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キューバ旅行記⑨ カサブランカ〜Fabrica de Arte 2020.01.24

フェリーを待つ間、隣に立つ女性が持つ小さな花束、いや、正確にはその花を包む新聞紙に目を奪われていた。新聞は、日本の、それも2020年発行のものだった。彼女はぼくの視線に気づくと、納得したように口を開いた。
「日本人なのね。今日、日本の有名な華道家のセミナーがあったの。その手土産に貰ったのよ。」ぼくがしたかった質問と、その答えまで先回りして説明してくれた。
「綺麗でしょ?」
「ホントだね、いい香りだ」それ以上質問はなかった、と言うより、質問する元気がなかった。

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旧市街の対岸、カサブランカ地区の思い出はそれぐらい。暑さの印象が強すぎてそれぐらいしか覚えていない。あと少し直射日光を浴びていたら、いよいよ倒れて記憶のひとつも残らなかっただろう。
排気臭く蒸し暑いフェリーに揺られ、アスファルトの照り返しを受けながら丘を上がり、辿り着いた要塞跡は、海賊の攻撃は防げても降り注ぐ熱射は防ぐことはできない。ぼくが兵隊なら闘う前に白旗をあげている。

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昼食は旧市街の中心に位置する小さなレストランでとる。ビニャーレスの寡黙なガイドが、珍しく相好を崩して「絶対に行くべきだ」と紹介してくれた場所だった。

スペイン語のメニューが読めず、「俺に任せれば間違いない」と豪語するウェイターのおすすめを半ば強制され、注文したのは、Pulled Porkがのったワンプレート、これが絶品だった。
どうもキューバの食事は、ガイドブックにあるようなファインダイニングよりも、ある程度ローカルも利用するようなレストランが日本人の口に合うような気がする。ボリュームは充分だが重たくはなく、暑さに参っていたぼくでも一瞬のうちに完食してしまった。きっとあまりに美味しそうに食べていたのだろうか、後から来た観光客がぼくのプレートを指して、それは何?と尋ねる。あいにく「わからないけど美味しい」と言う間抜けな返事しかできなかったが、彼らは結局揃って同じものを注文していた。ウェイターはどこか得意げな表情だ。

帰国後に何度かこの味を再現しようと試みたが、いまだに辿り着けない。

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昼間のうちは、特に目的地もなく、旧市街や海沿いのマレコン通りを散策し、小さな店やカフェに立ち寄っているあいだに時間が過ぎていく。一方、夜は行きたい場所が多いため、しっかり計画を立てないと滞在中にまわりきれない。

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この日の目的地は、ミラマル地区に位置するFabrica de Arte。名前そのままに、廃工場を複合アートスペースに仕立てたこの場所は、ライブ、ダンスフロア、映画に演劇、インスタレーションや展示など、“アート”とつくもの色々を、ドリンク片手に楽しむことができる。

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帰り道、どうも“ドリンク片手”が過ぎたらしい。Casaから数ブロック離れたところでタクシーを降り、酔い醒ましのため少し歩くことにした。

Casaの目の前の大通り、車線に挟まれるかたちの公園で、10代だろうか、若者が集まって遊んでいる。大音量で音楽を鳴らし、サッカーボールを蹴っては可笑しそうに騒いでいる。遠巻きに見ていると、二人の男の子が近寄ってきた。

「Chino?(中国人?)」
「ううん、 japonés(日本人)」

ぼくのスペイン語彙の限界を察した彼らは、ああ、そうと言った具合に煙草に火をつけた。英語で何かとコミュニケーションを取ろうと試みたが、どうもうまく通じない。
渡航を決めてから、指差しスペイン語を購入し、少しでもと勉強をしてみたが、いざ実戦では何の役にも立たなかった。

吸い殻を道に投げた彼らは、それでもぼくの方を向き直し、「一緒に遊ぶか」と手で仲間の方を指す。ここが本当に悩みどころで、10代と言っても大勢が深夜に騒いでいるとなると多少物騒に感じられる。これで多少なりともスペイン語ができれば、いざと言うときに切り抜けられそうなものだが、その自信はなく、首を横に振り断ることしかできなかった。

一人旅では、往々にして好奇心と警戒心を秤にかけるシーンにでくわす。このドキドキと、正解を引いた時の感動はいつだって特別だ。このときは果たしてどうだったろう。ついて行ったらきっと楽しかったかな。次来るときには、もう少し言葉を勉強してこよう。もうしばらく彼らの様子を眺めたのち、重たい脚を前に出して帰路についた。

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