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小説箴言 3章b

『我が子よ、主の懲らしめを拒むな。
 その叱責を嫌うな。
 父が愛しい子を叱るように、
 神は愛するものを叱る。』

年少に来た牧師のこの言葉に、俺(龍)は気がついたら涙が出ていた。
泣きながら首を傾げていた。

月に一度の全体集会では、いろんな人が来てくれた。
時にはマジックショー、時には演歌歌手。
そして時には、元ヤクザの牧師が来た。

その牧師の話が始まる前の、聖書の一節を読んだすぐ後のことだった。
ぐぅっと胸が締め付けられ、気が付くと俺は泣いていたのだ。
周りの奴らは不思議そうな目で俺を見ている。
俺は恥ずかしさを感じるよりも、涙を止められないことに困惑していた。

ひとしきり泣いた後で、牧師の話はクライマックスだった。

「あなたを愛している人がいる。
 あなたの罪が許されるために、命を捧げた人がいる。
 あなたを暗闇から救い出してくれる人がいる。
 この人こそが本物だ!
 この人に出会ってくれ!!」

涙で柔らかくなった心は、その言葉を簡単に受け取った。
「ああ、そんな人がいるなら出会いたい。。。」

その時、体の芯がじんわり暖かくなった。
今まで味わったどんな快感よりも、気持ちがよかった。
牧師が帰って行くまで、俺は顔が上げられなかった。

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ある朝、あの巻物を開くと、こうあった。
「幸いなことよ。知恵を見つけ出す人、悟りを得る人は。
 それは黄金にも、真珠にもまさる。
 知恵の道は楽しく、平和で安心できる道。これは命の木。
 掴んでいるものは幸せ。」

知恵とは何だ? どうすれば見つかるのか?
考えながら朝の日課に出た。
河原掃除である。

賢くなれってことなのか?
この世の中で生き残る術を身につけろってことか?

僕(悟)は黙々とゴミを拾い続ける

ゴミ拾いは良い。
無心になれる。

橋の下でホームレスのおじさんが、拾った椅子に座ってくつろいでいた。
驚くことに、朝日に照らされたおじさんが、美しく輝いて見えた。
昨日の雨の粒が草の上に残っていて、川と共にキラキラしていたからか。

あの巻物の続きの文が頭に浮かんできた。
「主は知恵をもって地の基をすえ、悟りをもって天を定められた。
 その知識によって海は湧き出で、雲は露をそそぐ。」

太陽の下のおじさんの、緩みきった顔に命を感じた。
「ああ、これかもしれない」
そう呟いた。

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部屋に帰った俺は一人になりたかった。
同じ部屋のやつらに、この感覚を邪魔されたくなかった。
心を逸らすな。

牧師の言葉を思い出す。
これまでの道のりに意味があったのか。
これからの道に、こんな俺にも、生きる意味があるのか。

就寝の時間になり、ごろりと横たわる。
こんなに安心して眠れる夜は、これまでなかった。

夢の中で俺は、暖かい光に包まれた家にいた。
仲間たちも一緒にいた。
急に他校のやつらの襲撃があったが、なにも恐れを感じなかった。
やつらを蹴散らした後も、楽しくて仕方がなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次の日の朝、そのホームレスのおじさんが話しかけてきた。
「兄ちゃん、千円くれへんか?
 毛布を買わなあかんねん」
関西弁だった。

いつもの僕だったら無視して通り過ぎていただろう。
しかしその朝読んだ巻物の言葉が心の張り付いていた。
「あなたの手に善を行う力がある時、それを控えるな。
 あなたに物があるとき、明日あげるというな。」
ポケットの中には昼食代に母さんからもらった千円があった。

このおじさんのあの緩み切った顔を守るためだ。
勢いに任せて千円を渡した。
おじさんは驚いた顔をしていた。
僕はそのまま振り向いて、その場から立ち去った。
なにか言われるのが、なんとなく嫌だったのだ。

走って家まで帰った。
冷たい風が心地よかった。



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