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【5分でほっこり】生意気OL、半裸で喰らうピザトーストに救われる【小説】
不愉快な朝というのは、目を開けた瞬間から無遠慮に降り注ぐものだ。
直射日光の眩しさに、真由香は半強制的に目を覚ますことになった。
いつもと違う目覚め方に違和感を覚える。枕元にあったスマホを手探りで捉え、液晶の時間を確認する。いつもアラームを設定している時間よりも1時間早い。
ああ、そうか。
動き出した頭が昨日のことをじわじわと呼び起こす。昨日、真由香は、ベッドで思い切り悔し泣きをしていた。マットレスに頭をこすりつけるようにして。
「ちくしょう」だとか「あの係長覚えてろよ」など、呪詛を唱えているうちに寝てしまったのだった。
カーテンすら閉めなかったせいで、朝日によって叩き起こされたらしかった。
あれ、そしたら私、もしかして着替えてない?メイクは?
慌てて、もぞもぞと自分の体を確かめる。いつもの首元がゆるくなったライブTシャツと、ユニクロでワンコインで買ったハーフパンツをかろうじて身に着けていた。
顔も恐らく、洗顔している。ぱりぱりになったマスカラで目が覆われていないことが確認できた。
夜中によろよろ起きて、かろうじて着替えと洗顔だけした自分を思い出したとき、真由香はようやく起き上がる決意ができた。
マットレスの感触を名残惜しみながら、ゆっくりと上半身を起こす。
床に脱ぎ捨てたブラウスとタイトスカート、買ったばかり(そしてそれなりの値段がした)ジャケットが見事に脱ぎ散らかしてある。
昨日の自分の残骸が、無言の圧力を放っていた。
「森田さんって悪い子じゃないんだけど…ねえ」
トイレの手洗い場にいた先客から聞こえてきた自分の悪口。なんてベタなんだろう。真由香は自分の間の悪さを呪った。自分の尿意がこんなに憎らしく思ったことはない。
どうしたものかと迷ったが、自分の話、というのは悪口であっても不思議な吸引力があるものだ。何となくその場を離れられない。
コソコソ陰口言いやがって。全部聞いて反撃してやろうか。
薄汚れたオフィスの壁のシミを目に入れながら、そんな反逆心が首をもたげた時だった。
「『ワタシ仕事できまーす』って顔に書いてる時あるよね」
「そうそう。自信たっぷりっていうかさ…」
忍ぶような笑い声。同じ課の新谷係長と太田主任だ。
「高学歴の子って、そういうところがねー」
「本当ですよ。あーあ、高卒の子が配属された方が良かったなあ。可愛いし、素直だし」
毛穴が逆立つような嫌悪感が全身を覆う。
お前らが欲しいのは素直さじゃなくて従順さだろ。ふざけんな。
噛みついてやりたい、そう思ったーーそれなのに。
真由香はその場から踵を返し、何事も無かったかのように立ち去ってしまったのだった。
手で髪をかき上げる。脂っぽく、重たい指さわりにげんなりした。
忘れよう、とりあえずお風呂。
真由香は下着入れの中から下着を取り出すと、昨日脱ぎ捨てた服をとりあえずベッドの上に移動させ、風呂場に向かった。
服を洗濯籠に放り投げ、勢い良く蛇口をひねる。
シャワーから勢いよく出る水が、真由香の脂ぎった髪や乾燥した頬に容赦なく降り注ぐ。目に入らないように時折瞳を閉じながら、放出された水を体全体で受け止めた。
勢いよく出た水を体で弾きながら、潤いを取り戻すようにくまなく浴びる。真由香から弾かれ、行き場を失った水が風呂場のざらざらとした床にぶつかる。その度にじゃあじゃあと騒がしい音が響いた。
全部、ぜんぶ、流れてしまえばいい。
洗い流した髪を、ごしごしとタオルで水気を拭く。ショートカットで良かった、と思うのはこういう時だ。申し訳程度にドライヤーで軽く乾かした。
体を拭き終えた後に身に着けたキャミソールが、何となく肌触りが悪い。シャワーを浴びたばかりの爽快感が、この布1枚で阻害されている感覚を覚えた。
「…脱いじゃえ」
下からまくり上げるようにして脱ぎ捨てる。自分の体全体が空気に直接さらされているのは気持ちが良かった。裸族もありかも、と真由香は思う。流石にまだパンツまで脱ぎ捨てる、という選択肢までは踏み込めないが。
風呂場を出て、リビングに戻る。いつも身支度を整える姿見で、自分のパンツのみを身に着けた体をしげしげと眺めた。
存在感のある鎖骨、少し高さが落ちたバスト。ややシルエットが緩くはなっているが、腰のくびれから太ももにかけての曲線。やや骨ばったようにも見える、まっすぐに伸びた両足。
20数年生きていれば、自分の体のことは大概把握している(つもりでいる)。
それなのに、自分の咄嗟な行動には、いつも慣れない。あんた、そんな人間だったのか、と失望すらしてしまう。
「お腹、空いた」
頭の中にもたげた出来事を振り払うように、真由香はずかずかと歩いて冷蔵庫を開けた。一人暮らしも長くなると、自炊も自然と身につくが、同時に食べきれずに余らせてしまう食材を数多い。
無駄に冷蔵庫がぎゅうぎゅうなのはそのせいだ。終電ぎりぎりまで仕事をしてから帰宅すると、食べる気力が起きず、「明日食べよう」が積み重なってしまう。
下手くそなテトリスみたいだ、と他人事のように真由香は思った。
まだ食べれそうな食パンを1枚見つけたので取り出した。ただのトーストじゃ味気ないと、ケチャップとマヨネーズを取り出す。スライスチーズが無かったけれど、つまみで買ったベビーチーズとサラミ数切れが申し訳程度に残っていた。
悔し泣きした翌日に食べるものとしては悪くない。今の自分に必要なのは、ご飯とお味噌汁とかいう、さも情緒が安定しそうな優しいものではない。
どうにもムカつく出来事を弾きとばせるような、インスタントに摂取できるカロリーだ。
バター、それからケチャップを薄くパンに伸ばす。サラミを乗せ、その上にベビーチーズをやや押し潰すようにしながら5,6個配置する。
仕上げのマヨネーズはやや勢いよく出過ぎたけれど、今日と言う日はそんな小さいこと、どうでも良かった。
トースターが仕上げてくれるのを待ちながら、仕事中に差し入れで貰ってそのままになっていた缶コーヒーを飲んだ。
今日が土曜日で良かった、と思う。天気も晴れているのだから、溜まっている洗濯物も片づけなければならない。部屋の掃除も最近滞っている。真由香は自分が昨日残したベッドの残骸に目をやった。
大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。
昨日は不意をつかれて弱ってしまったけれど、また来週からはちゃんと立て直せる。そのための術を、私はちゃんと知っている。
香ばしい匂いの中にやや炭のような匂いを感じ取り、真由香は慌ててトースターを開けた。
食パンの耳はやや焦げてしまっていたが、中々良い塩梅に仕上がっていた。ベビーチーズは形を残したままだったが、サラミやマヨネーズはほんのり色づいている。
ナイフで4等分に切り分けると、ふぅ、と息をふきかけながら一口頬張る。サラミの塩気やケチャップの酸味が混ざり合う中で、しっかりとしたチーズの存在感が口の中で転がった。
美味しい、と思う。
やや硬くなったパンを咀嚼し、火傷しそうな熱さを堪えながら飲み込む。
「…よし」
空腹の中にピザトーストが転がったことで、自分の体に何かが少しずつ漲ってくるのを感じた。負けるものか、という気概も同時に蘇ってくる。
「あいつら、絶対見とけよ」
爽やかな朝に似つかない言葉を吐きながら、真由香はまた一つ、戦うための弾丸を口に運んだのだった。
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