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英国の考古学: 近年の発掘調査・文化財行政の動向



発掘調査とインフラ事業

 今日の英国における考古学調査・発掘の大多数は、インフラ開発プロセスの一環として行われます。ケンブリッジ州のA14やロンドンと北東イングランドを結ぶ新高速鉄道HS2、ロンドンの地下を横断する新路線クロスレール計画等、大規模なインフラ整備事業は、多くの考古学的新発見を齎しました。A14では、先史時代の集落、モニュメント、埋葬地、ローマ軍宿営地、農地、陶器窯、アングロサクソンの村落等の調査に繋がる28kmの試掘堀の発掘が行われました。クロスレール計画からは、8000年前の中石器、中世のペスト犠牲者の墓地、19世紀の室内用便器等の遺跡・遺物が出土しています。
 英国の考古学では、「ユニット」と呼ばれる機関により行われる商業的発掘が主流であり、数百人規模の考古学者が雇用されている場合もあります。公認考古学者協会(CIfA)は、この分野での高水準の維持を目的に活動しています。また、ビックデーター解析の発展は、考古学研究の大きな進歩の契機となりました。例えば、『English Landscapes and Identities』の事業計画にみられる様な統合作業は、過去に対する従来の理解への新解釈を齎しました。新解釈は、イングランド全土の発掘調査から得られた90万点の資料データベースに基き行われ、その大部分はヨーク大学によりデジタル公開されています。

一般国民と考古学

 メディアでは定期的に考古学の新発見が報道され、BBCの『Digging for Britain』等のテレビ番組にも見られる様に、大衆は考古学に対する強い関心を寄せています。大英博物館ワールド・オブ・ストーンヘンジ展は、著名な古代遺跡であるストーン・ヘンジを欧州先史時代に関する最近の研究動向という視点から取り上げ、好評を博しました。 
 金属探知は趣味として大変人気があります。1997年に制定された携帯型古物営業法は、金属探知機による遺物発見の際の報告プロセスに関する新たな枠組みを定めました。スタッフォードシャー貯蔵庫 (後述)を始めとする数々の意義深い発見が、こうした関心を後押ししています。アマチュア金属探知士との定期的な共同作業を実施する考古学者も少なくありません。
 考古学への関与は、心身の健康に有効であると認識されています。例えば、ヒューマン・ヘンジは、文化遺産セラピーの一環として、精神衛生上の問題を抱える人々に対する遺跡案内を実施しています。国営宝くじ遺産基金は、新石器時代のアーミンガムホール遺跡や鉄器時代のウォーラムキャンプ遺跡、ノーフォーク州の古代遺跡を再調査する「後期ノーフォーク先史時代プロジェクト」等、地域社会を巻き込んだ考古学プロジェクトに資金を提供しています。

近年の発掘調査の動向

 大学を拠点とする大規模プロジェクトは、現代の英国考古学において重要な役割を果たしています。ストーン・ヘンジ・リバーサイド事業は、大学所属の考古学者らにより構成され、ストーン・ヘンジに関する先行研究を再評価し、その周辺から多くの遺跡を発掘しました。ストーン・ヘンジ周辺での最近の発見には、ストーン・ヘンジ同様ウェールズ産の青石が用いられたヘンジであるダリントン・ウォールズにおける新石器時代の住居群 、ストーン・ヘンジ建造者が居住したと思われる集落跡、直径 2.5kmの地域を区分する巨大なピット群等が挙げられます。中石器時代の遺跡であるブリックミードでは、オーロックスやアカシカの狩猟が行われており、ストーンヘンジの建設以前から当該地域が重要性を有していたことを示しています。放射性炭素年代測定によるベイズ分析では、ストーンヘンジが建設・改築された紀元前5000-3500年頃迄の期間、連続性を有することが明らかになりました。人骨及び動物の骨のストロンチウム分析からは、人、牛、犬が英国全土、そして大陸からも集ってきたことが判明しました。DNA分析では、新石器時代後期にストーン・ヘンジを建設した人々と、ストーン・ヘンジ周辺に多くの円形墳墓を建設したことで知られる、いわゆる「ビーカー族」との明確な相違が証明されました。
 この事業では、漁網から発見された遺物や北海の石油・ガス業者による調査データの再評価が行われました。気候変動に伴う海面上昇や大規模な浸食の原因となる暴風雨の増加は脆弱な遺跡を脅かしていることから、沿岸での考古学調査の重要性が増しています。スコットランドでは、世界遺産・スカーラブレイが危機に瀕しています。ノーフォーク海岸のハピスバーグでは、岸壁の崩落により出現した砂浜から90万年前のヒト科の足跡が出土しました。更に西のホルム・ネクスト・ザ・シーで発見された青銅器時代の直径約5mの環状木柱列は、逆さの根元付の木の幹と、その周囲を囲む割材柱により構成されています。
 ヨーク大学は、2007年から2015年にかけ、かつてケンブリッジ大学のグラハム・クラークが調査を行った中石器時代の湛水遺跡、スター・カーの再掘削を実施しました。この湛水遺跡は、泥炭の保護層が失われ乾燥しつつあったことから、その消滅前に完全な発掘の実施が決定されたのです。湖の縁を横切って伸びる複数の木製プラットフォームと、湖の縁から奥まった数軒の家屋、数万点の火打ち石の石片等が発見され、1万1300年から8800年前迄の間の人類の大規模な活動が証明されました。その他に出土した遺物としては、欧州最古のものの一つである柳製の小さな弓や、仮面の一種である鹿の角が付いた頭蓋骨「フロントレット」等です。また、樺の樹皮からは松明に用いられたと思われるタールが採取されました。近年のこうした発掘成果は、中石器時代の生活の洗練度と複雑性を如実に示すものとなっています。 
 英国で最も保存状態が良好な先史時代の遺跡の一つが、ケンブリッジ州のマストファームにある青銅器時代の村落跡です。これは、後に国内最大級の粘土の採石場となる地域の水上に高床式住居が建設されたもので、当初は10軒程度であったと思われます。このフェンズと呼ばれる低地に位置する遺跡は、煉瓦製造の為の大規模な粘土採取により発見されたもので、先史時代の木製軌道とプラットフォームの存在がよく知られています。フラッグフェンの水辺に青銅の剣等大量の金属が堆積していたことが判明していますが、フラッグフェンに匹敵する初期の軌道敷は、やはり水中の金属片の堆積と関連がありました。しかし、紀元前850年頃、急勾配の屋根を持つ円形の建物からなる村落が新たに建設されています。この集落は数ヶ月しか存在せず、その間、攻撃により意図的に焼かれたものと考えられます。生活用品は直接水中に落下し、その後、建造物の材木や屋根材と混在し保存されました。 出土遺物には、英国最古の完全な形の木製車輪、精巧な織物、ビーズ、料理入りの陶器、木製スプーン等があります。近辺からは、係留施設に関連した木製掘立小屋や、現代のものとほぼ同一形状のウナギ漁獲篭等が出土しています。 
 2009年7月のスタッフォードシャー貯蔵庫の発見は、中世考古学分野ではサットンフー発見以来の重大な成果となりました。スタッフォードシャー貯蔵庫は、500万ドル超の評価額となりました。この宝庫は6-7世紀頃のもので、3600個超のガーネット七宝、5kgの金、3.4kgの銀の他、剣や兜の破片、初期キリスト教の十字架とみられる遺物等も含まれていました。発見地はアングロサクソン時代のメルキア王国領内ですが、これらの存在は、文献史料の記事以外に殆ど知られていませんでした。これらの出土遺物は、宝物法の規定に基づき、地域の博物館2館により購入されています。 
 2013年8月、レスター大学の考古学者が、市内の駐車場からリチャード三世国王の遺骨が出土したと発表しました。リチャード三世は、シェイクスピアの作品の影響もあり、英国史の中でも悪名高い人物の一人として知られています。リチャード三世は、1485年に戦死し、近くの修道院に埋葬されたのですが、ヘンリー八世国王による宗教改革に伴う修道院の大量破壊・閉鎖の後、墓の所在地は不明となっていたのです。生前、リチャード三世は猫背で知られていましたが、骨格からは、それを裏付ける背骨の湾曲、そして戦傷跡が確認されました。これは法医学考古学の成果であり、分析手法には骨考古学遺伝学歴史学放射性炭素年代測定が組合わされました。この事業を巡る一連の論争は、映画 『The Lost King』(2022年)に強い影響を与えています。

今日の文化財行政と今後の課題

 2020年には英国で約7000人の考古学者が雇用され、開発者出資の考古学のみでも2億2500万ポンド以上が費やされました。ヒストリック・イングランドは、スコットランド・ウェールズ・北アイルランドの他機関と共に、歴史環境のあらゆる側面について英国政府に助言を与えています。イングランド所在の400の考古遺跡と歴史的遺産は政府が所有し、2015年にヒストリック・イングランドから独立したイングリッシュ・ヘリテイジが管理を行っています。データベースには、英国全土の20万件の考古遺跡の詳細が登録され、2万件の古代遺跡がイングランドの国家的重要性を有すものとして抽出されています。
 今日、英国の考古学が直面している課題としては、考古学者の不足(欧州連合離脱後に海外の考古学者の就労が著しく困難になった)、膨大な点数の考古資料の調査研究・保存・公開、計画プロセスの縮小による迅速な開発を好む政治状況の中での遺跡保護等が挙げられます。

参考文献

サイモン・ケイナー「最新の英国考古学事業」(『月刊考古学ジャーナル』第286号、ニュー・サイエンス社、令和5年、26-29頁、辻󠄀博仁訳)

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