Tsujimoon

学んだ歩いたり鑑賞したり歌ったり。マイペース人間🐈‍⬛🐈 日々の気づきをそっと詰め込んだ気…

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学んだ歩いたり鑑賞したり歌ったり。マイペース人間🐈‍⬛🐈 日々の気づきをそっと詰め込んだ気まぐれ日記です。

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【広島・尾道】2泊3日ひとり旅 ⑥参拝・宮島グルメ編

DAY2 美術と歴史を学ぶ〇厳島神社 -結んだとある思い出- 神社参拝のルーティンとして、私は毎回必ず御守りを買って帰ることにしている。あたかも私独自のルーティンであるような書き方をしたが、大抵の人間そうじゃね?と今書きながら気づいてしまった。まあいいや。 御守りの売り場はちょうど嚴島神社の東廻廊と西廻廊の合流地点にあたる場所だ。海でいうところの潮目みたいなもので、参拝客の進路が渦のように複雑に絡まりあってごった返している。海と違って人の波には意思があるから、自分だってその

    • 【広島・尾道】2泊3日ひとり旅 ⑤宮島・嚴島神社編

      DAY2 美術と歴史を学ぶ〇下瀬美術館 -世は桃スイーツ時代- 下瀬美術館のエントランスに戻ってきた。朝よりも来館者がかなり増えておりガヤガヤとしているが、不思議と耳障りではなかった。普段なら逃げ出したくなるようなノイズが、この開放的空間のおかげで角の取れた丸くやわらかな環境音に見事昇華されている。こういう美術館や博物館の持つ空間的・精神的余裕に私は昔から助けられている。 朝早く起きて福山から広島に移動。電車とバスを乗り継いで海沿いを歩き美術館へ到着。展示を2つ鑑賞して、

      • 【広島・尾道】2泊3日ひとり旅 ④福山~下瀬美術館編

        〇福山駅 -人は皆、優しい'お構いなし'さん- 尾道から福山へと向かう帰りの山陽本線には、私と同じような境遇の観光客たちが互いの世界を保ちながら乗り合わせていた。眠ったり、スマホをいじったり、意味もなくつり革広告や窓の外をぼーっと見たり。夕方の電車は、乗客それぞれがより一層自分自身の保存・温存に注力しているような感じがする。他人同士が乗り合わせるというのは本来こういうことなのかもしれない。普段乗るような満員電車は私たちに運命共同体まがいの結束を強制してくるけれど、あの環境が

        • 【広島・尾道】2泊3日ひとり旅 ③猫の細道・尾道ラーメン編

          DAY1 尾道を歩く〇天寧寺坂 -忘れられない理由- 初めてのビアカクテルをようやく飲み干し、みはらし亭を出る。思いのほか読書が捗ってしまったな。おまけに酔いがじんわりと回り始めたせいで、おでこの辺りにずっとあたたかい綿あめが乗っかっているような変な心地がする。甘くて、少し不穏な再出発だ。 このみはらし亭の外観、よく見ると建物に結構年季が入っていてまさに古民家の趣という感じだ。先ほどもらったリーフレットによると、ここは元々30年近く空き家になっていた築100年の別荘建築で

        【広島・尾道】2泊3日ひとり旅 ⑥参拝・宮島グルメ編

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        • 旅行日記
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        • エッセイ
          4本

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          【広島・尾道】2泊3日ひとり旅 ②尾道商店街・千光寺散策編

          DAY1 尾道を歩く②〇おやつとやまねこ -我々だって絵本になりたい- 13時4分、尾道駅。これから待ち受ける旅路にワクワク半分、容赦なく照りつける夏の陽射しに躊躇半分、持ってきた日傘をいそいそと準備する。いやぁ日傘がここまで偉大な文明の利器になるとはね〜っへっへ。太陽にロックオンして、周囲の空ごと丸型にくり抜くよう傘をぐわっと広げた。足元には生まれたての日陰、今日から3日間よろしく頼むぞ。 駅前のバス・タクシー乗り場の向こうには海が見える。こんな近くにあるんだな、ていうか

          【広島・尾道】2泊3日ひとり旅 ②尾道商店街・千光寺散策編

          【広島・尾道】2泊3日ひとり旅 ①東京〜尾道編

          一人旅が好きだ。自分で自分を連れ出すことが好きだ。 作品と私、食べ物と私、海と私、誰かと私……1対1になれる時間は興味深い"問答"の時間そのもので、旅行における大切な醍醐味として心の内に鎮座している。ゆえに私の書く旅行記はいつしか"思考の備忘録"と化し、自分がいかに脳内ひとりごとを常日頃繰り広げているのかを証明するものとなっていった。 旅行記自体は普段から時々書くようにしていて、これまでは特に深く考えずInstagramで公開してきたのだが、Instagramでは稀に見る文

          【広島・尾道】2泊3日ひとり旅 ①東京〜尾道編

          【第四回】対岸の花火

          四季全体を仮に2つ折りの四角いハンカチに例えるならば、今週の日本は明らかな季節と季節の折り目に存在した。玄関を出た時の空気の'空気'が違う。それに気づいた私の脳内にはふと、まるでわたあめが一瞬で水に溶けゆく時のようなやわらかい喪失感が広がった。毎年のように訪れるこの現象、何なんだろうな。 夏であれば容赦の無さ、秋であれば関心の薄さに置き換えられる2つの厳しさは、文字通り温度差が大きく、仕切りのない日々を過ごしている私たちにとっては少々心臓に悪い。毎日近距離でしつこく接してきて

          【第四回】対岸の花火

          【第三回】用意された世界

          小さい頃の私にとって大人というのは、固有の名前を持たない不変の存在だった。お母さんは「お母さん」、お父さんは「お父さん」、先生は「先生」という生き物だと思っていたし、登下校を見守ってくれた蛍光イエローの交通安全おじちゃんも、誕生日によくお世話になった地元のケーキ屋のお姉さんも、そういう生き物として生まれてきたものだと思っていた。 成長するにつれて、大人の彼らにも私と同じように個の名前があって、幼少期があり、学生時代があるということ、そしてこれまで私が呼び名として使っていたもの

          【第三回】用意された世界

          【第二回】亀でないのなら

          私の家族は皆、時間どおりに家を出ることが苦手だ。ゆえに家を出なければならない真のタイムリミットが9時だとすれば、そのリミットに間に合うためのリミットというものを8時45分に設定して行動するようにしている。8時45分に間に合うようにと各々のペースで支度をし、さあ出かけようかと時計に目をやるとあら不思議、時計の針は9時ちょうどを指しているという仕様。 自己管理の甘さを自己管理で補填するという不思議な策であり、自分を信用しないことにより輝く策......ちょっとだけ複雑な気持ちだ。

          【第二回】亀でないのなら

          【第一回】 透明人間

          夏の思い出は、まぶしさと色彩への信頼によって成り立っている。窓際で照らされた教室の木机も、プール帰りに寄るアイスの自販機も、見上げる気が失せるほどの大快晴も、見上げてごらんと言わんばかりの大花火も。あの瞬間を生きてきた人間としての感触は徐々に記憶から薄れていくのに、その光景を目の前にした時の、網膜がジリリ、パチパチと焼けるような感覚はなぜかよく覚えている。 その青春の痛みを手がかりに私は、あの頃見た夏はきっと素敵なものだったのだろうと自分を納得させている。 あの痛みが、ちょ

          【第一回】 透明人間