。ロシア国営タス通信が報じた。

 ルカシェンコ氏は現地のテレビ局の取材に「貯蔵施設などの準備を終えたため、核弾頭の移転は既に始まった」と発言。一方、自国内に到着したかについては明言を避けたという。

 ルカシェンコ氏の発言に先立ち、両国の国防相がこの日、ベラルーシの首都ミンスクで、戦術核の保管手続きを定めた文書に署名した。ロシアのショイグ国防相は、核兵器は引き続きロシア側が管理し、使用もロシアが判断すると述べた。また、核配備は西側諸国の圧力への対抗措置だとし、西側がロシアとベラルーシに「宣戦布告なき戦争」を仕掛けていると主張した。

 プーチン氏は3月、ベラルーシの要請を受けて同国に戦術核兵器を配備すると宣言。貯蔵施設を、ベラルーシで7月1日までに建設するとしていた。既に核兵器を搭載可能な短距離弾道ミサイル「イスカンデル」をベラルーシに配備している。

ベラルーシはなぜロシアに協力的? 経緯や狙いは…知っておきたい基礎知識5選

六辻彰二 国際政治学者

2022/3/3(木) 8:31

 ロシアとウクライナの停戦に向けた協議の第一ラウンドは、ベラルーシのホメリで行われた。また、アメリカ政府は「ベラルーシもウクライナに部隊を派遣する可能性がある」と報告している。ウクライナ侵攻でしばしば名前のあがるベラルーシとはどんな国で、なぜロシアに協力的なのか。これに関して以下では5点に絞って紹介しよう。

(1)「侵攻にかかわっていない」

 ベラルーシはロシアの西隣で、ウクライナの北隣に位置する。この国は、ウクライナ侵攻が始まる前からロシアへの協力が目立ってきた。

例えば、昨年末から10万を超えるロシア軍がウクライナを取り囲むように展開していたが、そのうち約3万はベラルーシにいた。ウクライナでの緊張が高まっていた2月ロシア軍はベラルーシ軍と合同軍事演習を行ない、それが終わった後もベラルーシにとどまり続けていたのだ。

 この時点ですでに「ロシア寄り」とみなされても仕方ないが、ベラルーシ駐留のロシア軍は2月24日、ウクライナ領内のチェルノブイリ(1986年の原発事故で有名)方面に進撃した。

 ベラルーシのルカシェンコ大統領はこれまで「ウクライナに部隊を送っていない」としばしば強調してきたが、そうだったとしてもこの国がロシア軍の一つの拠点になっていることは間違いない。そのため、ベラルーシの野党からはロシアの野蛮な行為に協力するルカシェンコ政権への制裁」を世界に求める声もあがっている。

(2)「強いソ連」への憧れ

 ロシアとの深い関係は、この国のルカシェンコ大統領が「強いソ連」への憧れを強く持つことに一つの原因がある。

 ベラルーシは1991年のソビエト連邦崩壊とともに独立した国の一つだが、当時ベラルーシ最高会議の議員だったルカシェンコはソ連解体に唯一反対した議員だったといわれる。
 ベラルーシ独立後、ソ連時代から権力を独占してきた共産党関係者の専横や腐敗が目立つなか、ルカシェンコは「反マフィア(既得権益層を指す)」を掲げて1994年の大統領選挙に立候補して勝利し、この国で初めての大統領に就任した。

 それ以来、30年近くにわたって権力を握ってきたルカシェンコは、周辺の旧ソ連圏や東欧諸国が欧米に接近するのを尻目に、基本的にロシア寄りの態度を保ってきた

 例えば、NATO加盟はウクライナでデリケートな問題となってきたが、ベラルーシは1992年に発足したロシア中心の軍事同盟、集団安全保障条約機構のメンバーである(加盟国はその他アルメニア、キルギス、カザフスタン、タジキスタンの旧ソ連構成国)。そのため、いずれかの国が攻撃を受ければ、共同でこれに対応することになる。

 「強いソ連」に対するルカシェンコの憧憬はやや度が過ぎるほどだ。1999年には両国の政治、経済、安全保障などを段階的に統合するロシア・ベラルーシ連合国家創設条約が結ばれ、いわばロシアとの一体化さえ視野に入れてきた

もっとも、ナショナリストでもあるルカシェンコは、国力の差を全く無視して「対等の合併」を強調してきたため、当のロシアから冷たい目でみられることもしばしばだった。

(3)ロシアに睨まれたら終わり

 ただし、ロシア寄りが鮮明でも、ロシアとの関係が常に順調だったわけではない。むしろ、ルカシェンコ率いるベラルーシはしばしばロシアの逆鱗に触れてきた。

 例えば2007年、ロシアはベラルーシ向け天然ガス供給を一時停止した。ベラルーシはロシア産天然ガスを割安で輸入していたが、これを精製した後に転売していたことが発覚したことへの懲罰だった。

 さらに、2009年にロシアはベラルーシ産品の輸入を停止した。現在でもベラルーシの輸出の約半分はロシア向けであり、当時この取引停止が大きなショックになったことは間違いない。
この背景には、今回と同じくロシアの軍事行動があった。

その前年ロシアは、旧ソ連の一角で、欧米に接近していたジョージアに侵攻した。このときロシアは、ジョージア政府と敵対していた同国北部のアブハジア地方と南オセチア地方の分離主義者を支援し、その国家としての独立を承認した。

いわば力づくでジョージアからこれらの地方を切り取ったロシアに対して、ベラルーシはアブハジアや南オセチアを国家として承認しなかった。このことがベラルーシ産品の輸入停止を招いたのである。

 ベラルーシはロシアと距離を縮めたが故に、ロシアに睨まれないようにしなければならない立場にもある。そのため、今回の侵攻に先立ってロシアがウクライナ東部ドンバス地方の分離主義者を支援し、その「独立」を承認したときもベラルーシはこれを承認しなかった

 もっとも、それだけではジョージアの時と同じになりかねないので、ベラルーシ領内からロシア軍が進撃することを認めた。これはいわば帳尻を合わせた格好といえる。

(4)寝返ることも難しい

 「だったら欧米に寝返ればいいのに」と思うかもしれないが、ベラルーシにはそれも難しい。

 ロシアとのすきま風が目立つにつれ、2000年代末ころからルカシェンコは欧米との関係改善に着手してきた。旧ソ連圏6カ国との経済交流を目指すEUの東方パートナーシップ協定に参加したことは、その現れである。

しかし、「独裁者」ルカシェンコに対してはEU内に強い拒絶反応がある。ポーランドとリトアニアにはとりわけそれが鮮明だが、両国はベラルーシに地理的に近いだけでなく、歴史的な関係が深い

 ベラルーシは18世紀にロシア帝国に組み込まれ、その後ソ連に継承されたが、それ以前の16-17世紀、この土地は当時ヨーロッパで最も大きな国の一つだったポーランド・リトアニア同君連合によって支配され、ポーランド語を強制された歴史をもつ(この点ではウクライナも同じ)。

 関係が深いだけに、ポーランドやリトアニアでは「敵方」に与するルカシェンコへの反感が特に強いわけだが、ルカシェンコにとっても両国は危険な存在といえる。

「独裁者」ルカシェンコに対しては国内でも批判が高まっており2006年には大統領選挙での不正を批判するデモが拡大して「デニム革命」と呼ばれた(参加者の多くがデニムを着用していたことに由来する)。この際、当局の弾圧を逃れたリーダーの多くはポーランドやリトアニアに渡り、この地で政治活動を続けてきた

 さらに、2020年にも抗議デモが大規模化(後述)し、これに対してEUは2021年の東方パートナーシップ会議でベラルーシの参加資格を停止したが、そこにはポーランドとリトアニアの働きかけが大きかった。

 両国を拠点とする拒絶反応は結果的に、ルカシェンコがロシア頼みにならざるを得ない状況を再生産してきたといえる。

(5)崖っぷちの「独裁者」

 最後に、国内の混乱によってルカシェンコは、これまで以上にロシアの顔色をうかがわなければならない状況にある。

 2020年8月、ルカシェンコは大統領選挙で勝利して6選を決めた。しかし、そもそもルカシェンコが多選を禁じた憲法の改正を重ねて立候補すること自体に批判があり、そのうえ投開票の作業に不正があったと報じられた。そこにコロナ禍に由来する不満が爆発して、抗議デモが全土に拡大したのである。

 その結果、数千人が逮捕され、数多くの人々が警察による拷問や暴行の被害を受けたといわれる。さらに、混乱によって多くの難民が押し寄せたポーランドでは国境封鎖を求める声も高まっている。その結果、欧米諸国はルカシェンコを「正統な大統領と認めない」ことを決定したのだ。
 これがルカシェンコへの圧力になったことは疑いないが、その立場をさらに不安定にしたのが、反ルカシェンコ勢力へのロシアの支援だった

 反ルカシェンコの抗議には、自由で開かれた社会を目指す勢力だけでなく、それとは逆に排他的で人種差別的なスローガンを掲げる極右も混じっており、政治的混乱を念頭に「ヒトラーのような指導者が今こそ必要」という主張さえ飛び出している。
 ルカシェンコにとって大きな問題は、こうした極右の抗議活動にロシア人も混じっていることだ。ルカシェンコは2020年1月、「政情不安を画策する外国人を逮捕した」と発表した。これはロシアのワーグナー・グループ白人極右団体で傭兵集団でもある)メンバー33人だった。ロシアは工作活動を否定している。
しかし、先述のように、ロシアとの関係にすきま風が目立つなか、ルカシェンコが欧米との関係改善に着手してきたことを思い起こせば、これまでにないほどのベラルーシの混乱に乗じてロシアが干渉しても不思議ではない。それは「裏切ったり、足を引っぱったりするなら潰す」というルカシェンコへの圧力になる

 ロシアには「ルカシェンコがいなくなってもベラルーシはロシア寄りにならざるを得ない」という目算があるとみられる。
 こうして崖っぷちの「独裁者」はロシアの顔色をうかがい、ウクライナ侵攻に手を貸さざるを得ないわけだが、それは結果的に欧米からの圧力をさらに強め、ルカシェンコはますます崖っぷちに追いやられることになる。

 歴史を振り返ると、「独裁者」がいなくなった後に底なしの混乱に陥ることは珍しくない。ウクライナ侵攻はベラルーシの今後をも左右しかねないのである。

六辻彰二 国際政治学者博士(国際関係)。
横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

2023年2月13日特集記事

侵攻の陰で続く弾圧 逮捕 拷問…「何もできることないけれど」

ロシアのウクライナ侵攻。両国に隣接するベラルーシは「ヨーロッパ最後の独裁者」とも呼ばれるルカシェンコ大統領の統治が1994年から続いていて、国内にロシア軍を駐留させるなど、ウクライナ侵攻を事実上、容認している。

政権に反発する国民たちは、民主化運動を展開しているものの、ルカシェンコ大統領の強権的な手法で抑え込まれていて、深刻な人権状況が続いている。

日本から民主化の声を

ベラルーシの民主化運動に、遠く離れた広島から取り組むベラルーシ人のナジェヤ・ムツキフさん(42)は、「多くの一般のベラルーシ人は侵攻に反対している」と、声をあげ続けている。

ムツキフさんは2000年に初めて来日し、在日ベラルーシ大使館の職員などを経て、結婚を機に広島市に移住。現在、広島市安佐北区で2人の子どもを育てながら翻訳の仕事に携わっている。

政治に大きな関心はなかったというムツキフさんに転機が訪れたのが、2020年のベラルーシ大統領選挙だった。
6選を目指すルカシェンコ大統領は、さまざまな理由をつけてほかの立候補予定者を拘束したり、届け出を却下したりするなど、徹底的に政敵を排除した。拘束された夫の代わりに、立候補した主婦のチハノフスカヤ氏は、民主化を訴え、大統領の対抗馬として若者を中心に多くの支持を集めたものの、結果はルカシェンコ大統領が8割の得票率で当選を決めた。
これを受けて、多くの市民が「選挙結果は不正だ」と訴え、各地で抗議活動を展開。一方で、政権は治安部隊を増強して徹底的にこれを弾圧した。

「国が変わるかもしれない」

選挙情勢を日々チェックしていたムツキフさんも「国が変わるかもしれない」と、在外投票で一票を投じたいと考えていたが、在日ベラルーシ大使館は在外投票所を設置しなかった。

「投票ができないのはおかしい」
ムツキフさんは、東京で行われた抗議デモに参加することを決意。遠く離れた日本から声を上げた。

「何もできず、自分の意見が無視されるままで済まされることが許せなかった。暴力に反対、不正のない選挙が行われてほしい。ベラルーシのリーダーとして、チハノフスカヤのことを認めてほしい。そんな思いでデモに出た」

一方、ベラルーシでは、政権による民主化運動の参加者への弾圧が続き、そのほとんどが拘束されるか、政権の手から逃れるため国外に退避するなどして、国内での活動は事実上不可能になった。
さらに政権は反体制派メディアのサイトへの国内からのアクセスを遮断。徹底的な情報統制のもと、民主化運動を抑え込んだ。

こうした中、ムツキフさんはベラルーシ国内の人々にむけて情報を届けようと自身の個人的なSNSに反体制派メディアの情報を転載。運動の火を絶やさないよう、情報発信を続けた。

「遠い外国にいる私にとって、祖国のためにできる数少ない行動の1つはSNSを通じた発信なんです。国内では今も、反体制派のSNSやチャンネルを登録したり、”いいね”を押したりするだけでも、逮捕される危険性があります。個人のSNSはそれよりも安全なので、自分のSNSを通じて情報を届けることがとても大事だと思っています」

その後、ベラルーシの民主化に取り組む人権団体などとも連絡を取り合うようになったというムツキフさん。東京オリンピックでベラルーシ代表の陸上選手が成田空港から強制帰国されそうになった際も、ムツキフさんがサポートした。
選手からSOSの連絡を受けた団体を通じて支援要請を受け、広島から電話で通訳をしたり、日本の外務省とやりとりをしたりして、ポーランドへの亡命を手助けした。

激しさ増す侵攻 政権からの圧力さらに強まり

その後もSNSでの発信など地道な活動を続けるムツキフさんに、2022年2月、最悪のニュースが飛び込んできた。ロシアによるウクライナ侵攻だった。侵攻開始前からロシアはベラルーシ領土内に軍を駐留。侵攻開始後はキーウに向けて進軍を始めた。

「侵攻のニュースは本当にショックだった。ベラルーシ領土内からもキーウに向けてロシア軍が侵攻していて、ベラルーシ人としてとにかく罪の意識が強かった。あれだけ独裁者と戦っていたと言っても、結局負けてしまったではないか。私たちには何もできない… そんな気持ちだった」

ルカシェンコ政権の圧力はさらに強まり、ムツキフさんの周りにも及んだ。
首都ミンスクで会社を経営していたムツキフさんの兄は、侵攻後、経営者仲間が次々と拘束されたことから身の危険を感じ、2022年11月、国外に避難した。

(ムツキフさん)
「どうやって国を出たの?」

(兄)
「それは突発的な決断だった。気がつけば、私の身の回りも含めて、かなり危ない状況になっていて、ここにいれば99%、政権に逮捕されると思った。政権は適当な経済的もしくは政治的な理由で刑事犯罪をでっち上げて賄賂を要求してくるんだ」

こう話すムツキフさんの兄。政権からの賄賂の要求を拒否すれば、逮捕・投獄され、すべての財産が没収されるという。理由について「制裁で国の財政が厳しさを増し、企業経営者を狙っているのでは」と分析する。

(兄)
「決断した翌日には、スーツケースに荷物を詰めて国を出た。国境を越えるのには11時間かかった。すでに国境を越えられない人々のリストに載っているかもしれないと思い緊張しながら待ち続けていた。自分はEUのビザを持っていたので、なんとか国を出ることができた。国がある種、強制収容所になったかのような感覚がある。体制が根本的に変わらない限り、帰国を検討する事は不可能だろう」

悪化の一途をたどるベラルーシの国内情勢。2023年1月から2月にかけても、ロシアとの合同軍事演習が行われ、地域の緊張は高まり続けている。

「何もできない」それでも…

先が見えない祖国の情勢に心を痛めるムツキフさん。民主活動家たちにも無力感・疲労感が見られるという。

「今日に至るまで、いいニュースは何もない。誰かが逮捕された、誰かが拷問された、拷問で亡くなった。そんな話ばかりです。政権は新しい、ひどい法律をどんどん作って弾圧を続けている。いま、私たちは何もできることがない状態に置かれている」

しかしムツキフさんは、広島で開催されるG7サミットをきっかけに、世界が改めてベラルーシにも目を向けることを切に願っている。


「G7サミットのテーマは当然ウクライナ問題になるべきですが、ルカシェンコもロシアの軍事をサポートしています。戦争に関わる者を裁くなら、ルカシェンコにも代償を払わせるべきです。そのことを忘れないでほしい。何かしないと、もう手がつけられなくなる可能性が大きくある」

ムツキフさんはG7サミットの開催にあわせて、広島で祖国の現状を知ってもらう催しをウクライナの人たちと共に、開催したいと考えている。
現在は、ロシアの影に隠れてしまうベラルーシの問題だが、今も国内では深刻な人権侵害が続く。

取材中、日本の人々に伝えたいことはあるかと聞いたところ印象に残る言葉が返ってきた。

「政治に興味を持たないと、気づかないうちに、国は民主主義から独裁国家に変わってしまう。当たり前だと思っていた人権はあっという間に守られなくなる」

日本にいると実感しにくいことかもしれないが、政府によって国民の人権が侵害され続けている国はいまだにある
われわれが享受する自由と民主主義は、当然のように見えて、非常にもろい土台の上に築き上げられているのかもしれない。

ロシアはアラスカをミサイル攻撃せよ──やられっぱなしにはもう飽きたとロシア議員

Newsweek Japan によるストーリー • 2 時間前

ロシアはアラスカをミサイル攻撃せよ──やられっぱなしにはもう飽きたとロシア議員© Newsweek Japan

アラスカのエルメンドルフ=リチャードソン統合基地で演習中のF-22戦闘機(2019年) U.S. Air Force/Justin Connaher/REUTERS

ロシアの下院議員が、アメリカのアラスカ州にミサイル攻撃をすべきだと主張した。

アンドレイ・グルリョフ議員は数日前、ロシア国営テレビの番組に出演してこう語った。「アメリカの領土はロシアの戦略核兵器の射程内だ。それに(ベーリング)海峡のすぐ向こうにアラスカがあるではないか」。ちなみにこのやりとりに字幕を付けてSNSで拡散したのはウクライナ内務省顧問のアントン・ゲラシチェンコだ。

「ロシアにはイスカンデル戦術ミサイルも、弾道ミサイルも巡航ミサイルもある。アラスカを完膚なきまで叩きつぶす力がある」とグルリョフは述べた。「たいした兵力は必要ない。旅団が2つくらいあれば十分だろう」

コメンテーターがなぜアラスカを攻撃するのかと聞くと、スカベーエワは「アメリカ人を恐怖に陥れるため」だと答えた。

グルリョフはこの数日前には、プーチン寄りの人気司会者ウラジーミル・ソロビヨフのインタビューに答えて、ウクライナに核攻撃をすればいいと言っていた。

戦術核兵器でウクライナ軍の司令部や空港などの重要施設を破壊すればウクライナは麻痺状態になる。そうなれば、これまでとはまったく異なる対話が始められる」

グリュロフは、アメリカが対戦車ミサイルのジャベリンや高機動ロケット砲システムのハイマースといった強力な兵器をウクライナに供与するたび、慌てて対応を迫られてきたこれまでの戦争の経緯に飽き飽きとしたと言い、ロシア側から敵を慌てふためさせる方法について語っているのだ。

ロシアは昨年2月にウクライナへの侵攻を開始。ウクライナ各地では1年以上にわたって激しい戦闘が続いている。

「核の黙示録シナリオ」の可能性が高まる?

侵攻開始以降、アメリカはロシアとロシアのウラジーミル・プーチン大統領を繰り返し非難してきた。そしてウクライナに対し、ミサイルや戦車、ドローンや防空システムなどの軍事支援を行ってきた。

プーチンとロシアも、このアメリカのウクライナ支援を非難。ロシアの安全保障会議副議長を務めるドミトリー・メドベージェフ前大統領は、もしウクライナへの兵器供与が続くなら、世界はさらに「危険の」度を増すと警告した。

「こうした(供与される)武器の破壊力が上がれば上がるほど、いわゆる『核の黙示録』のシナリオの可能性が高まる」と、メドベージェフは述べたと、ロシア国営タス通信は伝えている。

ウクライナ侵攻が始まって以降、ロシアのコメンテーターたちは何度もアラスカ攻撃を話題にしてきた。ちなみにアラスカは1867年にアメリカに720万ドルで売却される前はロシア領だった。

「(ナポレオン戦争後にヨーロッパの領土確定を目指して行われた)ウィーン会議(1814〜1815)は、ワルシャワをロシア帝国の一部だと認めた。フィンランドもロシア帝国の一部だと認められた。この時の国境線まで戻すことに賛成だ」と、ロシア中東研究所のエフゲニー・サタノフスキー所長は2月、国営テレビで述べた。「そうすれば、アラスカは再びロシアのものになる」

同様に7月、ロシア下院のビャチェスラフ・ボロージン議長はアメリカの対ロシア制裁を受けてこう述べた。「連中(米連邦議会議員たち)がロシアの海外資産を横取りしようとするなら、ロシアにも取り返すものがあるということを認識すべきだ」

グリロフは3月、ロシアはイギリスを「地球上から消し去る」べきだと示唆している。ウクライナにとって主要な同盟国であるイギリスは、ロシアとウクライナの戦争における「悪玉」であり「扇動者」だとも彼は述べた

ニューズウィーク日本版デジタル編集部

参考文献・参考資料

ベラルーシのルカシェンコ大統領、重篤な状態か 野党指導者がSNSに投稿、モスクワでプーチン大統領と会談後に病院搬送 (msn.com)

ベラルーシへの戦術核移転 「既に始まった」 ルカシェンコ大統領 [ウクライナ情勢]:朝日新聞デジタル (asahi.com)

ベラルーシはなぜロシアに協力的? 経緯や狙いは…知っておきたい基礎知識5選(六辻彰二) - 個人 - Yahoo!ニュース

ロシア ウクライナ侵攻の陰で続く弾圧 ベラルーシ 民主化の願い | NHK政治マガジン

ロシアはアラスカをミサイル攻撃せよ──やられっぱなしにはもう飽きたとロシア議員 (msn.com)

“最後の独裁者”ルカシェンコ大統領“緊急搬送”か 「プーチン大統領と会談後に重篤」と野党が… ベラルーシ (msn.com)

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