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chapter6. 年忘れ、られない

「すいませーん!ハイボールくださあい!!」
「あいハイボールいっちょオ!」

イタダキマシタァッ!と店員全員の掛け声。

活気よく、ガヤガヤと賑わう年末、仕事納め。

「じゃ、今年もおつかれってことで」
「うぃーーす」

チン!とジョッキを合わせる。

「うち、年内で会う人間、まりちゃんが最後かも」
「人間ってなんだし」

あたしとサシで呑んでいるのは後輩のリタ。
めずらしい名前だし金髪だからハーフかとおもったら、純日本人だった。
(あとになって、「脱色した金髪と天然の金髪の見分けつかないの、まりちゃんくらいっすよ」って言われた。)

「てかリタ、『まりちゃん呼び』、復活させたの?」
「会社じゃないからいいでしょー。お説教はナシですよ。もう酒呑んでんだから」
「へいへい」
「てか気づくの遅いですよ。呼んでから2分たちましたよ。枝豆来ますよ」

「枝豆上がりましたアッ!」

オマタセシマシタァッッ!と掛け声。
あたしたちは爆笑してしまう。

ほんと今年も色々あった。
ただでさえ年末は忙しいというのに、12月半ばに大口の仕事が飛び込んできた。なんとかみんなで取り掛かって、終わらないんじゃないかと思いながら終わらせて、ようやく息がつける。

「まりちゃんは実家帰ったりするんすか?」
「あたしは、うーん、そうだね」
「どっち」
「かえ、……帰ろうかな!うん、年末だし」
「帰りたくないなら帰んなきゃいいのに」
「……うん」

実家に帰ると、あの子のいなくなったあとを見ることになるだろう。人ひとりいなくなったというだけで家が予想以上にガランとして、なんだか見ていられないのだ。

「妹さん、帰ってこないんですか」
「あ、うん。もうほんと、どこ行ってるんだろうね!いいオトナなのにさ!」

勢いで、ぐーーっとハイボールを傾ける。

「なんかね、急にいなくなってさ、スマホ置いてって、連絡ひとつも寄越さないで、生きてんのかもわかんなくて、まあ生きてるだろうけど、なんかさ」

喋り始めると予想以上にことばが転がり落ちる。とまらないとまらないとまらない。

「なんかさ、そういうのはずるいよね。こっちがなんとも思わないと思ってんのかな。なに考えてるかってくらい、教えてくれてもいいんじゃないかなあ」

とまらないとまらないとまらない涙が、ぼたぼたと落ちた。
くそ、こんなはずじゃなかった。今日はダラダラ呑んでヘラヘラ笑って解散するはずだったのに。なんでこんなめんどくさい酔い方してるんだ?

冷めたおしぼりで涙をおさえようとしてみる。さっきまであったかかったのに、ぺちょっとした感じになっててさらに泣ける。

「じゃあ会いに行ったらいいんじゃないすか?」

リタが枝豆を口に含む。

「……枝豆食うなよっっ!!」

自分でも訳がわからないくらい大きな声が出た。リタがびっくりしてる、謝らなきゃ。別にいいのに枝豆くらい。どうでもいいじゃん。

……どうでもいいそんなこと、会うなんて。もうどうしようもないのだ。あの子は、いなくなったんだから。

頭がぐわんぐわんする。ジョッキ半分のハイボールで、そんなに酔うわけないのに。

手で顔を覆って、目を閉じた。
少しずつ涙が引いて、心がしずまっていく。大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。手の間から、息が逃げる。

その手をそっと、リタがつかんだ。

「泣いていいよ」

あたしは、あの子を思い出した。
あの時あの子が、あたしの手を取った。

あたたかい手のひら。
ハルコ。

「とめたら、もっと苦しくなるよ」
「……鬼かよ」

あたしは、少し笑った。
笑えた、と思ったら涙があふれてとまらなくなった。

自分がそんなに傷ついていると思わなかった。何が起きたって、あたしなら平気だって思ってた。思ってた、のに、

ハルコ、どこにいるんだよ。
あんたがいないと、アホみたいにボロボロだよ。

どうしてくれるの。


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