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石沢麻衣 著『貝に続く場所にて』|記憶は惑星のように巡ってくる


165回芥川賞受賞作。難解な小説なのに、心に残った。たぶんこの本は、難解なままで、感想なんて文章にしなくてもいいくらいの作品。だけど、ちょっと言葉にしたいからちょっと書く。


本書『貝に続く場所にて』は、ドイツ在住 & 東日本大震災の被災者である著者が書いた震災小説。

主人公は、ドイツに住んでいる。震災で行方不明となっていた野宮が、主人公のもとへ幽霊となって訪れるところから物語が始まる。オカルトかよ、という感じなのだけれど、幽霊野宮の描写はさもありなんというくらい、あっさりと主人公の日常の中に描かれる。

そこからも不思議な描写が続いていく。主人公にはところどころで罪悪感や恐怖があるように見える。

震災で生き残ってしまったこと、被災地と呼ばれながら他の地域と比べて被害が大きくなかったこと、生き残った人のことを喜び、死んだ人のことは悼んだのに、行方不明者のことは宙ぶらりんになって流れてしまっていたこと、そしてその記憶をいつか忘れてしまうのではないかということ。

しかし、野宮やそれ以外の記憶たちとドイツの街を巡る中で、物や土地にも記憶が宿ることに気づく。

記憶は薄れたり、忘れたりすることもある。けれど、全然違う場所で出会う土地や物にも、記憶を呼び起こす作用がある。例えばドイツで見つけた貝から、仙台の海を思い出すことがありうるように。


記憶はずっと抱いておくものではなく、近づいたり遠ざかったり、惑星のように巡ってくるもの。記憶は、思い出しているのではなく、思い出させられている。私はそのように読んで、記憶を巡るその儚さと思い出せる安心感を覚えた。


ところでこの本は、幽霊が出てきたり、時空が歪んだりして、難解な印象を読者に与える。だから私は、日記として読むのが良いと思った。ずっと「私」という一人称で進む物語。「私」が語る風景を、物語ではなく日記として読むこと。そうすると、難解で不思議な話も、少し入りやすくなるのではないかと思った。

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