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「天才とホームレス」 第18話 『おっちゃんと過去』

俺は天才だった。

昔から神童と呼ばれ、村では誰よりも優秀やった。

高校に上がって街に出てきた時も、その鼻は折られなかった。
だれよりも賢かった。
だれよりも勉強ができた。
また論争にも負けたことがなかった。

京都の大学にトップの成績で入ると、そこでも負けることはなかった。
大学闘争の激しい時代だった。

経済学の観点から見ると、それはまるで幼稚なものだった。
何度か集会に行って討論をした。
負けることはなかったが、追い出されることとなった。
冷めていた。その冷めた目が連中の気に触ったようだった。

そのうち、その運動は終わっていった。
その頃には、自分の研究に没頭していた。

気がついたら、大学の教授になっていた。
いくつかの論文が海外でも有名になり、名が売れた。

たくさんの企業が訪ねてきた。
たくさんのお金が動いた。
ずいぶんと稼いだ。
ビジネスが面白くて仕方がなかった。
時代はバブルに入っていった。

そして泡のように弾けるのを見た。
経済の異常に気づき、自分の会社とそれに関わりのある会社には、注意喚起し、手を引かせたが、それでも影響は大きかった。
それは死をも見せた。

そして虚しさの中に沈んだ。

糸がプツンと切れる音がした。
少し前に食事をした人が、自殺したと聞いた時だ。
葬式に行った。
地獄だった。

そこまで走り続けてきたことが嘘だったかのように、
なにもできなくなった。
学校に行けなくなって教授をやめた。
会社は畳み、他の会社の顧問もやめた。
多くの人を悲しませた。
多くの人の期待を裏切った。
多くの人の恨みを買った。

一人の部屋でじっとしていた。
本も読まず、論文も書かず、誰かと話すこともない。
こんなことは初めてだった。

飲まず食わずで一週間が過ぎた。

日曜日の朝、
なぜだかわからないが立ち上がった。
立ち上がって眩暈がした。
もうお腹も空いていない。
ただ力が出ない。

でもなぜだかわからないが、外に出ようと思った。
ドアの方に目をやって、光の方に歩いていく。

何も持たず、一週間前と同じ姿で、外に出た。

光を浴びてまた、眩暈がした。
太陽が眩し過ぎて、目が開けられなかった。

フラフラと歩いた。
あてもなく。
理由もなく。
ただ歩いた。

そして、
大きな川の前に立った。

川がとても綺麗で、
そこに映る太陽がキラキラ眩しくて、
水浴びをする白鷺が美しくて、
一歩一歩近づいていった。

そして足を止めることなく、ザブザブと川の中に入っていった。

ザブンと頭まで浸かって、息が苦しくなったから顔を上げた。
久しぶりに呼吸をした気がした。

その時、頭の上を白い鳩が飛んでいった。

水から上がって川を見ていた。
後ろから小学生の声がする。
「誕生日おめでとう〜!」と、互いを讃えあっている。
一度全部を捨てると決めた。

その日から河川敷に住むことにした。


徹底的に研究して、橋の下の先住民たちに学んだ。
それまで得てきた知識を惜しみなく分け与えた。
彼らはこの小さな男の素性を、何一つ聞かなかった。
そして持っているものを惜しみなく分けてくれた。

そのうちに立派な段ボールハウスが出来上がった。
そして先住民たちと共に「仕事」をした。
町中を歩き回った。
拾い集めたもので飲み食いし、さらに家を改良した。
必要なものはすぐに揃ってしまった。

冬が近づいていた。
彼らにとって、もう自分もその一員だが、冬が山場だった。
一番の恐れだった。

そこで俺は、大学の工学部の教授を連れてきた。
後輩だからなんの躊躇いもなかった。

そいつは声を上げて驚いていたが、数秒で馴染んでいた。
そして熱効率を計算し、ブルーシートとベニヤ板を使って、簡易版高床式倉庫構造を1日で作り上げてしまった。

「もっとこう、困ってることはないスか??」
帰る頃には目をキラキラさせてこう言った。
「ない」と答えるとガッカリしていた。

また来ると約束して去っていったが、
そいつは俺たちのヒーローとなった。
暖かさがまるで違うのである。

すぐにみんなの家もその構造を取り入れた。

その後、そいつはしょっちゅうきた。
そしてもう一つ、画期的なものを発明した。

ドラム缶で暖炉を作ったのだ。
それもエネルギー効率の半端なく良い暖炉を。
そのおかげで、少ない燃料で、長時間の暖を取ることが可能になった。

こうして俺は、一人前のホームレスになった。


ホームレスになって1年が過ぎた。
無事にみんなで冬も越せた。

先住民たちには、もともとたくさんの友達がいた。
ここから巣立っていったやつらもいるらしい。
そいつらの相談を受けるようになった。
時間は腐るほどあった。
アイデアも次々に出ていった。
でももう金儲けはたくさんだった。

だから、惜しみなく与えた。
鋭い質問をし、例え話で説明し、道を示した。
会社はどんどん大きくなった。

いろんな人が、ダンボールハウスに出入りするようになった。
変な小学生も入り浸るようになった。
だんだんと楽しいという気持ちが湧いてきては殺した。
まだ怖かった。

てっぺいは父を亡くし、母も入院中だった。
てっぺいは強かった。
尊敬した。
幼くも親の死を経験してなお前を向いていた。
俺についてきた。
楽しそうだった。
俺はてっぺいが楽しそうなことが楽しみとなった。

そんな時だった。
牧場を救ってくれという依頼が来た。東京にある牧場だ。
俺はすぐにてっぺいの顔が浮かんだ。
そして断ろうと思った。

しかし、その牧場の状況は、聞けば聞くほど切羽詰まっている。
助けてやりたい。
しかしてっぺいは、、、

三日三晩悩んだ。
うなされるほどに悩んだ。

そして三日目の朝、
「行け! 行け!」
大きな声が響いた。

びっくりして辺りを見回しても誰もいない。

「行け! 行け!」
また大きな声がして、びっくりしてしゃがみこんだ。

「大丈夫。
 てっぺいは大丈夫!
 おまえのところに再び来る!」

河川敷一帯に響き渡る声だが、だれにも聞こえていないようだった。

俺は行くことにした。

てっぺいに東京に行くことを告げた。
てっぺいは泣いて俺にすがった。
心が締め付けられた。痛かった。

「大丈夫。大丈夫やからな。
 絶対また会えるから」
そう言って別れた。

それで今、こうして東京にいるわけよ、だからな、、、

「ハイ。なんでしょう?」
黒人神父が答える。

「だからな、神父さん。
 てっぺいのこと、よろしく頼むよ。
 あんた、神様のこと、詳しいんやろ?
 あの声は、あんたんとこの神様やろ?
 てっぺいのこと、よろしく頼むよ」
おっちゃんは頭を下げた。

「でもね、おっちゃんさん。
 てっぺいにはアナタがいますよ」
神父はゆっくりと話した。

「うむ。そうや。俺がおる。
 ずっと一緒におるつもりや。命に変えてもな。
 でもな、てっぺいの心は、心の問題は、俺にはどうしようもないんや。
 あいつはな、寂しいはずなんや、でもな、強いから。
 強いから、大丈夫なんや、でもな、
 どっかで癒されなあかんのや。
 だから、、、」

にっこりと笑って神父は、ギュッとおっちゃんの手を握った。
「わかりました。
 もう大丈夫です。
 てっぺいは愛されています。あなたに。
 そして、あなたと同じように。
 わたしもてっぺいが大好きです。もう大丈夫です」

そのとき外は、強い風が吹いていた。





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