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【小説】知らない、愛しい、あの子

夢を見た。

そこは、どこかの家の部屋だった。知らない部屋のはずなのに、妙に居心地がよかった。
物がたくさんあるけど、散らかっているとは不思議と思わないような部屋だった。本とか資料とか、ソファとか、そして、ピアノがあった。

昔お世話になった、とっても優しいまん丸いピアノの先生がいて、小学校高学年くらいの女の子が、ピアノを教わっているようだった。その子は見た目は違うけど、私は「ユカちゃん」だと認識していた。彼女は、中学までの同級生で、友人だ。

私はふかふかのソファに寝そべって、その様子を眺めていたはずだった。
ふと気付いたら、ピアノの先生も「ユカちゃん」もいなくなっていた。その代わり、ソファの左後ろにギターと、まっ黒い、猫にしては大きい、犬かもしれない、でもよく分からないふわふわの動物がいた。

私は、その動物のそばに行った。しゃがんで、顔をあわせるようにした。でも、顔は見えなかった。

あの子は、「いかなくちゃ」と言った。
どこに、とは聞かなかった。直感で、「この子は死ぬのだ」と思った。

私は、あの子を撫でた。
わたしはここにいる。あなたは独りじゃないと、伝えたかった。
わたしもいつか、そこに行くからね。ぜったい会えるから、だいじょうぶ。
そういう気持ちを込めて、撫でた。撫でた。撫でた。
涙が出そうになるような、気持ちだった。

あの子が、「ねじねじして」と、私に言った。
どういうわけか私は、あの子にキスをした。ちょっと深めの、キスをした。
顔が分からないのに、口だけは分かった。

私は、あの子を愛しいと思った。
いなくなる前に、最大限の愛を、あの子に伝えたかった。
だいすき。だいじょうぶ。ありがとう。また会えるよって。

そう伝えたかった。




目が覚めた私は気が付くと、そばにあったバスタオルを、左手で必死に撫でていた。
隣では、恋人がぐうぐう寝ていて、寝ぼけているのか私の胸を、左手でモニョモニョと触っていた。

思わず、笑ってしまった。しあわせだなと、思った。