小説 創世記 12章b

12章b

その年、何日も雨が降らない日が続いた。
作物が実らず、家畜もバタバタと死んでいった。

そこで一雄は大阪の中心部、街の方へ行き、食料を買ってこようということにした。
村から送り出されて、何人かの若い衆とヒメ、イブキと共に街に向かった。

大阪の街は荒れていた。
暴力で支配している者たちがいた。

そのことを心配して一雄はヒメに言った。
「聞いてほしい。
 僕は君が本当に美しいと思う。それはみんなそうだと思っているんだ。
 大阪の街は荒れているらしい。怖い人たちが支配しているらしい。
 もし君を見たら彼らは僕を殺して君を手に入れようとするかもしれない。
 そこで、君は僕の妹だということにしてほしいんだ。
 そうすれば、僕も君も無事でいられるんだ」
ヒメは少し考えて、それからわかったと言った。
大阪の街は思っているより大きかった。
そして元気があった。
人が多く、人と人の距離も近かった。

しばらく立ち尽くしていると、
海が割れるように人が道を空けていった。
その奥に大きな体の男たちが肩で風を切って歩いていた。

ゆっくり近づいてくるその男たちを、一雄はじっと見つめて動かなかった。
「おう」
低く響く声だった。
「なんやお前、どっからきたんや」
「河南村です」
おそらく一番上の立場であろう男がヒメをじっと舐め回すように見た。
「この子は?」
「妹です」
「そうか、
 ちょっとこっち来いや」
一雄の手は震えていた。

男たちの事務所に入っていった。
「おう、どうして来たんや」
「はい、うちの村で食料がなくなってしまって、
 ここで調達しに来たんです。
 できるだけのものを売っていただけませんか?」

しばらく沈黙が続き、
「おう、こいつらに全部用意したれや」
その一声で男たちが動いた。
そして一時間も経たないうちにいろんなものが用意された。

「ありがとうございます」
一雄の声は浮かれていなかった。
「おう、ええねん。
 これで足りるか?
 まだ欲しかったらなんでもこいつらに言えや。
 あと、すぐには村に帰るなや。泊まるところ用意したるから」
「はい」
そう言って一雄たちはホテルへと向かった。

イブキは心配していた。
「おい、大丈夫か?
 あいつら、ヒメのこと、、、」
「わかってる。
 でも大丈夫や。大丈夫、大丈夫」
それ以上、イブキは言うのをやめた。
一雄の目が覚悟を決めた目だったから。

その夜、同じ部屋で三人は祈った。
そして祈っている内にすっかり寝てしまった。

朝、あの男がドンドンとドアを叩く音で目が覚めた。
「おい、お前、なにもんや!」
汗をダラダラとかいている。
「この子はお前の嫁やないか。
 なんでそんな嘘ついたんや。
 いや、そんなん普段は気にせえへんねや。
 欲しいもんは絶対に手に入れる。それがわしや」
「はい。すみませんでした。
 嘘をついてことは謝ります。
 しかし、僕も妻もこの街に来ることが不安だったんです」
男は小さな声で「そうか」と言った。
「しかしな」
汗は止まらない。
「俺は昨日、夢を見たんや。
 それはそれは恐ろしい夢やった。
 その中でお前の嫁のことを告げられたんや。
 このわしでも勝てへん、このわしが子どものように捻り潰されるぐらいの大男、
 そんな大きな声や。
 わしは震え上がってしまってこのザマや。
 誰にも言うなよ。お前ら。頼む。

 しかし、お前はなにもんなんや。
 その神さんはブチギレとったぞ。
 頼むから、もう出ていってくれ。
 足りんもんあったら全部やるから。
 そんであの神さんに謝っといてくれ。
 頼む、頼むぞ、、、」

そして大きな荷物を持って、一行は街を出た。

彼らが見えなくなるまで興奮を抑えるのが大変だった。
十分に離れてしまってから、イブキと二人、飛び上がって喜んだ。
ヒメは泣いていた。
一雄はヒメの手を取り、
「怖かったな。ごめんな。ごめんな」と、何度も謝った。

持って帰った食料は十分に河南町を潤した。

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