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七色に染まる夜凪をわたる #リライト金曜トワイライト

はじまった瞬間、気づけば目を凝らして終わりの予兆を探している。

子猫を拾えばちいさな命が絶える瞬間を想って涙を流し、満開の桜よりも足元に散った花びらに目を奪われ、いま手元にある若さよりも、ひとつまたひとつと増えていく自分の年齢に怯えている。

結局、私は臆病で卑怯なのだ。他者に自分の心を傷つけられるくらいなら、先回りしてこの手でなにもかもぶち壊してしまいたい。

だから二十八歳になったあの日。
東京湾の水面に咲いては沈む花火の陰影を見つめていた彼が顔を上げ、目があった瞬間。私はその場から逃げ出したくなった。

冷めない熱情はない。はじめなければ、終わりを見なくてすむ。
彼の目の奥にみつけた恋の火種を、消してしまいたかった。

「ねぇ、飛びこんじゃおうよ」
ゆらゆらと揺れる暗い水に頭をつければ、冷静になれる気がした。屋形船の手すりから身を乗りだすと、彼は私の腕をぐいと引いて、「危ないから」と私を抑えつけるように抱きしめた。
見上げた彼の目は、情愛と困惑を混ぜたような複雑ないろをしていた。

消せなかった。はじまってしまった。
温かい腕のなかで、彼がなにかを言いかけているのがわかったから、その言葉を押し返すように口づけをした。

「本気じゃないから、愛してるとか言わないで」
彼の眼差しに捕まるのがこわくて、厚い胸板に額を押し付けたままそう言った。はじまってしまったなら、終わらせるタイミングは自分で決めたい。

彼が私の耳元で囁いた言葉は、花火の音と周囲の喝采にまぎれて消えてしまった。

***

彼は十年前のあのとき、この場所で、なんと言ったのだろう。

一緒に過ごした数年間を思い出してみる。
ベッドに私を運ぶ大きな手、満足そうにご飯を頬張る幼さの残る表情、私の膝を枕にして眠る穏やかな呼吸。
睡眠薬をひとつ、またひとつと口に放りこんで、遠のいて行く意識で記憶の断片を繋ぎ合わせても、ほしい答えは見つからない。

「ねぇ終わりにしよう。キリがないから」
私から別れを切りだしたとき、いつもの気まぐれではなく本気だと気づいた彼は、「君の言葉の意味がわかった」と涙を零した。「終わりがこんなに苦しいなら、はじめなければよかった」と。

あなたは若いから、そんな痛みはすぐに忘れてしまうよ。
心に浮かんだ言葉が彼をさらに傷つけることは分かっていた。冷たい床に突っ伏して嗚咽する広い背中を抱き締めることもできず、私は逃げるようにアパートを出た。夜中に戻ったとき、僅かに置かれていた彼の荷物と大きな体はすでにそこには無くて、部屋はしんと静かだった。

くだらないことが多い人生だったけれど、最期に思い出すのが失った恋の記憶だなんて。この場所を選んでよかったと思う。

夜と夜をセロテープで繋ぎあわせて行くような、いつ壊れてもおかしくない生き方をつづけてきた。いろんなものを失ってしまったけれど、彼との記憶だけは長い時間をかけて飴色になった琥珀のように、胸の奥できらきらと光を宿していた。結局その光ですら、私を繋ぎとめることはできなかったけれど。

終わらせるタイミングは、いつだって自分で決めたいの。

十年前に花火で染まっていた水面は今、虹と名のついた無機質な橋を映し、七色の光で夜を彩っている。

暗い水をかきわけ、光にむかって進むたびに、海面の水位があがる。水を含んだワンピースが重たくて、やさしく揺れる波が私を飲みこんでいく。

あの日、彼とこの海に飛びこんでいたら。恋の火種をはじまるまえに消していたら。こんなに穏やかな気持ちで逝くことはできなかったかもしれない。終わったからといって、すべてが無駄になるわけじゃない。
今更こんなことに気づいたって、もう遅いけれど。

花火で聞こえなかったあなたの言葉が、「愛してない」なら喜劇で、「愛している」なら悲劇で、この物語は終わる。
どうかあの想いが、あなたの若さがみせた幻で、私のことなんか跡形もなく忘れていますように。今は優しい誰かの隣で、心から笑えていますように。

あなたの髪が真白になってこちらへ来る頃には、きっと虹の橋も古びているね。

それまでお元気で。
傷つけてしまったけれど、あなたと出会えてよかった。



もう眠たくて、残す言葉もない。





愛してたよ







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≪追記≫
ども! 高嶋です。
この小説は、池松潤さん企画の #リライト金曜トワイライト 参加作です。
私がリライトしたのは、こちら↓の作品。

「今回のリライトのポイント」や、「なんでこの作品をリライトしたのか?」や、「どんな所にフォーカスしてリライトしたのか」などを本編の下に「追記」として書いてください。

……ということなので、ここからは執筆後記です。



■6作の対象作があるなかで、なぜこの作品をリライトしたのか?■

池松さんの金曜トワイライトで描かれる女性って、みんなかっこいいんですよね。私も恋愛小説を書いてnoteにあげているんですが、私の小説に出てくる登場人物たちはたいていぶざまで。
恋愛小説と一口にいっても、池松さんと私の書くものは対極くらい違うのでは?? と思います。対象の6作品を前にしての第一印象は、「書くとっかかり、見つからね〜。泣」でした。

それでも何度か対象作を読むうちに、このNo.4に出てくる女性その人のことは書けないけど、「この女性の持っている弱さ、儚さ」なら書けるんじゃないか? という気がしました。

あとは……。他の作品はお仕事の描写が結構出てくるので、80年代後半から90年代前半の勢いある時代背景が色濃く反映されていて(そこが魅力)。
しみったれた恋愛しか書けない私には、ハードルが高かった。笑
No.4も同様の描写はあるのですが、その華やかな時代からぽつんと取り残されてしまった女性の姿が見えたので、それなら書けるのではと思いました。



■今回のリライトのポイント■

とにかく、原作にこだわらない。作風違いすぎて、原作にこだわったら書けない。 ……ということで、リライトと言っていいのか? ってくらい内容変えちゃってます。。。

原作から自分の小説と重なる要素をピックアップして、そのキーワードをもとに全然別の作品を書いたって感じです。
でも、原作にあった女性の寂しい背中は書けたんじゃないかな?

ちなみに原作からピックアップした要素は以下の通り。これらを軸にお話を考えていきました。

・28歳の誕生日をお祝いした頃、僕はまだ22歳
・ねぇ飛びこもうよ。
・ナルちゃんの一人娘が亡くなったあの夜、僕たちは一緒に泣きましたね。
・本気じゃないから愛してるとか言わないでね
・雨のように通り過ぎる恋かと思っていましたが、凍えた心が溶けていきました。
・ねぇおわりにしない。キリがないから。
・遠く早すぎた空にいるあなた


そんなこんなで。
人の作品をリライトすることで、自分の個性がわかるという新しい体験でした! 池松さん、企画に参加させていただきありがとうございました!!


お読み頂き、ありがとうございました。 読んでくれる方がいるだけで、めっちゃ嬉しいです!