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【広島・尾道】2泊3日ひとり旅 ④福山~下瀬美術館編

〇福山駅 -人は皆、優しい'お構いなし'さん-

尾道から福山へと向かう帰りの山陽本線には、私と同じような境遇の観光客たちが互いの世界を保ちながら乗り合わせていた。眠ったり、スマホをいじったり、意味もなくつり革広告や窓の外をぼーっと見たり。夕方の電車は、乗客それぞれがより一層自分自身の保存・温存に注力しているような感じがする。他人同士が乗り合わせるというのは本来こういうことなのかもしれない。普段乗るような満員電車は私たちに運命共同体まがいの結束を強制してくるけれど、あの環境が特殊なだけなのだと悟った。

中途半端な時間にラーメンを食べてしまったので、おなかが今のところ全く空いていない。しかし時計を見るとまだ18時台、きっとベッドに入る頃には腹ぺこだろう。預けた荷物をロッカーから取り出した後(鍵は無事失くさずに済んだ!)、福山駅前のコンビニに寄ってサンドイッチとコーヒー牛乳とキレートレモンを調達した。疲れた身体には甘味とビタミンCと睡眠が一番効くんだから。

福山オリエンタルホテル 着!

一日目の宿泊先はここ。駅から徒歩3分圏内の好立地であり、加えて大浴場と朝ごはんが魅力的だったので予約した。
部屋に着いて早々大浴場へと向かったところ、なんと誰も居らず独り占め状態だった。うっひょ~これは贅沢。大型モニターが設置されていたので、大浴槽に浸かりながら広島の県内ニュースをぼーっと見ながら身体の疲れを湯癒した。
のぼせた頭でふと、ああ、私は今ニュースを見ているようで見ていないなと思った。広島に流れる日常を、湯気に滲んだあたたかい音と光で自分自身に分からせているところなのだ。「遠いところまで来たものだな」と、この時ようやく本当の意味で腰を下ろせたような気がした。

白バラコーヒー初ゲット

これまで関東では一度も見かけたことがなかった白バラコーヒー。関西では時々コンビニに置いていることがあるらしく、今回初めて発見した。これが本当に美味しくてね、一口飲んだら脳内にバラの花びらが舞ったよ……商品名に引っ張られている感は一旦置いておくとして、いずれにしても華やかな味わいのミルクだった。レモンケーキとの相性も抜群。

「いや~~楽しかったな今日、まじで楽しかったな~~」
私は心の底から嬉しいことや楽しいことがあった時、もういいよというくらい繰り返し感情を口にしてしまう癖がある(まだ見たことないという知人たちよ、腐らずに付き合ってその時を待ってくれ)。
この日は何回「楽しかったな」と言っただろう。カウントしてくれる人の不在が悔やまれたが、そんなことはお構いなしに明日もきっと「楽しい」はやって来る。そんな確信にも似た何かと共に、この日は早めに眠りについた。

DAY2 美術と歴史を知る

〇福山オリエンタルホテル -すくう人、すくわれる人-

朝7時15分。目覚ましアラームが鳴る5分前に目が覚めた。朝型人間としての日々の積み重ねがかなり効いている。ちゃちゃっと着替えて1階の朝食会場へと向かうと、もう既に10名前後の宿泊客が食事をとっていた。あらら皆さん早起きだこと。

このホテルでは「身土不二(しんどふじ)」の精神を大切にしていて、その土地でその季節にとれた食材をふんだんに使った健康的な朝ごはんが評判なのだそうだ。たしかに野菜・肉・魚をバランスよく取り入れた惣菜が10品ほどきれいに並んでいる。
そして……あ、あったあった手作りおにぎり。これに惹かれて私は宿泊を決めたと言っても過言ではないのだ。自分で好きな具材を乗せ海苔を巻いて作るとな、良いね。梅のペーストと海苔の佃煮を乗せて、着物を着せるように海苔を巻いてあげて、ぎゅっぎゅっと。少し不格好になってしまったが、手のひらサイズのお雛様みたいでまあこれはこれで良いのでは。お皿におにぎりが礼儀正しく並んでいる様子は何とも風情がある。

ん、なんか隣にあるトースターから煙が上がっている……パンか?扉を開けてみると、誰かが温めてそのまま忘れられてしまったスコーンが真っ黒焦げになってしまっていた。棒立ちの私に即座に気づいて一人のスタッフさんがすみやかに駆けつけてくれた。「あららもったいない……たまにあるんですよ〜」と少し困り顔でフフフと笑う。

朝ビュッフェ、鯖が置いてあるとちょっと嬉しい

満ち満ちた気持ちで手を合わせ、いただきます。朝の喧騒を忘れてゆっくり味わっていく。右奥の豚味噌ナスのメニューが特に美味しくて、レンゲで何度もすくって食べたいくらい個人的にお気に入りだった。
ちょうど隣のテーブルでは、日焼けをしたがたいのいい中年男性が一人、スマホで調べものをしながら肉団子を黙々と頬張っていた。私とは全く違う人生を歩んでいそうなこの人も、私のように朝ごはんの一口ひと口に内心うきうきしていたりするのかな。
皆同じ場所から別々の一日を始めていく。束の間の合流地点で私たちは今、同じ美味しさに救われているのだ。

完璧な朝ごはんにより見事に整った私を、先ほどスコーンを救出してくれたスタッフさんが「いってらっしゃいませ」と送り出してくれた。見送る、そしてまた出迎える。毎日違う誰かの住まいを用意する仕事というのはきっとものすごく大変で、でもかけがえのない仕事だと強く思った朝だった。

〇東海道新幹線ひかり -緑って何色あんねん-

福山駅前では、福山城の城壁が真四角の大きな日陰を作っている。駅を出た途端こんな立派な城郭が目の前で待ち構えている駅もなかなか珍しいよな。

白壁が朝日を反射してまぶしい

今日はまず東海道新幹線に乗って広島駅へ向かう。実は、人生初の新幹線自由席。これまで頻繁に乗ってきたはやぶさやのぞみは全席指定席だったので、自由席というシステムに触れる機会が図らずも無かったのである。一応「新幹線 自由席 乗り方」でググってはみたものの、まあ座れなくてもデッキに立っていれば良いかと、すぐページを閉じて今に至る。
8時40分、東海道新幹線ひかりは福山駅を出発。私は結局デッキ立ち乗りを選択した。新幹線の揺れって立っていると結構くるんだな……元々乗り物酔いしやすい方なので、スマホもほぼいじらず遠くの山々を見つめて過ごした。夏の日の朝ってこんなにも彩度が高いものなのか。外にいたらきっと冷静には見つめていられない美しい緑色が、窓枠いっぱいに広がっている。

こんな鮮やかな黄緑が自然界に存在するんだ

トンネルの出入りを繰り返すこと約20分、広島駅到着前のアナウンスが鳴った。県内移動だからさすがにあっという間だね。お、広島カープの球場が見えてきた、ん、赤いローソン?カープ仕様のローソンかあれ!へ~~街をあげて応援するものがあるってのは魅力的だな。外部から引っ越してきた人たちはどうやって順応していくのだろうか、個人的には気になるところだ。

〇広島駅 -初観測やけん!-

広島の隣はそうか山口か、西だね〜

駅に降り立った瞬間驚いたのが外国人率の高さ。同じタイミングでエスカレーターに乗り合わせた人たちの3分の2がそうだった。英語、フランス語、スペイン語あたりが絶え間なく聴こえてくる。皆よく喋ること……いや、私が喋らなさすぎなのか。
広島駅は福山駅に比べれば圧倒的に乗り換え路線も利用者数も多く、駅そのものの構造もいくらか複雑にみえた。縦に空間を広く使っているあたり、京都駅に少し近いかもしれない。人混みをかきわけて改札を目指す道すがら、「ほら、ここ通り道やけん。」と子どもたちに注意する広島弁お父さんを発見。おおお、本物の広島弁だ……!!広島弁を話す友人は大学にも居たけれど、現地でリアル方言を観測するとまた違った感動があるものだ。

〇山陽本線〜玖波駅  -気づけばオレンジ-

白×オレンジ×ミントの組み合わせが好き

ひとり旅2日目は下瀬美術館・宮島観光DAY。まずは山陽本線で一旦宮島口駅ロッカーに大きい荷物を預けに行く。岩国行きの電車に乗っていたのだが、車内アナウンスの岩国のイントネーションが「い↑わくに」でとても気になった。私のデータには無いイントネーションだ……本当に?あ、今更気づいたけれど、外国人が多いのってもしかして岩国基地も少し関係しているのか?その観点を見落としていたな。

乗客のうち8割ほどが宮島口駅で降りた。ほとんどはそのままフェリー乗り場へと流れていくが、私は荷物を預けてすぐ改札へと踵を返す。
ほんの5分しか経っていないのに汗がすごい、まだ朝の9時37分だぞ。そういえば朝適当に買った蒟蒻畑のミカン味があるんだったな。リュックの中をガサゴソ……あったあった、さすが私だね~。無駄に容器をもみもみしながら栄養補給、半分ほど飲んだところで再び電車がやって来た。

さて、数駅飛ばしてたどり着いたのは、下瀬美術館の最寄り駅のひとつである玖波(くば)駅。降りてびっくり、山、山、山。駅自体も改札と小さな駅員室のみという簡素なつくりで、ある意味駅らしい駅だった。こんなのどかな場所が、世界で5本の指に入る美術館へと通ずるというのだから驚きだ。

〇こいこいバス  -浮いている側の自覚-

鯉の描かれたバス停が目印

ここからは「こいこいバス」という広島県大竹市の幹線交通を利用し、下瀬美術館まで向かう。ちなみに40分に一本の運行なので、乗り遅れるとかなりの痛手だ。今回私は玖波駅到着からバス出発まで5分しか猶予がなかったので、電車を降りる前から心臓バクバクだった。
しかし皆さん、安心してほしい。改札を出てすぐの場所にオレンジ色の丸っこい中型バスが止まっていたらそれがこいこいバスだ。方向音痴が顔を出す間もなかった。本日の第一関門は無事突破である。

運賃は片道200円、ICカードには対応していないらしい。でも大丈夫、私は昨日福山駅のロッカーで学んだから現金をちゃんと持っている。席に座って待っていると、発車時刻ぎりぎりのタイミングで地元の方らしきおじいちゃんおばあちゃんが10人弱乗ってきた。すごい、余裕の1分前乗車……逆に精神的余裕がないとできない。
バスは定刻通り出発。車内はたわいもないご近所さんトークで賑やかだった。一方で私の耳は冷静で、会話の一部始終を無意識かつ鮮明にキャッチする。資源ごみの回収日、整骨院の先生、お墓参り……想像しても補完しきれない日常の数々に、自分が外から来た人間であるという事実が滑稽なほど浮き彫りになった。

ゆめタウンというバス停で降りる。「youmeタウン」と書いてそう読むらしい、良い名前だ。ここから徒歩10分ほど、地図を開くとGoogle先生が海に向かって進めと言うので、ひとまず海沿いを目指して進む。後から知ったが、とてつもなく遠回りルートだったらしい。おいおい。

曲がりくねった 道の先に(♪WINDING ROAD)

ゆめタウン周辺はかなり綺麗に整備されており、心地良い開放感に思わずスキップをしたくなった。海浜公園、テニスコート、野球グラウンドも近くにあって、ちょうど私はこの日少年野球チームの練習風景に遭遇した。土曜日の朝がこの景色の中で始まるなんて最高じゃん。
そうこうしているうちにGoogle Mapの上半分が水色になった。海だ、瀬戸内海へと行き着いたのだ。小さな丘があったので登ってみる。

空の余白までも澄んでいる

瀬戸内海の水平線が、私の両目尻を一直線に結んで世界を二分している。その線が大きくぶれることはなく、終止穏やかだ。堤防の内側から海を見ていると、不思議なものでバケツいっぱいの水の表面を至近距離で見ているような感覚になる。船のおもちゃが浮かび、草木が浮かび……なんて、今まさに私が立っているこの場所も実は浮いている側なんだよな。どこが外でどこが内なのか分からなくなってくる。
海がどのような場所なのか、私は少しだけ多く知っている。この景色が持ちあわせるあたたかい平穏と不穏の狭間で、いつの間にか泣きそうになっていた。

〇下瀬美術館  -アートの中でアートを観る-

海岸線に別れを告げ、ようやく到着

さあ、ついに見えたぞ下瀬美術館入口。
ロゴがまた素敵なこと。デザインはグラフィックデザイナーの原研哉氏、今まさに私がお世話になっている「note」のロゴもこの方のデザインだ。「SIMOSE」のOが緯度経度を表す「°」のようになっていて、旅好きの私の心をくすぐってくる。看板の位置も心なしか高い位置にあるような気がする、風見鶏のような未知の頼もしさを感じた。
美術館へと続く道は緩やかな上り坂となっており、一歩踏みしめる度に足元から違う音がした。使われている石や砂が場所によって少しずつ変化しているようだ。これもさ、「ここには□□産の○○石を使おう」って丁寧に一つひとつ決めて形にした過程があるわけでしょう?全てのものに意味があるって言ったら少し堅苦しいけれど、どれも誰かの意思がこもったものなのだと思うと自ずと背筋が伸びるよね。

坂の上には、理想のヴィラがあった。

世界で5本の指に入る美術館 オーラのある佇まい

下瀬美術館は、建築資材の総合メーカーである丸井産業株式会社の代表取締役・下瀬ゆみ子氏とその両親が、半世紀以上をかけ形成してきたコレクション約500点を所蔵する私設美術館。「アートの中でアートを観る」というコンセプトのもと、アートを取り巻く空間自体も見事なアート作品として人々を惹きつけており、2024年には「世界で最も美しい美術館」に日本で唯一選出されている。
建物の第一印象として、この鏡張りの外観がとにかくまぶしく滑らかで美しいと思った。少しずつ角度のついた一枚一枚の大きな鏡が周辺の草木を映し出していて、まるで絵画の連作のように見えた。

大きな木の下って 心なしか安心する

ここがエントランス。いや、すごいなこれ。中央の幹から枝のように張り巡らされた木の板、瀬戸内海が見渡せるガラス張りの壁、環状のミュージアムショップ、蜂の巣のような六角形の傘立て……あらゆる素材と形が融合して息を吞む空間を創造している。いずれも世界的建築家の坂茂氏が設計したものとのこと。
あれ、ていうかこの建物、さっき外から見た時は全面鏡だったよな。内側から見ると全面ガラスなんだけれど……?と不思議に思っていると、館内を巡回していた学芸員さんがミラーガラススクリーンの話をしてくれた。なるほどそんな素材があるのか。そのまま受付まで連れて行ってもらい、事前に予約した電子チケットで入場した。ガラスと鏡に挟まれた明るい廊下をひたすら進んでいく。

下瀬家はエミール・ガレのガラス器・陶器・家具などを好んで収集していたそうで、今回の『エミール・ガレ没後120年 ガレのある部屋ージャポニスムからアール・ヌーヴォーへ』は、そのコレクションを含む80点余りが一同に会す貴重な機会なのだそう。美術館と芸術家の深い縁が反映された展覧会は、いつも各美術館のこだわりと本意気が感じられるので好きだ。

アール・ヌーヴォー、至極の美だった

恥ずかしながら私はガレの生い立ちについて元々そこまで詳しくなかったので、工芸家エミール・ガレに"植物学者"という肩書きがあることをこの日初めて知った。すごいな~色んな自分を持っていて。たしかに、植物学のエキスパートとしての鋭い観察眼ありきで作品をみていくと納得の解像度の高さではあった。花びらの濃淡の分布から葉脈の流れまで見事に描き分けている。当時のガレはきっと、本物の植物を観察するように愛でながら制作していたのだろうな。

ちなみに下瀬美術館内の作品は写真撮影可能だが、SNSへのアップは著作権法の関係から御遠慮くださいとのことで、今こうして感動を伝えるにあたっては言葉での表現に頼らざるをえなくなっている。ある意味、試されているともいえるか……うむ。

差し込む光が美しい

企画展示の鑑賞を終えて再び長い廊下に戻ってきた。さて、次に向かうのはこのカラフルな箱の中で開催されている『下瀬コレクション』だ。実はこの箱一つひとつが可動式展示室なのである。
外から見ると大きなトランクルームのようだが、中に入ってみると良い意味で普通の展示室だったので驚いた。
箱の外側はカラーガラスで構成されていて、出入り口は自動ドアで常時閉ざされていて密室。箱と箱を繋ぐ廊下も真っ白な壁と厚いカーテンで覆われているので、外の様子も次の展示室の様子も確認できないようになっている。演劇でいうところの暗転だ。次に何が待ち受けているのかが分からないで、緊張した面持ちで歩を進めていく。

可動式展示室 瀬戸内海の島々がモチーフらしい

私は最近まで芸術品のコレクションに対し、コレクターの趣味嗜好・名声や社会的地位が表れているものというイメージを抱いてきて、あまりその良さを理解することができなかった。『下瀬コレクション』はその点、そういう自分自身の現在地を誇示するものとしてではなく"大事な宝物"としてのコレクションという印象を持った。
特に記憶に残ったのは京都・大木平藏の雛人形たち。「子どもの成長と平和な世の中を祈る」という下瀬家の意思の蓄積が、コレクションという目に見える形で受け継がれているということを理解させられたというか……こういう遺言もあるんだなというか。
コレクションへのイメージが少し変わった作品群だった。良い発見だったな。

つづく

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