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皇室と英連邦王室戴冠式: 明治から令和まで

はじめに

 令和5年5月、英国ロンドン市内のウエストミンスター寺院において、英連邦チャールズ三世国王陛下の戴冠式が挙行されました。謹んでお慶び申し上げます。式には世界中の王族や首脳が参列、日本からは、天皇陛下の名代として、皇嗣秋篠宮文仁親王殿下が差遣されました。
 明治以降、世界最古の君主である皇室と世界最大の君主である英連邦王室は、特別な関係を築いてきました。殊に、エドワード七世国王以降の代の戴冠式に際しては、毎回皇族が参列し、皇室・英連邦王室の関係を物語る数々の逸話を残してきました。本稿では、エドワード七世国王からチャールズ三世国王陛下に至る迄、計5回の戴冠式に皇室がどの様に関わったのか、触れてみたいと思います。

明治35年 エドワード七世国王戴冠式

 英連邦国王戴冠式への参列を目的に、初めて英国に差遣された皇族は小松宮彰仁親王です。それは、明治35年、エドワード七世国王の戴冠式に際してのことでした。彰仁親王は英国でご留学の経験もあり欧州事情に明るく、また、陸軍元帥という重鎮的立場でもあり、第122代明治天皇の信頼も厚かったことが知られています。同年1月には日英同盟が締結されたばかりであり、両国間で友好ムードが高まっていた時期でもありました。英国側は、親王の宿泊先として、ロンドン市内でも有名な最高級のホテルであるクラリッジズを政府費用で用意しました。また、6月23日には、同市内のマンションハウスでの昼食会の接待をお受けになりましたが、これは、国外からの賓客としては唯一のことでした。こうした大々的な歓迎ぶりは、明治19年、ヴィクトリア女王在位50周年に際し親王が訪英された際と対照的であったといいます。滞英中、親王は、日本の四季が刺繍で描かれた屏風を国王に贈られています。しかし、国王の体調不良に伴い戴冠式が延期された為、親王が式自体に出席することはありませんでした。

明治44年 ジョージ五世国王戴冠式

 明治44年、ジョージ五世国王の戴冠式に際しては、東伏見宮依仁親王・同妃周子が差遣されました。依仁親王は、彰仁親王同様英国でご留学の経験があり、欧州事情に精通していることで知られていました。随員には、世界的に有名な日露戦争の英雄である東郷平八郎海軍元帥・乃木希典陸軍大将の両名が含まれました。6月19日、親王は、英国王族のアーサー・オブ・コノートよりヴィクトリア大綬章をお受けになりました。また、日本側からは、メアリー王妃に対し、菊花紋入りの小箪笥(赤塚自得作)が皇后からの御贈品として贈られました。王妃は殊の外感激したといいます。翌20日のレセプションでは、親王が天皇の名代として大勲位菊花章を新国王に授与されています。22日の戴冠式には、親王夫妻に加え、随行員である東郷・乃木両名も参列しました。翌23日の晩餐会は、各国代表王族・特派大使のみが招待されるものであったにも関わらず、日本に限り随行員である東郷・乃木両名も招待を受けました。更に、6月24日にスピットヘッドで行われた戴冠式記念海軍観閲式では、親王夫妻は国王の御召艦「ヴィクトリア&アルバート」にご同乗、東郷は各国王族と共に供奉船「エンチャンテレス」に、乃木は陪観船「ブラッシー」にそれぞれ乗船しました。外国の軍人として「エンチャンテレス」に乗船したのは東郷のみでした。こうした両国の親密ぶりは、まさに日英同盟の絶頂期を象徴するものといえるでしょう。

昭和12年 ジョージ六世国王戴冠式

  昭和12年、ジョージ六世国王の戴冠式には、秩父宮雍仁親王・同妃勢津子が差遣されました。当時、既に日英同盟は破棄されており、両国間は微妙な関係にありました。そうした中、両国が、親王の訪英をきっかけとする外交関係の好転を望んでいたことは恐らく間違いないと思われます。英国外務省は、親王夫妻が十分な配慮と警護の下に扱われる様注意を払いました。親王の英国ご到着時には、王族が出迎える様手配されました。また、当時、第124代昭和天皇には皇子が存在せず、皇位継承順位第一位であった親王は実質的な皇太子として遇された為、戴冠式での席次も上席となりました(イタリア王室の欠席等も一因です)。この際、オランダ政府は、地位ではなく血縁に基づく序列にする様主張しましたが、アンソニー・イーデン外相は、プリンス・チチブの品位を落とす変更には断固反対する等としてこれを退けています。戴冠式当日の5月12日、式場であるウェストミンスター寺院へ向かう各国代表の車列の先頭には、雍仁親王夫妻のお姿がありました。翌13日にはバッキンガム宮殿で晩餐会、14日には舞踏会など様々な祝典の行事がありました。一連の行事について、親王は、次の様に振り返られています。

 この式に參列しましたことは、外國の盛儀をまのあたりに見ることができたほか世界の代表者、ことに多くの皇族が集まられたので、列國間のいろいろの事情を多少なりとも知ることができ、參考になることも少なくはなかつたのですが、わたくしにとつてなによりもうれしかつたことは、周知の人々や友たちに會えたということでしたろう。

『英米生活の思い出 秩父宮殿下、秩父宮妃殿下』113頁

 19日、親王は、昭和天皇の名代として、国王に菊花章を授与されました。翌20日の戴冠式記念観艦式では、親王夫妻は、国王の御召艦「ヴィクトリア&アルバート」の直ぐ隣に位置する戦艦「クイーン・エリザベス」に乗艦されました。各国の国賓等の外交団は、客船「ストラスモア」への乗船が指定されていたことから、親王の待遇は特別のものであったと理解されます。この様に、親王の訪英は束の間の日英友好を演出しましたが、時代の流れに逆らうことは出来ず、両国関係は、程なく不幸な時期を迎えることになりました。

昭和28年 エリザベス二世女王戴冠式

 昭和28年、エリザベス二世女王の戴冠式には、皇太子明仁親王(現在の上皇陛下)が差遣されました。先の大戦から間もない当時、英国内には根強い反日感情が残っていました。ニューキャッスル等、当初皇太子によるご訪問が予定されていた場所の内いくつかは中止となり、大衆紙の論調も反日一色という、歓迎ムードとは程遠い状況でした。そこで、一計を案じたのがウィンストン・チャーチル首相でした。皇太子がロンドンに入られて2日後の4月30日、歓迎午餐会を主催したチャーチルは、皇太子に対し、独特のブリティッシュ・ユーモアを交え、英国流の立憲君主制の奨めを約10分間に渡り説きました。これは、明らかに、英国政府の働きかけにより同席していた野党幹部・財界人・新聞社幹部らに向けた内容で、反日感情が戴冠式に影を落とすことを懸念したチャーチル流のガス抜きでした。チャーチルの目論見は見事に功を奏し、この日を境に、マスコミの対日論調は融和的なものになったのです。
 皇太子と女王夫妻との会見は5月5日に行われ、昭和天皇のお言葉と夫妻の謝辞が交換されました。翌6日から17日にかけ、皇太子は、英連邦王室のみならず他国の王室主催のパーティーにも連日ご出席され、日本の国際社会への復帰を各王族に印象付けることとなりました。
 それでも、日本は依然として難しい立場にありました。6月2日の戴冠式で、皇太子が案内されたのは末席でした。その時、自席を詰めてスペースを作り、皇太子を誘ったのがサウジアラビアのファイサル王子(後のファイサル国王)であったことは有名な話です。4日後の6日には、エプソム競馬場でのダービー観戦が企画されました。第一レースの終了後、皇太子の元に女王の使者が遣わされ、女王の隣席に招かれました。これは、英連邦王室による日英友好の演出であり、日英間のロイヤル外交の再開を象徴する場面となりました。

令和5年 チャールズ三世国王陛下戴冠式

 そして、令和5年、チャールズ三世国王陛下の戴冠式に差遣されたのは、皇嗣秋篠宮文仁親王殿下・同妃紀子殿下です。皇嗣殿下には、兄の天皇陛下同様オックスフォード大学でのご留学のご経験があり、英連邦王室メンバーとも親しい交流があることが知られています。殿下は、立皇嗣の礼から日が浅いにも関わらず、戴冠式の席次が各国皇太子の中でも最前列の位置とされたのは(慣例的には在位順の席次)、英連邦王室が皇室との特別な関係に配慮した厚遇とみられます。現地では、殿下と国王陛下が親しく言葉を交わされる様子が好意的に報道されました。また、近年、英国では日本文化への人気が高まりつつありますが、紀子妃殿下がお召しになっていた着物も注目を浴び、現地の親日派・知日派の方々の話題を集めました。

おわりに

 この様に、皇室と英連邦王室は、不幸な一時期を乗り越え深い関係を構築してきました。殊に英連邦での戴冠式に際しては、数々の興味深い出来事があったことがわかります。近い将来、天皇・皇后両陛下による国賓としての英国行幸啓が見込まれる中、両国関係がどの様な進展を遂げてゆくのか、注目されます。

参考文献

雍仁親王・雍仁親王妃勢津子『英米生活の思い出 秩父宮殿下、秩父宮妃殿下』文明社出版部、昭和22年
小笠原長生編『依仁親王』東伏見宮家、昭和2年
西川恵『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』新潮社、令和元年
吉田雪子『ジョージ六世戴冠式と秩父宮 グローヴナー・スクエアの木の葉の囁き』長岡祥三訳、新人物往来社、平成8年
Kornicki, Peter, Best, Antony, and Cortazzi, Hugh, eds. "British Royal and Japanese Imperial Relations 1868-2018: 150 Years of Association, Engagement and Celebration." Folkstone: Renaissance Books, 2019.
大井昌靖「エリザベス女王在位70周年に寄せて―祝典にともなう観艦式と日本海軍―」笹川平和財団海洋安全保障情報特報、URL: https://www.spf.org/oceans/analysis_ja02/20220225_t.html
JAPAN: COURTS AND CULTURE
URL: https://www.rct.uk/collection/themes/exhibitions/japan-courts-and-culture/the-queens-gallery-buckingham-palace



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