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書評『定年前と定年後の働き方~サードエイジを生きる思考 (光文社新書 1255)』石山 恒貴

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通関士試験が無事終わり、ほっと一息ついているところです。この2か月、試験以外の本を読んでいなかったので、積ん読を解消していければ。

今日のテーマは、書評『定年前と定年後の働き方~サードエイジを生きる思考 (光文社新書 1255)』石山 恒貴、です。


はじめに

この本は、日本における越境学習の第一人者、法政大学大学院石山恒貴教授による、シニア(書籍では50歳と定義)個人の働き方と幸福の関係について、書かれた本です。

なぜこの本を読んだのか

なぜ、シニアではないわたしがこの本を手に取ったかと言うと、わたしが所属している学習コミュニティ「ノンプロ研」では、越境学習が個人や組織の働くの価値を向上させるのではないか、という取り組みが活発に行われているからです。

越境学習とは、かんたんにいうと、心地いいホームから、自分が成長できそうなアウェイな環境に越境し、そこで学びを得ること、または学びをホームに持ち帰る活動をいいます。
石山先生(通称、いっしー)とは、ノンプロ研のイベントなどでも交流を深める機会があり(わたし自身は直接お会いしたことはありませんが)、新書ということでワクワクしておりました。

読者としてのわたしの属性

わたしは、以下のような属性であり、立場や課題感を持っています。

  • 43歳

  • 中小企業の経営者

  • 両親は小売店を経営(廃業済)、休みなく働いていた記憶がある

  • 父親の背中は「男は外で稼ぐもの」「仕事は他者に勝つこと」「ザ・団塊世代」というものだった

  • 現代日本の生産性の低さに課題を感じている

  • 現代から将来にかけて日本の労働人口の減少に課題を感じている

以上から分かるように、「育ってきた家庭の環境」や「働くということ」「現在の日本が抱えている問題点」に、個人的な偏りがあります。あらかじめご了承ください。

思い込みとエイジズム

書籍の序盤で、この本をシニアではなく、シニア手前、もっと言うとすべての世代のビジネスマンが読むべきでないのか、とわたしが感じる著者の提唱があります。それは、シニアに対し「過去の経験にしがみつき、新しいことを学ぶ気もなくて、主体性もないという偏見を持たない方がいい」、という提唱です。

なぜなら、人は「自分はそうなってしまうと考えて行動すると、本当にそうなってしまう」という、自己成就予言や(悪い)ピグマリオン効果が確認されているからです。いま、あなたがシニアを「能力が衰えていく存在」とみなすと、あなたがシニアになったときに、そうなるよ、ということです。これには、驚きを隠せませんでした。

加齢への偏見や差別を「エイジズム」と呼ぶそうです。

エイジング・パラドックスと幸福感のU字型カーブ

しかし、多くの研究では、シニアになり加齢していくと喪失や衰えがあるはずなのに、幸福感が高まっていくことが、明らかにされています。その矛盾(パラドックス)を「エイジング・パラドックス」と呼びます。

また、40代後半ぐらいに幸福感の底をつき、以降、年を取るにつれ幸福感が高まっていくことが、日本だけでなく、世界中の国々の調査で明らかになっています。このカーブを「幸福感のU字型カーブ」と呼びます。

引用:当書籍第2章より

本書では、この、エイジング・パラドックスと幸福感のU字型カーブを説明するさまざまな理論を参照しつつ、シニアの幸福感を高める、具体的な働き方思考法を紐解いております。

シニアの幸福感に関する理論

シニアの幸福感に関する研究は、古くからあるものだと思いますが、本書では1960年代の3つの理論からスタートしていました。

  • 離脱理論・・・社会を維持するために、シニアは仕事から離脱すべきという考え

  • 活動理論・・・シニアにおいても、ミドル時代の活動をなるべく維持する心理状態を保つことが重要だと指摘する考え

  • 継続性理論・・・個人のパーソナリティの違いは、シニアになってもなくなるわけではないので、その点に着目すべきであり、シニアは自分のパーソナリティを継続することで心理適応している、という考え

ただし、この3つでは「シニア個人がどういう思考法をめざせばいいのか」を説明するには不十分であり、その後発展した、以下の2つの理論を、筆者は取り上げていました。

SST理論とSOC理論

社会情動的選択性理論(以後、SST)と選択最適化補償理論(以後、SOC)は、前述した3つの理論から発展した考え方です。

  • SST(Socioemotional Selectivity Theory)・・・シニアは、自分にとって意義ある目的と親密な人との交流を重視する、という理論

  • SOC(Selection Optimization with Compensation theory)・・・選択によって目的を特定し、最適化し、自分ができないことは補償していく、という理論

SOCの「自分ができないことは補償する」というのは、シニアは加齢に伴い、なにがしかの喪失が生じることはやむを得ないとし、努力や時間の配分を増やしたり、新しいスキルを獲得したり、他者の助けを得たりすることです。

これらの理論から、シニアの働き方思考法を具体的に考える、というわけです。

時間・自身・連続性へのリテラシー

わたしがこの章をメインとした、シニアの働き方思考法に関して学んだことは、以下の3点に凝縮されると考えました。

  1. 時間の変化に対するリテラシー・・・生きてきた時間の長さ、残された時間の長さは、世代によって違う。その認識の高さ(リテラシー)が問われる。

  2. 身体の変化に対するリテラシー・・・自身や他者の持つ技術や機能について、伸びる衰えるを正しく理解する。また、効率性を追求すると多様性を認め辛くなるように、「競争の重視と他者への非寛容さ」のトレードオフも理解する必要がある。

  3. 連続性へのリテラシー・・・いわゆる定年(60歳など)を区切りにした年齢的なターニングポイントはあるが、ある日突然訪れるものではない。生まれながらに死を意識する赤ん坊はいないし、入社時に定年退職を考える新卒はいないが、わたし自身はそれらの認識を高めた方がよりよい働き方ができるのでは、という気付き。

これらが、すべてのビジネスマンが「今」読むべき本だと、わたしが感じたポイントです。

目的設定と具体的な行動

理論は分かった。ではこれからどうすれば?という方法が、書籍の後半で展開されています。

たとえば、目的についてです。SOCにあったように、目的は「選択によって目的を特定する」という、絞り込みが必要だというお話でした。また、衰える自分を受け入れることが大事、という考え方でした。

しかし、同時に新しいチャレンジをすることも必要だ、ということです。

新しいチャレンジをするためには、新しく目的を設定することが大事ですし、新しく目的を設定するためには、現状の自分を可視化したり、スキルの棚卸をすることが有効です。

ジョブ・クラフティング

個人が、主体的に職務を再創造する「ジョブ・クラフティング」という手法があります。東京ディズニーランドにおける清掃係が、清掃とゲストを楽しませるという業務に昇華して、カストーディアルとなったことは有名かもしれません。
このいまや人気職種は、仕事の本質的な意味を狭く解釈せず、もっと幅広く、抽象度を上げて仕事の意味付けをしてみる、ということから始まったそうです。

自己の成長と専門性の追求と全体性

仕事の意味付けは、以下の3段階で変化していくという研究があります。

  • 第1段階・・・働く個人の心には、仕事の意味を考え、それによって仕事を制御したいという欲求がある

  • 第2段階・・・仕事の意味付けとは、目の前にあることを淡々とこなす部分的なものか、もっと全体的で有機的なものかを考える

  • 第3段階・・・仕事の意味を全体的で有機的なものとして考える

結構むずかしいのですが、シニアがこれからどうすればいいのか?を考えるときに、「収入のためだけに働く」や「目の前のことだけをやる」という目的設定より、自己の成長と専門性を追求した方が、楽に目的設定ができる、ということではないでしょうか。

また、全体性(ここでは組織だけに限らず、社会や地球など大きな全体でとらえててもいいと思います)を考えながら、自己の成長と専門性の追求と、うまくリンクしていくことが大切だ、というお話だと思いました。

その他の施策

他にも、シニアの働き方思考が良い方向へ向かうために、組織側も変わる必要があるよね、という具体的な事例も紹介されていました。

また、フリーランスや副業といった新しい働き方へのリテラシーを高める必要があり、越境学習という学びの有効性を紹介されていました。

しかしながら、これらはあくまで「シニアは働くべき」という考えを押し付けるものではありません。シニアの自由な選択を可能とする国や社会の在り方を目指すべきだ、と書かれておりました。わたしもそう思います。

まとめ

世代や役職を超え、あらゆる人に読んで欲しい本だと思いました。特に日本は、単一言語をあやつる人種であり、「空気を読む」「言わなくてもわかるでしょ」という文化や価値観が根付いている国です。

その文化とメディアが相まって、悪い方向に向かうと「労働市場においてシニアは価値が下がるもの」「いなくなった方がいい存在」「老後は趣味や個人的な活動にシフトし労働市場から分断された方が幸せ」というスパイラルから抜け出せなくなります。

これは、健康寿命が延びたので、定年を10、20年延ばせばいいという話ではないと思います。みなさんは、この状況を変えなくていいと思いますか?あなたもすぐ、シニアになるんですよ。

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