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【小説】ネコが線路を横切った1

単線のホームに降りる

 新宿からJR中央線に乗った電車は、三鷹を過ぎ武蔵境の駅に止まった。
 竹中春海(たけなかはるみ)は、見慣れないホームに驚いた。
 ホームは高架で、乗り換えの西武多摩川線のホームも、並んで高架になっている。
―――30年前とは、変わっているのね。
 電車はまた動き出す。
 武蔵境から3つ目の国分寺で、春海は電車を降りた。
 駅の北側には、見たこともない高いビルがそびえ、記憶の中の国分寺のかけらも残っていなかった。
 西武多摩湖線への乗り換え口で、何人もの人が改札をぴ、ぴ、と鳴らしながら走っていく。
 春海も後に続いて、乗り換える。
 西武多摩湖線のホームは遠く、今発車のベルが鳴り終わり、ドアが閉まった。
 4両編成の黄色い車両が、ゆっくりと出発していった。
 電車が遠ざかれば踏切も開いて、春海はひとり、静寂の中でホームに取り残された。

 次の電車は、10分後の16時35分。
 ノスタルジーというほどでもない、便利な都下の路線だ。
 春海は次の電車に乗って、2つ目の青梅街道駅で降りた。
 降りたのは、春海のほかに3人だけだった。
 単線なので、ホームはひとつしかない。
 電車が行ってしまうと、ホームと、春海と、線路が残された。

 ふと、ホームに黒猫が見えた。
 黒猫は、春海をみてにゃあ、と鳴くと、線路を横切って行ってしまった。
 線路のむこうの用水路を越え、黒猫は砂利道を横切り、茂みの中に消えた。


駅前で立ち止まる

 パスモをぴ、と鳴らして春海は改札を出た。
 単線の、小さな駅の改札にまでパスモがあることが、不思議に思う。
 ちぐはぐ、という言葉の方が自分の印象かと、春海は思う。

 駅前には、数軒の飲食店が並んでいて、そこを回りこんで通りに出るとそこに。
 なかった。
 春海が今日、仕事が休みの日にわざわざ来た、30年前に1ヶ月だけ過ごしたあの場所は、なかった。
 建物ごとなくなっていて、更地だった。

「あれ?」
 自然と、春海は言葉を発していた。

つづく


※この物語はフィクションです。
実在の場所や団体、個人とは関係ありません。


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