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個人が対人関係の中で自分らしさを獲得するプロセスの質的研究ーなかむらの卒業論文ー

このnoteは、ぼくの卒業論文を要約し、編集したものです。

卒業論文のタイトルは、「個人が自分らしさを獲得するプロセスの質的研究ー対人関係における本来感に注目してー」です。

ぼくの6年間の大学生活の集大成。長いし論文テイストなので小難しくなっていますが、ぜひ読んでください。コメント・疑問・意見なども嬉しいです!

「長い文章読みたくない〜」という方は、以下のざっくり要旨を読んでいただければOKです。大きく以下の3つがわかったことでした。

人が自分らしくあるためには…大きく2パターンのルートがある。
①相手との関係性が浅いとき
→自分と相手の「共通性」を知ると、配慮が減ってgood!
②相手との関係性が深いとき
→その場での期待と「異なる」言動を見ると、期待が減ってgood!
その上で、その言動が「双方向的」であることが大事
片方だけ「配慮する」・「期待に合わせた言動をする」状態だと、自分らしい関係は築けない
自分らしくあるためのプロセスは、家族間と友人間で異なるが、繋がりも見出せた
→精神的支柱、セーフティネット的な家族機能は後天的に友人関係で補うことが可能(かも)

問題と目的ーなぜこのテーマを研究するのかー

本来感という概念について

人が自分らしく、本当の自分を生きているというあり方は、本来性(authenticity)という言葉で表現され、また自身の本来性についての主観的な感覚は本来感(sense of authenticity)と表現されている*1。

本来感は最良の自尊感情の最も重要な性質として指摘されたもの*2であり、以降様々な側面から実証的に研究されている。

例えば日本においては、本来感が主観的幸福感と心理的well-beingに対して促進的な影響を持つこと*1や、主体的な自己形成に関わる全ての変数に対して正の影響を与えていること*3が、ストレス反応に対して概ね負の影響を持つこと*4が、実証されている。

本来感が心理的健康や幸福感に対して重要な役割を持つ構成概念であるという知見が得られているものの、その形成要因や規定要因に関しての研究は進んでいないのが現状である*3。

成人愛着における内的作業モデルとの関連*2や、対人関係性*3、あるいは被受容感*5といった、他者との関係性が関連しているという指摘に止まっている。

無題のプレゼンテーション (2)

研究テーマ(リサーチ・クエスチョン)

そこで、本研究では、上述のように、本来感形成のためには対人関係が重要であるという仮定を踏まえ、ある特定の対人関係において一個人がどのようなプロセスを経て本来感を育んだのかについて、特に対人関係における出来事に注目しながら、探索的に検討する。

方法ーどうやって研究したのかー

質問紙調査

本研究では、まず本来感尺度の概観を把握するとともに、インタビュー調査の協力者の選定を行う目的で、予備調査として広く質問紙調査を実施した。

インタビュー調査

質問紙調査において、「場面や対人関係を限定しない一般的な本来感」と、「自分が最も自分らしくいられる対人関係における本来感」を質問項目として用意した。

両本来感の差が大きい対象者は、その対人関係においては本来感の上昇を経験したと想定できるため、本調査としてインタビュー調査を実施した。

無題のプレゼンテーション

インタビューの際はまず、ライフヒストリーグラフ*6を応用したグラフを作成するよう教示し、自分らしさの変化をグラフにするよう伝えた。

無題のプレゼンテーション (1)

その上で、最も自分らしさの変化が大きかった時期を中心に、その時の出来事や感情について、半構造化インタビューを実施した。

結果ーどんなデータが得られたかー

分析

分析は、グラウンデッド・セオリー・アプローチ*7を用いた質的分析を行った。

分析の結果、上図のようなカテゴリ統合図が作成できた。

四角で囲われているのがカテゴリであり、その下に書いてあるイタリック体が分岐の要因となる変数とその量である(ディメンジョンとプロパティと呼びます)

カテゴリ統合図の全体像

カテゴリ統合図 (10)

このカテゴリ統合図は3つの部分に分けることができる。

カテゴリ統合図①

分析によって得られた本来感獲得のプロセスは以下である。

カテゴリ統合図 (5)

カテゴリ統合図②

分析の結果、対象となる対人関係が友人関係なのか家族関係なのかによって、本来感獲得のプロセスが異なることがわかった。

家族関係の場合を、カテゴリ統合図②でまとめた。

カテゴリ統合図 (6)

カテゴリ統合図③

また、自分らしい関係性が広がる事例が認められた。広がるプロセスをカテゴリ統合図③にまとめた。

カテゴリ統合図 (7)

考察ー研究を通して何がわかったのかー

本来感獲得のプロセスについて

本研究におけるリサーチクエスチョンは、「ある対人関係において一個人がどのようなプロセスを経て本来感を獲得したのか」についての探索的な検討であった。

カテゴリ統合図 (5)

まず、個人がある対人関係の中で自分らしさを獲得するためには、【接点がある】という前提が必要であり、「関係性の長さ」が短く、「親密性」も低い〜普通程度の場合、互いのことをそもそもよく知らない場合が多く、そのような状況だと互いの共通性を知る機会が強く印象に残るため、【自分と相手の共通性を知る】へと推移する。

一方、「関係性の長さ」が長く、「親密性」も高い場合、その場において自分や相手が期待されている言動を強く認識している状態になっていると考えられるため、【場の期待とは異なると感じられる相手の言動を見る】という状況が強く意識されるのだと考えられる。

カテゴリ統合図 (5)

そして、【自分と相手の共通性を知る機会】カテゴリにおいては、「他の場で行う配慮」と「その共通性の希少さ」がともに強い場合、そこで知った共通性がより強く意識され、それが他の場は行う配慮をしない自分の自由な言動の準備になるのだと考えられ、【他の場は行う配慮をしない自分の自由な言動と相手の受け入れ】カテゴリへと推移する。

一方、「他の場で行う配慮」と「その共通性の希少さ」が弱い場合は、そこで認識された共通性は強く意識されず、【他の対人関係と同様に気を使う振る舞い】という行動に止まってしまう。

例えば…
セクシャルマイノリティーであることによって普段多くの配慮をしながら生活をしている人は、出会った人が同じセクシャルマイノリティーであると配慮せず自由に振る舞うことができる、みたいな。

カテゴリ統合図 (5)

同様に、【場の期待とは異なると感じられる相手の言動を見る】カテゴリにおいては、「その場で感じている期待」と「言動の意外さ」がともに強かった場合、そこで見た場の期待とは異なると感じられる相手の言動をより強く意識し、場の期待とは異なると感じられる自分の言動の準備となり、【場の期待とは異なると感じられる自分の言動と相手の受け入れ】カテゴリへと変遷するのだと考えられる。

例えば…
ずっとふざけた、中身のない話ばかりしている高校の同級生グループのメンバーの1人と、ふとしたタイミングで真剣に将来の話をしたことをきっかけに、自分も仕事の悩みを相談するようになる、みたいな。

カテゴリ統合図 (5)

そして、【他の場は行う配慮をしない自分の自由な言動と相手の受け入れ】【場の期待とは異なると感じられる自分の言動と相手の受け入れ】のどちらのカテゴリにおいても、「振る舞いの方向性」が一方向か双方向かによって帰結のカテゴリが変化する。

「振る舞いの方向性」が一方向である場合には、自分にとっての【主観的・一方的な居心地の良さ】に止まるのに対して、「振る舞いの方向性」が双方向である場合は、【自分らしくいられる双方向的な関係性】に帰結し、これが自分らしくいることができる状態として認知されている。

要するに…
片方だけ気を使わない・配慮をしないが、もう一方は気を使っている関係性と、互いに自分らしくあれる関係性は違う。
相手からも、「あなたの前では自分らしくあれる」というメッセージが伝わることで、双方向的な関係性になれる。

家族関係と友人関係

また、カテゴリ統合図②から、対象となる対人関係が家族の場合と友人の場合で、本来感を獲得するプロセスが大きく異なるという知見が得られるとともに、カテゴリ統合図③から、友人を対象とした場合と家族を対象した場合の本来感獲得のプロセスに繋がりが認められるという知見が得られた。

カテゴリ統合図 (9)

家族心理学では家族機能として情緒的安定の充足や、個人にとっての安らぎや憩いの場が挙げられてきた*8*9が、近年の社会的変化に伴う家族関係の希薄化によって家族が担ってきた機能を誰がどのように果たすのか、という点は重要な課題であることが指摘されている*10。

本研究は、この課題に対する仮説として、友人関係がその代替となりうる可能性があることを示している。

心理的・情緒的な安定という家族機能が十全に果たされない家族関係であった場合にも、そのような機能が友人関係の中で後天的に得られることを示唆する結果となった。

研究の社会的意義

本研究から、これまでは質的な知見の少なかった本来感の要因や本来感獲得のプロセスについて、一定の知見が得られたと言える。

前述の通り、本来感は心理的well-beingや幸福感、ストレス反応に対して好ましい影響がある構成概念であることがわかっており、本研究ではそのプロセスとして、関係性の長さや双方向性による分岐、あるいは配慮や期待を減らすことが重要な要素であることがわかった。この知見は、さらなる本来感の要因やプロセス研究の素地になったと言えるだろう。

(おしまい)

付録1:なぜぼくはこのテーマで研究したのか

対人関係の中で、人はどうやったら自分らしくあれるのか。これは卒業論文に限らず、ぼくが大学生活を通して探求し続けたテーマでした。

その中でも大きな契機となった出来事が、SOKOAGE CAMPです。

これは宮城県気仙沼市にて、大学生10人程度が共同生活しながら自分を見つめ直し、深めていく5泊6日のプログラム。ぼくが2014年からお世話になっているNPO法人底上げが主催しています。

こう見ると、よくある自己啓発プログラムっぽいですよね。わかる。

ただぼくから見て、よくあるプログラムと違うなと感じるのは、前に進むことよりも立ち止まることを大切にしていること、そして相互にケアしあう関係性の中で参加者が自分を受容していること、です。

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ぼく自身、インターンとして2018年夏と2019年冬に参加して、上記のような価値を感じました。この場があったから、ここで出会った人たちがいたから、受け容れられつつある自分の過去や特性がある。

それは自分を理解し、受容するという長い過程においては一つの点でしかありませんが、とても大きな点でした。

ここでSOKOAGE CAMPで起こっていることついて詳述することはできません(まとまってないので…いつか書きたい)が、自分が経験したこのプロセスを研究したいと思いました。

そして願わくは、ぼくの研究がこのプログラムの一助になったらいいな、と。

そんな想いでSOKOAGE CAMPを研究の主眼に添え、出会ったのが本来感(自分らしさ)という概念。

検討した中でもぼくが大切だと感じる状態に一番高そうなこいつを目的にしてみよう、ということでこんな研究になったのでした。

指導教官と相談する中で、具体的にSOKOAGE CAMPについて研究することはできなかったものの、繋がる内容にはなったと個人的には感じています。

付録2:自尊感情と本来感の研究について

提出した卒業論文の問題と目的では、もう少し詳しく自尊感情と本来感の研究について概観し述べています。参考までに、こちらにもコピペします。

自尊感情はJames(1890)によって概念化されたものだが、これがあくまで他者との相対的な比較に基づく社会的なものであると批判されてきた。
Rosenberg(1965)は自尊感情を、社会的基準での自尊感情と自己内価値基準の自尊感情の二つに区別した上で、後者を本当の自尊感情だとしている。
また、Deci & Ryan(1995)は同様に、自尊感情を外的な基準に自己価値が依存している随伴性自尊感情(contingent self-esteem)と、自己価値の感覚が社会的な基準に依存していない、自分が自分でいられることから生まれる真の自尊感情(true self-esteem)に区別した。
また、Kernis(2003)は安全な自尊感情(secure self-esteem)と脆弱な自尊感情(fragile self-esteem)を区別した上で、最良の自尊感情(optimal self-esteem)を概念化した。
その最良の自尊感情の最も重要な性質として指摘されたものが、本来性(authenticity)である。

伊藤・小玉(2005)によって「自分自身に感じる自分の中核的な本当らしさの程度」と定義された本来感は、Deci & Ryan(1995)の真の自尊感情に近いと概念であると捉えることできる。
このように自尊感情の概念的な見直しがされる中で注目されている本来感は、古くはRogers(1961)によっても重要性が指摘されたものである。
Rogers(1961)が、最も適応的に生きる人間像を概念化した「十全に機能した人間」を反映する資質として本来性の感覚(felt authenticity)を位置付けている。
また、ポジティブ心理学研究の文脈でも、個人内のポジティブな資質として本来性は注目されており(Harter,2002)、Seligman(2002)は人間のwell-beingに寄与する個人的資質の一つとして”authenticity”を挙げている。
パーソン・センタード心理学の分野でも、Wood et al.(2008)において、本来性を自己疎外、本来的な生活、外的影響の受容という三つの概念に分けて概念化した上で、各段階における本来性が自尊感情や精神的健康と密接に関連することを示されている。

付録3:参考文献

このnoteに活用した参考文献のみピックアップしました。

*1伊藤正哉・小玉正博. (2005). 自分らしくある感覚(本来感)と自尊感情がwell-beingに及ぼす影響の検討. 教育心理学研究, Vol. 53, pp. 74–85.
*2M.H.Kernis. (2003). Toward a Conceptualization of Optimal Self-Esteem. pp. 1–26.
*3伊藤正哉・小玉正博. (2006b). 大学生の主体的な自己形成を支える自己感情の検討. 教育心理学研究, Vol. 54, pp. 222–232.
*4福井義一・成瀬友貴美. (2015). 「自分らしくあること」(本来感)と「それを目指す こと」(本来感希求)がストレス反応に及ぼす影響 : 規定因としての成人愛着の検討. 甲南大学紀要. 文学編, 165, 199–209.
*5鈴木真吾. (2005). 自尊心と被受容感か らみた思春期の適応理解 一ストレス 反応 ・本来感との関連一. Japan Society of Personality Psychology, 14, 107–108.
*6山田剛史. (2004). 過去—現在—未来にみられる青年の自己形成と可視化によるリフレクション効果ーライフヒストリーグラフによる青年理解の試みー. 青年心理学研究, 16, 15–35.
*7戈木クレイグヒル滋子(2008). 実践グラウンデッド・セオリー・アプローチー現象をとらえるー, 新曜社
戈木クレイグヒル滋子(2016).グラウンデッド・セオリー・アプローチ改訂版ー理論を生み出すまでー, 新曜社
*8詫摩武俊・依田明(編著)(1972), 家族心理学, 川島書店
*9亀口憲治,(2000) 家族臨床心理学―子どもの問題を家族で解決する, 東京大学出版会
*10平木典子・中釜洋子・藤田博康・野末武義. (2006) 家族の心理 第2版―家族への理解を深めるために (ライブラリ実践のための心理学), サイエンス社.
Deci, E. L., & Ryan, R. M. (1995) Human autonomy: The basis for true self-esteem . In M. H. Kernis(Ed.), Efficacy, agency, and self-esteem. New York: Plenum. Pp. 31-46.
Harter, S. (2002) : Authenticity. In C. R. Snyder, & L. J. Shane (Eds.), Handbook of positive psychology, London : Oxford University Press, 366-381.
伊藤 正哉・小玉 正博. (2006a). 自分らしくある感覚(本来感)に関わる日常生活
習慣・活動と対人関係性の検討. 健康心理学研究, Vol. 19, pp. 36–43.
James, W. (1892) Psychology : The briefer course. (今田寛(訳) (1993) 心理学(上) 岩波文庫)
Rosenberg, M. (1965) Society and the adolescent self-image. Princeton, NJ: Princeton University Press.
Seligman, M. E. P. (2002) Authentic Happiness: Using the new positive psychology to realize your potential for lasting fulfillment. New York: Simon& Schuster, Inc.
菅原夏海・浅井継悟. (2019). 「居場所がない」から「居場所がある」への変容プロセスー大学生の居場所に関するエピソードからー. 北海道教育大学大学院教育学研究科学校心理臨床学専攻研究紀要, 16, 73-88.
Wood, A. M., Linley, P. A., Maltby, J., Baliousis, M., & Joseph, S. (2008). The authentic personality: A theoretical and empirical conceptualization and the development of the Authenticity Scale. Journal of Counseling Psychology, 55, 385-399.

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