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中国 TPP参加に意欲 その思惑は?


11月30日朝のNHK「マイbiz!」で話した内容に加筆して掲載します。

習近平中国国家主席は11月20日に行われたAPECオンライン首脳会議で、TPPについて「加入することを積極的に検討する」と述べた。

今年5月の全人代記者会見でも、李克強総理が「TPP参加に前向きだ」と発言しているが、今回はトップの習近平主席が各国首脳の面前で表明したので、ぐっと踏み込んだ印象だ。

TPPは、当初から「ハイ・スタンダードな通商協定」を標榜していた。「ハイ・スタンダード」にこだわるのは、中国を意識したからだ。そこら辺の事情を端的に示したのは、交渉が妥結した5年前、ときのオバマ米国大統領が述べた「中国に世界経済のルールを書かせる訳にいかない」というセリフだった。

そんな経緯を振り返ると、中国がTPP参加に前向きだというニュースは、やはり意外感がある。習近平主席が踏み込んだ狙いは何だろうか。

中国も対米政策が根底から変化

三つの要因があると思う。
一つは対米政策だ。

この5年あまりの間に、米国の対中政策は根底から変わったと言われるが、去る10月下旬に開催された中国共産党「五中全会」会議後の発表(全文)を読むと、中国の対米政策も根底から変わったと感じられる。

一言で言うと、「新しい大統領が誰になろうが、米中関係はもはや改善が見込めない」と、いわば「見切りをつけた」雰囲気なのだ。

その基本認識の下で、米国との間で長く対立・競争関係が続く「持久戦」を戦っていく決心を固めて、そのためのToDoプランを散りばめたように読める。

外交面でも、この方針の下、世界に向かって「中国は善玉・米国は悪玉」という外交宣伝を展開しようとしている。

二つめの狙いは、今年の中国外交に対する反省だ。
2020年は中国武漢に始まるコロナの感染拡大で幕を開けた。トランプ大統領の「中国ウィルス」非難は、米国で感染爆発を招いた己の責任を転嫁しようとする魂胆が見え見えだったが、一方で中国も、各国に「メディアに中国批判をさせるな、さもないとマスクを贈ってやらないぞ」と恫喝してまわる「戦狼外交」で、評判を落とした。

加えて、香港では本来の「一国二制度」を否定する統制強化と言論弾圧をやって…ということで、今年前半中国の国際的評判は、文字通り地に落ちた。

ただ、年の後半に入って、ようやく「外交的に孤立したままではいけない」という反省が生まれてきたように思う。国際社会で「善玉」として振る舞う外交宣伝を始めたからだ。

TPP以上にインパクトのあった「カーボン・ニュートラル」宣言

中国の「善玉」外交宣伝はTPPに止まらない。
習近平主席は9月下旬に開催されたオンライン国連総会の席上でも、気候温暖化対策のために、「中国が2060年までに二酸化炭素のネット排出をゼロにする」いわゆる「カーボン・ニュートラル」を宣言した。

日本ではあまり関心を呼ばなかったが、これは大きな出来事だ。バイデン新大統領も米国の気候変動パリ協定への復帰の方針を打ち出している。エネルギー消費でも超大国である米・中が温室効果ガス大幅削減に踏み込むことにより、例えばガソリン自動車は十年以内に世界市場の多くを失うだろう。

TPP加入の意向とカーボン・ニュートラル宣言から共通に浮かび上がってくるのは、「中国は責任ある大国として国際的な課題に貢献していく」という「善玉」宣伝だ。

返す刀で、「一方、米国はもう国際的責任を十分果たそうとしない」という悪玉宣伝をやることで、世界の国々を中国の側に引きつけ、米国相手の「持久戦」を有利に展開しようという狙いだろう。

ただ、今年前半に国際評判を大きく落としているので、この宣伝も、まずは失地の回復から始めなければならない状態だ。

改革開放に向けた外圧への期待

三つめの狙いは、TPP加盟を経済成長戦略にしたいという狙いだ。

習近平はいまや皇帝、その言葉は「綸言汗の如し」で、たいへん重い。「どうせ口先だけのイメージ作戦だ」と、高を括ってはいけない。

先に触れた五中全会は、米国との持久戦を戦い抜くための経済政策として、内需重視の「国内大循環」を提唱し、内需成長戦略として、二つのドライバーを想定した。一つは技術革新や研究開発への注力であり、もう一つは改革開放だ。

ただ、前者の「科学技術重視」は具体策がオンパレードで、読んでいてクラクラしてくるほどだが、後者の「改革開放」は看板だけで、今ひとつ「餡子(あんこ)」が乏しい。本気で成長ドライバーにするには、TPPのような外圧で「活」を入れる必要があるだろう。

もちろん、「加盟できる目算が立てば」という条件が付く。関税撤廃ひとつ取っても、先頃署名が終わったRCEPは10年、20年がかりという悠長さだが、TPPは即時撤廃の比率が高い。ハードルを越えるのは容易ではない。

しかし、同時に、トランプが脱退してくれたおかげで、現行CPTPPは、原交渉過程で米国が強くこだわった著作権や医薬品などに絡む22項目を凍結している。その分ハードルが下がっているのだ。

「入るなら今のうち」という点で、もっと大きく作用しているのは、「バイデン政権はTPPには復帰できないだろう」という読みではないか。米国が戻ってくれば、中国に突き付けられるハードルの高さは、以前の比ではなくなるからだ。

米上院の勢力図は1月ジョージア州のやり直し選挙を待たないと決まらないらしいが、民主党は過半数を取れずに、ねじれ議会になるという見方が大勢だ。これでは、バイデン政権は、政策を思いどおりに実行できる強い政権にはなれそうもない。

加えて、今回の選挙で7400万票も取ったおかげで、トランプも固い支持者層を携えて共和党に影響力を持ち続けそうだと言う。今後も毎日バイデン大統領を批判するツイートを流し続けるのだろう。いわば「米国に大統領が二人いる」ようなものだ。

民主党内にも自由貿易協定に対する反対は根強い。これでは、外交ブレーンがいくら必要性を説いても、TPPに復帰するのは難しそうだ。

(四つめの狙いを付け加えておくと、TPP陣営では「台湾を加盟させたい」という声があり、中国は「台湾に先に加盟されてはたいへん」とばかり、ウェイティング・サークルに先回りした印象がある。)

中国はTPPに加盟できるのか

では、中国のTPP加盟は実現するのだろうか?

三つの問題があると思う。

第一は関税引き下げや金融市場の開放など「市場アクセス」の問題だ。

先に「TPPはRCEPよりもハイ・スタンダードで、ハードルが高い」と述べたが、市場アクセスだけが課題ならば、権力の集中した習近平主席が本気で目指せば実現できるだろう。

中国金融市場の開放は、この1年あまりで大きく進展した。中国が長い間抵抗してきた領域だが、米中対立が深刻化する中、せめてウォールストリートだけでも味方につけるべしとなって開放が加速した。つまり、市場アクセスは決心次第なのだ。

第二の問題は、電子商取引、とくにデータの取扱いといった分野だ。中国はRCEPで、データの電子的越境移転の自由の確保とサーバー設備の設置・利用要求の禁止には同意したが、ソースコードの移転・アクセス要求の禁止は同意していないとされる。

しかし、米中ハイテク冷戦が始まったいま、TPPのデータ・ルールは、既に陳腐化してしまったのではないか?米国自身が中国動画サイトTikTokに対して、安全保障を理由にサーバーの米国設置やソースコード開示を要求したと伝えられているからだ。

第三の問題、これがいちばん厄介で根が深い。今や強大な力と富を握る中国政府が進める「国家資本主義」は、TPPが拠って立つ市場経済原則とは相容れないという問題だ。

根っこにあるのは、「市場メカニズムの上に共産党が君臨して指導するのだ」という習近平政権の基本姿勢だ。(注1)

よく、中国TPP加盟の障碍として「国有企業」問題が取り上げられるが、これは、この基本姿勢から派生する問題に過ぎない。

TPPには国有企業に関する義務として、無差別待遇と商業的考慮、非商業的援助の禁止、透明性確保の義務などが規定されているが、中国がこれに「ウン」と言えば問題は解決するか?

答は否だ。中国は2001年の中国のWTO加盟議定書において「国有企業は、購買や販売を商業的配慮のみに基づいて行う」約束をしたが(注2)、現状はどうだろうか?(中国はそんな約束をしたことさえ忘れているだろう)。

繰り返すが、根っこは「市場メカニズムの上で共産党が指導する」という習近平政権の「左巻き」思考にある。この考え方の下で、国有企業や許認可権限といったツールを用いて、経済をコントロールしようとする中国共産党のやり方が続く限り、TPPの市場経済思考とは「水と油」だ。

現メンバー11ヶ国はこの問題をどう考えるだろうか。
いまの考え方を改めないままの中国をTPPに加盟させれば、(ハイ・スタンダードを標榜した)TPPは死んだも同然だと筆者は思うが、米国が復帰できる見通しもない中、中国が市場アクセスで大盤振る舞いをすれば、気持ちが傾く国も出てくるだろう。TPP幹事国日本は、差配の正念場を迎える。


注1:2013年に発表した「3中全会」決定では、「市場に、資源配分における決定的な作用を働かせる」という新表現が現れた。従来は「市場の基礎的な作用」という表現が使われてきたが、それだと「市場の基礎的な作用の上に(政府の)決定的な作用のレイヤー(階層)があり、政府の市場干渉も許される」かのように受け取られがちだったので、社会主義市場経済の普及・深化を踏まえてこのように改めた」と、当時は説明されたし、習近平主席自らが、会議でこの点を丁寧に説明したものだ。
しかし、7年経って、この方針変更が政策に反映されたと考える人は殆どいない。二言目には「党の指導」を強調する習近平政権の「左巻き」思考に対しては、国内にも強い異論があるが、一向に改まらないどころか、昨今ますます顕著になっている。やれやれだ。

注2 REPORT OF THE WORKING PARTY ON THE ACCESSION OF CHINA
WT/MIN(01)/3  10 November 2001
6. State-Owned and State-Invested Enterprises
46. The representative of China further confirmed that China would ensure that all state-owned and state-invested enterprises would make purchases and sales based solely on commercial considerations, e.g., price, quality, marketability and availability, and that the enterprises of other WTO Members would have an adequate opportunity to compete for sales to and purchases from these enterprises on non-discriminatory terms and conditions. In addition, the Government of China would not influence, directly or indirectly, commercial decisions on the part of state-owned or state-invested enterprises, including on the quantity, value or country of origin of any goods purchased or sold, except in a manner consistent with the WTO Agreement. The Working Party took note of these commitments.

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