見出し画像

キューバ旅行記② 最初の友達 空港〜市内 2020.01.20

入国からホテルまでのシミュレーションは完璧だった。

預入荷物のない僕はターンテーブルを横目に颯爽と出口に向かう。一番乗りで両替を済ませたら、市内に向かう旅行者をつかまえてタクシーの相乗りを持ち掛けよう。ホテルまで着けば英語も通じるはず。バーで一杯ひっかけてベッドに飛び込めばいい。

空港では、「タクシー?」とか、「荷物持とうか?」とか、その手合いの相手をしてはいけない。チップをせがまれるか、ぼられるか、ひどい場合は手荷物をすられるのがオチだろう。真っすぐ総合案内に向かい、ちゃんとタクシー乗り場を使えばそうした心配はないはず。我ながら旅慣れてきたものだと、少し得意になって、到着ロビーへと足を進めた。



「タクシーは?!」「どこ行くの?!」「何か手伝うことある?!」

果たして、ぼくを歓迎したのは、観光客を待ち受けるタクシー運転手の大集団だった。
“相手にしてはいけない”はずの質問をシャワーのごとく浴びている。完璧だったはずのシミュレーションは足下から崩れた。

まずは落ち着いて…彼らが果たして本当に正規の運転手かはわからない、ひとまず総合案内へ、それから両替だ。
人並をかき分け総合案内受付につくころには、ちょうどぼくがひとりで10人ほどの運転手を後ろに連れ歩く形になっていた。他の乗客は皆ターンテーブルでもうしばらく待たされるだろう。いまぼくを市内に連れて行けば、ドライバーは一晩でもう一周できる。


「り、両替はどこでできますか、、?」

その様子がよほど可笑しかったのか、受付の女性は笑いをこらえきれず、両替機を指さすことしかできなかった。


「俺が案内するぜ、アミーゴ、ついてきなっ!」

よりによって、先ほどから一番やかましい運転手と、ぼくはいつの間にか友達になっていたらしい。案内の女性も咎める様子がないことには安心し、できたばかりの友達の案内で両替機に向かった。ところが両替機はどうにも不調で、ユーロ紙幣は何度も吐き出される。

見かねた友人はわざわざ係員を呼びに行ってくれたうえに、どうやら原因がわからないとみると、支払いはユーロでも構わないと申し出てくれた。なんだ、意外といいやつじゃないか。多少疑りが過ぎたかな、反省。友人の評価は好転する。

「市内まではいくら?」
一応尋ねてみるも、空港―市内間は25CUC=25EURが固定相場で、これより高くても安くても法に触れることは既に知っていた。


「30ユーロでどうだ?」
ぼくは友人の評価を再び翻した。

「25じゃないの?」
「んー、OK。あんたが言うならいくらでもいいよアミーゴ!」

だから25じゃないとダメなんだって。


アミーゴに続いて空港のドアをくぐると、熱帯のしっとりとした空気が迎えてくれた。
まとわりつく湿気も、長いこと冷房にさらされていた身体には心地がいい。

ピカピカのタクシーが列をなす中、彼の車だけが何故かぼろぼろだったが、もうツッコむ気にもなれず、助手席に乗り込む。当然のようにシートベルトが無いが、いやいや、ツッコむまい…。


「タバコ吸うかい?」

この男は、最後まで優しいんだか鬱陶しいんだかわからない。
とはいえ、こんな類の適当さ、もとい大らかさに意外にも居心地の良さを見出し始めていた。

キューバの煙草は重く、眠気を鈍く刺す。
くゆらせた紫煙を仰ぐように、手のひらを、窓の外の暗闇で泳がせた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?