見出し画像

和泉悠『悪口ってなんだろう』|悪口の正体とその対処法


悪口っていけないこと?なぜいけないことなの?
そう聞かれると、確かになんでなんだろう?と思う。

人を傷つけるから? 空気を悪くするから?
いいえ。本当に悪口が悪いのは“p.30 序列を作り出し、誰かを劣った存在として取り扱うこと”にある、と著者は説きます。

だれかを「アホだよね」「バカだよね」「ノロマだよね」と言う時。それを言う本人が、言われる相手と比較して「アホでなく」「バカでなく」「ノロマでない」ことが前提となっています。

悪口は、本当はありもしない「人間の存在価値ランキング」に優劣をつけて、その人を下げる。自分自身の位置を相対的に上げることに作用する。
最悪なことには、その人の自尊心を傷つけ、遂にはその人自身が自分自身を傷つけ始めたりする(私はバカな人間だ、必要のない人間だ、など)。

悪口=人のランクを下げること、と定義すると、一見悪口に聞こえないようなこと(例:どうみても汚い字に向かって、「とってもきれいな字どすなぁ」と言うとか)や逆に悪口のようでもランクを下げていないもの(例:友人同士の「それアホやんww」「うちらってノロマやわww」)もあります。

一方で、数ある悪口のなかでも差別言葉というのは、自分達のランクとの“差”をつくることが前提になっているという点で、とても悪い言葉なのだそうです。

しかし、悪口にはポジティブな面もあるらしい。悪口は集団の団結を作ったり、気持ちがスッキリとしたり、自分より明らかに権力のある者へ抵抗する武器として作用するのです。悪口の中には真っ当な批判や非難もある。悪口にはさまざまな側面があって、悪口は複雑性を増していきます。なんとなくイケナイと思っていた“悪口”について、多角的に知ることができる本でした。


(おまけ)
Ⅰ.心に残ったことば

“悪いのは他人の中に不出来なところを見出して優越感に浸る場合である。これは、自分自身の能力がきわめて乏しいという自覚のある人々におこりがちである。しかるに、他人を嘲笑から掬い出し、だれよりも有能な者を自分自身の比較の対象とすることは、偉大な精神にふさわしい行為である。”

p.105

“私たちは、弱者を踏みつけるために悪口を使うのではなく、強者に抵抗するために悪口を言うべきなのです。”

p.141


Ⅱ.悪口との付き合い方 本書からのまとめ

〈大前提〉
人間存在価値ランキングなんてものは幻想で、言葉で上げたり下げたりできないものだと知っておく。けれども、完全に無視できるものでもないので以下を心がけること。

①そもそも人をおとしめるような悪口は言わない

②悪口を言うなら強者に言おう(批判/謙虚さの創造)

③悪口を言われたら、その悪口がランクを下げるためなのか? を見よう(なかには正当な批判もあって、参考にしうるものもある)

④ランクを下げるための悪口の場合には、言う人が自分に自信のない人だと思おう(本書では基本的に、自分の努力でランクを上げられない人間が、人を下げるために悪口を使うという)

⑤友人同士のからかいとして使うなら、自分もいじられるようにしよう(でないと、対等でなくなる)

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?