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【小説】 変える、変われる。 : 44

せっかくのご近所な区民会館での大正琴コンサートだから、これを逃すと恐らく足を運ぶ機会は無いと思う。

動画と違って生演奏だし、長野のグループが出場するなら千本桜を演奏してくれるかもしれない。

間違い無く感動の波が押し寄せてきて、目頭が熱くなる予感・・、ぜひ、聞きたい。

卑屈になり始めたけど、ここは心の中で燃える熱い思いを拍手に乗せて楽しむべきだろうな。

能面は会場では「隣に座っている人」と思えば良い、道中は・・、普通に「取引先の方」ということに。

イチゴを遠慮してから会話が途絶えて少しすると、区民会館に到着した。


広場に衣装を着た演奏者と思われるグループがそこかしこに!!

ちょっと見たことのある3人組を発見。

二人は普通っぽい衣装なのに、一人だけ抜きんでた衣装のグループは九州の噂の三姉妹では・・?

勝手に自分が「噂」にしただけなんだけど。

演奏者さんは素人だけど、動画で見ている人を生で見ると、テンションが上がってくる。

三姉妹でこんなにハっとさせられるなら、千本桜のグループを見たら駆け寄ってしまうかも、、理性が止めてくれるはずだけど。

いないかなぁっと思って、目がついつい長野のグループを探してしまっている。

「あの・・、お知り合いがいらっしゃるんですか?」

「いえ、いません。初めて来ましたし。」

そうだった、能面がいたんだった。

落ち着きなさい、、、クールダウン。

「初めてなんですか? へぇ。。」

へぇとは何だと思ったけど、「取引先の方」なので放っておこう。

時計を見たら12時40分を回っていた、能面の言う通りの大体30分強で到着していた。

今のうちにパンを食べてしまわないと、最初から見られなくなってしまう。

「あそこにベンチが空いているから、食べましょう。」

能面の返事を待たずにスタスタ歩いて行って、ベンチに座るや否や食べ始めた。

はやる気持ちが早食いを誘発しているせいか、もはやピロシキを飲み込む感じでスピーディにペロリと食べた。

「・・・」

能面がオシャレな紙袋からパンを取り出す前に、続けざまにサンドイッチも半分食べた。

「私は後で食べます。。」

食べるのをあきらめたのか、能面は紙袋を閉じた。


「ゆっくり召し上がってて下さい、自分はもう行きますので。」

最後の一口をポイっと口に入れて、フラペチーノをひと口飲んで立ち上がった。

トップバッターかもしれない長野のグループを聞き逃す訳にはいかない。

「あ、一緒に行きます。」

能面が慌てて付いて来た。

会場の入り口でプログラムを配っていた。

小さい頃からおねえちゃんに尻を散々蹴り上げられて仕込まれたレディファーストを守って能面を先に通した。

配っていた男性が能面に必要以上にニッコリしてプログラムを手渡した。

続く自分はチラっと見られただけで、スルー。

「マジかーー!!」

頭からポーーっとトーマスばりに蒸気が噴き出した気がした。

そんなつもりが無くて一緒に来ていますが、本気で見に来ているのは自分です!!と、詰め寄りそうになったけど、ここはグっと我慢の子。

会場内に置いてあるかもしれないし・・・。

入場した会場内にもグループがいて、目移りしてしょうがない。

プログラム、プログラム・・・、キョロキョロ見渡したけど、無い。

むむぅ・・・

「これ、どうぞ・・」

能面がプログラムを差し出してきた。

「いえ、貰ったのは石黒さんですから。」

「あなたは何でも優遇されますね・・」と頭の中でほぼ逆切れしながら、押し返した、怖いくらいに偏狭になってしまっている。


客席は出入り自由の自由席で、後ろの端の方に座った。

能面がプログラムを見ているけど、大正琴自体を知らないんだから、見たって興味を持ちようが無いはず。

「私、見ましたので、どうぞ。。」

申し訳無さそうに、また差し出してきた。

「そうですか・・・、どうも。」

渋々感を出すフリをしながら、どうしても見たい気持ちに負けて受け取った。

ときめきながらプログラムを見て、おお、20組も演奏するんだ、たっぷり聞ける!、テンションが上がって来た。

目がギンギンに「長野」の文字を探す。

あったーーー!! 千本桜のグループも魅せられてのグループも出る!!

両方とも演奏曲は違うけど、これはこれで楽しみだなぁ。

「お琴の演奏ですよね?」

違うだろう、そんなことも知らないで来たのか!!と、素で思ったので普通にパっと横を向いてしまった。

知らないと言っていたのを聞いていたはずなのに。。

プログラムを横から見ていたのか、思いがけず顔の距離が近かった。

場内の少しずつ暗くなりつつある照明が、能面の顔を人形そっくりに見せる、ほぼマネキン。

「ウっ」と小さく声が出てしまい、顔を凝視してしまった。

能面も急に顔を凝視されて驚いたのか、一瞬目を見開いた。

あはぁ、ダメだ、マネキンがいる。。。

同時にブワっと冷や汗が吹き出して来た。

その瞬間に照明が落ちて、司会者の挨拶が始まった。


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