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【1000文字小説】恋の一方通行

 感染予防のために、飲食店だけでなく人がたくさん集まる場所は変化している。
 ひさしぶりに都心の駅前にある新刊書店を訪れた彼女は、町の変化をみた。
 電車の中や町を歩く人のマスク姿は、もう慣れた。
 店の入り口の消毒液は、気がついたら使っている。
 入場制限の場合もありますという看板も、当たり前のことと思うようになってきた。

 その新刊書店は、感染予防で、入り口と出口が分かれていた。
 一歩通行の出入り口だった。
 皆、本棚に向かっている。
 たまに、母親と小さな子供が手をつないで絵本を選んでいる姿があった。
 小学校に上がる前の女の子は、絵本を2冊持っていて、どちらにするか迷っているようだった。一冊だけよと母親に言われて、真剣にどちらが欲しいか考えている。

 彼女は、どっちも買えばいいじゃないかと思ってしまう。
 けれど、ここで選ばせないとこれから先ずっと何でも買ってしまうのを、母親は避けたいのだろう。選ぶという行為も大切。
 人生の中で、何度選んできただろう。
 あの女の子は、これからも何度も選ぶ。母親に言われるだけでなく、自分でも必要に駆られて選ばなくてはならない場面に何度も遭遇するのだ。

 できるだけ人が少ないエリアをみようと彼女は、店内を歩いた。
 けれど、結局自分の好きなコーナーはみたい。
 占いとライトエッセイの棚をみてまわった。
 タロットカードに興味あるけど、カードからどう見たらいいかわからないし。いつもそう思っていたのが、今日はタロットカードがついた本を一冊買おうと手に取った。
 
 ライトエッセイコーナーでは、やっぱり恋愛についての本を手に取った彼女だった。
 気がかりなのは相手の気持ち。
 ときどき、自分の好きって気持ちにも疑いを持ってしまう。

 2冊の本をもって、彼女はレジに並ぶ。
 レジ前は、足跡のシールが2メートルほどはなれて貼ってある。
 レジでは、店員と客の間にはビニールシート。
 何か言葉を発すれば飛沫が飛んで高まるリスクを、お互いに回避するための対策。
 
 店から出るにも、出口の表示に沿って歩いていく。
 入ってくるとと出ていく人のルートは決まっていて、すれ違うことさえ最小限。
 店の中の一歩通行は自分と同じだ、と彼女は思った。
 彼への一方通行の想い。
 彼は彼女の気持ちを知らない。
 この時代に、一方通行は最新流行なのだ。
 ただ好きだから好きでいい、と、彼女は彼の姿を心に描く。


※※最後の「完」までの本文のみタイトル含まずで、ぴったり1000文字の小説です。
※この物語はフィクションです。
実在の名称・団体・個人とは一切関係ありません。


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