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何をしてる時が楽しい?

最近、muuteというアプリで、メモやジャーナリングをしています。

これはiOS版です。

このアプリの面白いところは、メモと感情をセットで記録してくれるところ。
そして、それをAIが分析して、自分がどんな時にポジティブになったりネガティブになったりするのかを教えてくれるところです。

このmuuteには、もう一つ機能があって、それは「質問に答える」というもの。

アプリ内に「質問」が搭載されていて、その質問に自由に回答し、自分の中にあるものを再発見していく機能です。

今回は、noteにもその質問を転用して、自分の中にあるものを発見したいと思います。

今回の質問は、「何をしてる時が楽しい?」というもの。

で、僕の答えは以下。

ゲームをしている時
マンガを読んでいる時
お笑いを見ている時
映画を観ている時
勉強をしている時
読書してる時
文章を書いている時

というのが、出てきました。
こうやって見ると、めっちゃインドア〜笑
ほんで、人と関わる系のやつがあんまりない笑

自分なりに、ここに出てきたものを振り返ってみると、これらが「楽しい」のは2つ理由があるのかな?と思いました。

すなわち、

①考えることができて、“楽しい”
②何も考えなくてよくて、“楽しい”

です。以下では、これらをさらに掘り下げてみようかと思います。

①考えることができて、“楽しい”

僕は成長や変化というものが好きです。
同じことをし続けるのが苦手で、常に変化を求めてしまいます。

ただ、日常を生きていても、そんなに急激な変化ってないですよね?

そんな時、自分の中で考えを深めて気づきを得たり、考えるきっかけをくれるようなものに出会えたとき、僕は楽しくなります。

勉強や読書、もしくは映画なんかの作品は見る者に考えるきっかけや道具をくれる一因だと思います。

自分の知らなかった事柄や、自分の知らなかった感情に出会うことで、世界を見る幅が広がる。
そうして、自分にとってのこれだという〈答え〉に出会う。
そんなことが楽しいんだと思います。

②何も考えなくてよくて、“楽しい”

①と言っていることが真逆ですが、「何も考えなくて良い」というのも“楽しい”と感じる要因の一つのような気がします。

「考えること」それ自体は楽しいのですが、考えまくっていると、考え疲れる時があります。

僕の場合は、現実逃避とまではいきませんが、そんな思考をあえて停止させる手段としても上記の物たちが働くのかな?と思います。

それだったら、ぼーっとしてたらいいじゃん!という感じなのですが、ぼーっとしてても何故か頭の中だけは動いちゃうんですよね。

だから、ぼーっとするよりも何かに没頭している時の方が、頭が“楽”だったりする。

僕の中の“楽しい”には、「考えるため」と「考えない」ためが共存しているような気がします。

一時期、上昇志向がめちゃくちゃ高くて、ゲームやマンガを手放した時がありました。
そんなものは時間の無駄だ」とバカにしてたんですね。いわゆる意識高い系です。笑

だけど、最近になって、ようやく肩の力を少し抜くことができてきて、再びゲームや漫画とのお付き合いを始めています。

自分の心や頭にとって、それらがどんな存在だったか気づけたとき、なんでもかんでも無下に扱うのは違うよなーと思えるようになりました。

どこかの本で、「人間は動き続けているのに、平衡を保たなくてはならないという矛盾した存在、すなわち常に不安定な存在である(動的平衡)」という言葉を見かけました。

僕たち人間は、常に不安定で苦しい。
それが定常だそうです。

であるならば、僕たちはもう少し“楽しい”を追及しても良いのかもしれないかと思います。

無駄か、無駄じゃないか
役に立つか、経たないか

そんなに白黒はっきりつけずに、自分の“楽しい”と感じる方向にヨギボーにもたれるかのように傾倒してみる。

そんな時間があっても良いと思うのです。
ヨギボーにもたれたことはないんだけど。

今はもう「能力」だけでは、人が測れない時代。
その人を、その人らしくさせるのは「好き」とか「楽しい」ことだと、そう感じています。

努力はとても大事なことだけれど、自分の〈楽しい〉ことまで見失わないようにしたい。

アプリの質問から、そんなことを思えました。
意外と楽しかったので、またやってみようと思います!(考えるのが好きなんです!💡)

それでは、また!

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