見出し画像

性別、年齢。「境界線」も超えるランドセル。 新シリーズ「SHAPE」ができるまで

この3月、土屋鞄では、新しいランドセル「SHAPE(シェープ)」を、お披露目しました。ものづくりのさらなる高みを目指した、このシリーズ。ここからは、そのデザイナー・田尻と商品企画を担う南波に、生まれた背景や、創意工夫したところ、込めた想いなどを聞きます。

「SHAPE」のWEBサイトはこちら https://tsuchiya.bz/2Yf6IYJ

改めて「新しいこと」にチャレンジしたかった

ーそもそも、ランドセルのデザインって、どんなふうに始めるんですか? 

田尻 基本的なかたちはある中でのスタートなんですけど、土屋鞄の場合は大きく2パターン。「●●シリーズの色や素材を変えたい」という場合と、新シリーズを立ちあげたいという場合。「SHAPE」は後者です。わたしは、ランドセル職人からデザイナーになって3年目なのですが、最初のアイデア出しは、とくに苦しかったです。無難なものではなく、自分で納得したうえで、みなさんの期待を超えられるものを提案したかったので……。
土屋鞄では、ピカピカのランドセルが主流の中、マットな質感のランドセルを送り出したり、内装に柄が広がる「アトリエ」シリーズをつくったり、これまでにない新しいランドセルを提案してきた歴史もある。プレッシャーもありましたが、もう一方では自由にできるぞと、ワクワクしていました。

画像1

ー『SHAPE』の大きな特徴は「総柄」ですが、これは決まっていたんですか?

南波 ランドセルに関わるメンバーでミーティングしている時に「近ごろ、総柄が気になるよね」という話題が出たんです。

ーみんなの「気になる」から。

田尻 はい。ふわりとスタート(笑)。だからこそ、自由度も高かったんですけれど。

画像2

南波 去年の夏に企画が動き始めて、秋にはこれでいこうと決まって。ものすごいスピード感だったね。でも、こうしてご覧いただけて、本当にうれしい。手前味噌かもしれないですが、「SHAPE」はまた一つ、土屋鞄の提案する新しいランドセルになるような予感がしているんです。というのも、企画会議を重ねる中で、田尻さんからデザインが上がってくるたび、チームがどんどん熱くなっていく感じがあって。

田尻 確かに。わたしもその熱にあおられて、もっといいものをと、ますます熱くなっていきました。

南波 だから、「SHAPE」というシリーズ名は、その特徴や魅力が、みなさんへきちんと伝わるように。そして、わかりやすいようシンプルに。土屋鞄のランドセルの新しい「形」になればと付けました。

性別、年齢。「境界線」も超えるランドセル

ーそこからヘリンボーン柄のランドセルにするまで、どう膨らませていったんですか?

田尻 まず、鞄に関わる業者さんにたくさん会いました。革素材から金具などのパーツまで、全て新しいものを使いたかったので。加工方法や仕上げ方などを聞き、自分でも調べて、またお会いした時に「こんなことはできますか?」と尋ねる。その繰り返し。2日に一度は何かしらかやりとりをしました。そうしてだんだん自分に知識や経験がついて、同じ目線でやりとりできるようになると、業者さんもより前向きになってくださるんです。

南波 「こんなこともできるよ」「あんなのもあるよ」ってね。「SHAPE」には、さまざまな工夫を込めたけど、実現できたのは業者さんの力も大きい。

画像7

ー具体的に、どんな工夫があるか聞きたいです。かたちはスタンダードな、土屋鞄のランドセルですよね。

南波 そうですね。A4フラットファイルの入る、土屋鞄の定番です。背負いやすいことが一番大事だから、長年培ってきた基本を大切に。そこから何ができる? と考えて。ランドセル本体になくても、機能的に事足りるものをなくしました。たとえば、時間割を入れるセルや、側面のベルトなど。一つひとつのパーツと向き合って、引き算していったんです。

画像4

画像5

ー反対に、足したところは?

田尻 たくさんありますが、やっぱり土屋鞄では初の「総柄」。柄物は飽きるのでは? と心配される方もいるかもしれませんが、わたしはその発想を覆したくて。どんなものでも、長く使ううちに、愛着が増したり飽きたりってあると思うんです。その中でもヘリンボーン柄にしたのは、幾何学模様の連続だから。ふだん目にしている建築や家具、草木の葉っぱや雪の結晶などの自然界まで、案外身近に幾何学模様ってあるんですよ。ほら、この床も(部屋の床を指差す)。

ーあっ、本当だ!

田尻 「SHAPE」の柄は、ストライプの組み合わせで表しています。だから、ヘリンボーンでありながら、ストライプでもある。光のあたり方や見る人によっても、印象が変わるんですよ。子どもたちが見て「あっ、ストライプが組み合わさってるんだ!」と、ちょっとした気づきや発見が生まれたら。そして、それが感性の種を育むきっかけになったらいいなと思っています。

ーなるほど。しかし、素材が革本来の味わいをもっていたり、ベージュ・黒・ブラウンというベーシックな色展開だったりするからか、柄がより引き立つ感じもありますね。

田尻 シンプルな素材と色ですが、色によって選んだ牛革も加工の仕方も変えているんですよ。

ーえっ、それは大変じゃないですか。

田尻 ふふ。同じシリーズは、同じ素材や加工方法というのが一般的かもしれませんね。でも、土屋鞄として、それぞれの表情が一番よく見えることを大事にしたくて。

南波 染めたり柄を付けたりする前の状態を「原皮(げんぴ)」というんですけど、数えきれないほどの原皮を見ました。関わる僕らも、ちょっと混乱するほど。

一同 (笑)。


田尻 サーブルベージュは顔料で色を付け、表面にシボを型押ししています。シアーブラックも顔料ですが、こちらは血筋など革らしい表情が見えるのが特徴ですね。ネーフルブラウンは染料仕上げで、3色の中では一番革本来の風合いが強く、経年変化がある革になります。ちょっと、専門的で難しいですよね。要は、それぞれが一番素敵に見えることを大切にしました。

ー色に、ランドセル定番の赤がないのは?

田尻 男女のくくりで考えていないからです。性別のボーダーは、時代としてもあまり関係がないかな、と。店舗で子どもたちが選ぶ様子を見ていても、好きなものを選べばいいという感覚が普通になってきていると感じます。そうそう、「SHAPE」をつくっている時、何人かのお母さんに集まってもらい、印象を伺う機会があったんです。そうしたら、自分で背負ってみる方が何人かいて。これは、うれしい光景でしたね。そもそも、大人目線で気に入るものをつくりたいという目標もあったから。この3色に絞ったのは、大人も思わず使いたくなるカラー、というのもありますね。

ー子どものもの、という境界線も超えるランドセル。

田尻 はい。大人の鞄と同じ感覚で選んでいただけたらいいですね。「SHAPE」の素材はヌメ革だから、どうしても水濡れには注意しないといけません。でも、革が少しずつエイジングしていく様子とか、お手入れして世界にひとつの表情になっていく過程とか、そうした日々を丸ごと味わっていただきたいです。

贅沢に取り入れた、妥協することのない職人気質

南波 ここ(コバ部分を指差して)、見てください! 職人出身の僕と田尻さんとしては、とくに注目していただきたいんですけれど。

画像7

ーとっても滑らかに仕上げられていますね!

南波 でしょう。革製品は、面と裏、2枚の革を貼り合わせてつくることが多いので、縁取る必要があるんです。それを、大人向け革製品では一般的なコバ塗りという仕上げを取り入れたのも「SHAPE」ならでは。コバ液という特殊な素材を塗り重ねていく、丈夫さと美しさを出す処理なんですが、手作業なので手間がとってもかかるんです。しかも「SHAPE」の場合は、革と違う色のコバ液を使っているから、はみ出たら台なしになってしまう。かつ、カーブしたところや負担のかかりやすいパーツも、全部。ひび割れないように、何重にも塗って……。手前味噌ですけど、気の遠くなるような仕事を、たっぷりと、丁寧に施しています。

ー職人のプライドを感じます。

南波 はい。

ー大変だからやめよう、とはならなかったですか?

田尻 正直、「SHAPE」を考える時、これぐらいでいいかなと遠慮することもありました。でも、そのたびに関わる職人から「本当にこれでいいの?」と返ってくる。縫う針や糸の太さなど、細かな一つひとつまで……。見た目にきれいなだけではだめ。お子さまが6年間、安心して使えるのか。何度も何度もやりとりして。

南波 デザインが実現できるのか、試作をするのですが、「SHAPE」はパーツなど細かな部分サンプルは10個くらい。ランドセル丸々も、5、6本はつくってもらいました。

ーその厳しさが、土屋鞄らしい佇まいと品格に繋がるのかもしれません。

田尻 そうだといいなと思いますし、そうだと信じています。細やかな手間や発想の集合が「なんか、いい」になる。佇まいや品格って、うまく言葉に現せられないですけど、実物を見ると「ああ……」って、じわりと広がるものだと思っています。

画像8

ー実際に背負う、子どもたちの反応が気になりますね。

田尻 それはもう、とっても(笑)。革素材に型押しした総柄を始め、「SHAPE」の個性は、手にとって、背負って、初めて輝くのかなと思うので。どんな感性をもった子どもたちが、このランドセルに駆け寄るんだろう。どの色を選ぶんだろう。今から、そわそわしています。