ジャクソンホール・パウエルFRB議長の講演内容を予想する
新型コロナウイルスに関係する内容の可能性がある記事です。
新型コロナウイルス感染症やコロナワクチンについては、必ず1次情報として厚生労働省首相官邸のウェブサイトなど公的機関で発表されている発生状況やQ&A、相談窓口の情報もご確認ください。※非常時のため、すべての関連記事に本注意書きを一時的に出しています。
見出し画像

ジャクソンホール・パウエルFRB議長の講演内容を予想する

下田 知行

 8月27日米国東部時間午前10時(日本時間同日午後11時)、カンザス連銀主催ジャクソンホール経済シンポジウムでパウエルFRB議長が講演します。
 イエローストーン国立公園近くの山岳避暑地に日本を含む世界主要国の中央銀行首脳や学者が集まり、3日間世界経済や経済政策を集中的に議論するのがこの「ジャクソンホール」ですが、今年は昨年に続きオンラインでの開催になり、日程も1日間に短縮されました。

 昨年の「ジャクソンホール」では、直前に臨時のFOMC(連邦公開市場委員会)を開催し、金融政策運営の新指針を発表するなど、世界の金融政策の動向に影響を与えるメッセージが発信されることも多く、金融市場の関係者にとっては目の離せない会議です。

昨年FRBが「ジャクソンホール」の場で公表した新しい金融政策運営の指針については、以下の当方による解説もよろしければご覧ください。

「最大雇用」の実現に軸足を置いたFRBの金融政策新指針
フォワードガイダンスの強化により期待インフレをつなぎ留め
週刊金融財政事情 2020年10月5日号
https://kinzai-online.jp/node/6865

 今年のパウエル議長の講演も、デルタ株感染拡大の経済回復ペースへの影響、雇用の回復状況への評価、このところ高い伸びを示しているインフレへの評価、テーパリング(FRBによる資産買い入れペースの縮小)や利上げなど金融政策の運営スタンスなどで何か新しい判断が示されるのか、市場の注目度は非常に高いです。

 パウエル議長の講演でどのようなメッセージが発信されるのか、直前の予想です。専門的な内容ですが、よろしければご覧ください。

PDFの方が読みやすいですし、重要な部分はハイライトなどしていますのでお勧めですが、PDFでは読めない、ダウンロードできないという方のために、テキストでも貼り付けておきます。

(ポイント)
・ テーパリングについては、7月FOMCの方向性を淡々と繰り返すだろう。デルタ株蔓延で年内開始が曖昧になることはない。

・ テーパリングの事前アナウンスについて、従来のwell in advanceという表現が7月FOMC以降advance noticeに変化。アナウンスは事実上7月FOMCで行ったともいえなくもないが、9月FOMCで「正式予告」が行われる可能性が高い。advance noticeは1回前でも2回前でも使える柔軟な表現なので、9月に正式予告したとしても、「11月決定」も「12月決定」もまだどちらもあり得る。その違いは「微調整」というレベルで本質的ではない。

・ テーパリングのペースの議論は9月FOMCで行う(Jackson Holeで新たな材料はない)。具体的なペースを「予告」では示さず、11月もしくは12月の「決定」まで持ち越す可能性はある。米国債とMBSのテーパリング開始時期は同時だが、MBSの削減ペースを速める選択肢はまだ残っている。

・ デルタ株蔓延で雇用回復ペースが緩慢になる可能性はある。ただ、これは金融緩和で対応できる(ペースを速めることができる)問題でない。むしろ、売り手市場で人手不足が深刻な状況で、供給制約が長期化し、インフレが高止まりする方向に作用する。金融政策にとってはhawkishな材料とさえいえる。

・ 現時点で議論する必要はないが、インフレが高止まりすると、利上げの条件がテーパリング終了前に満たされるテールリスクにも留意する必要。

・ 政府預金が3,100億ドルまで減少、10月にも底をつく可能性。金利の上昇要因。債務上限引き上げが政治的駆け引きに使われ、バイデン政権の政策実行力に疑問符がつくリスク。

・ 金融政策とは関係ないが、気候変動もしくは中銀デジタル通貨(CBDC)について何らかの発表を準備している可能性。


 市場の一部には、「デルタ株蔓延で雇用回復は遅れる。テーパリングの先送りのシグナルがあるかもしれない」と期待する向きもあるようだ。
 一方で、長期金利は1.2%台前半から1.3%台後半までゆっくり上昇している(短めの金利も上がっているので、フラットニングは継続している)。
 株価は史上最高値圏で絶好調だ。デルタ株で緩和長期化を見込むストーリーで株価が上がるのは、その当否はともかく、理解はできるが、その割に長期金利はしっかりだ。

 昨年のJackson Holeでは直前に臨時のFOMCを開催して金融政策運営の新指針を決定したが、今年はそのようなことはないだろう。気候変動もしくは中銀デジタル通貨(CBDC)について何らかの発表を準備している可能性はあるが、それはFOMC議決事項ではないし、足許の金融政策運営には関係のない話だ。

 FOMCは市場のセンチメントには敏感といえるが、政策の方向性を1つや2つのデータでころころ変えたりしない。右往左往しているのは市場の方でFOMCは方針を決めたら淡々と歩みを進めるのが普通だ。そして、株価は最高値圏で市場のセンチメントは悪くない。また、トランプ時代のように政権も株価至上主義ではない。市場の「いいとこどり」が行き過ぎている場合に冷や水を浴びせるのに躊躇はない。これは6月FOMCのドットチャート(23年中に2回の利上げ)で実証済みだ。

 テーパリングの方針は7月FOMCで大体全体像がみえてきている。「11月決定」か「12月決定」の選択肢を残す柔軟性は確保しているが、その差は「微調整」のレベルであり本質的なものではない。年内開始は既定路線だ。もちろん、Jackson Holeで市場の一部が期待するような年内テーパリング開始が撤回されるようなことはない。今後も、よほどのこと(米中の軍事衝突など)で経済の回復シナリオが軌道から逸れない限り、年内開始が撤回されることはない。株価の10%程度の調整では揺らがない。株価が調整すれば、市場は勝手に緩和長期化シナリオを持ち出すだろうが、それで株価が回復するのであれば、それはFOMCの方針変更のせいではなく(実際、方針は変更されていない)、市場の右往左往と捉えるのが実情に合っているだろう。

7月のFOMCで示されたテーパリングの方針については、noteのこの投稿も参照してください。

 あまり注目している人がいないようなのでここで指摘しておきたいのだが、テーパリングの事前アナウンスについて、2020年12月FOMCから一貫してwell in advanceという用語が使われてきたのだが、7月FOMCではadvance noticeという用語で統一されている。正確にいえば、6月FOMCの記者会見からパウエル議長はadvance noticeという言葉を使っている。advance noticeであれば、実際の決定より1回前の会合で予告すれば済む。実際のところ、7月FOMCで年内開始方針を明確にしているので、「予告」は済んでいる(その意味ではwell in advanceにも反しない)といえるのだが、advance noticeという用語に変わったことで、9月FOMCで11月開始の正式な予告があっても驚きではない(というか、おそらく予告されるだろう)。

 テーパリングの残る議論は、買い入れ削減のペースだ。もし米国債毎月100億ドル、MBS毎月50億ドルずつ買入れ額を減らすのであれば2022年夏にはテーパリング完了してしまう。米国債80億ドル、MBS40億ドルでも秋(11月決定、12月開始なら9月末完了、12月決定、22年初開始でも10月末完了)だ。なお、米国債に先駆けてMBSのテーパリングを開始することについてはすでに否定的な考え方が示されているが、両者の削減ペースを変えることについては、7月記者会見で「議論中だ」としてその余地を残している。9月FOMCで正式予告するなら、削減ペースも合わせて予告するのが自然だが、ひょっとすると、この部分は「2022年中に終える」とのみアナウンスして、具体的なペースは11月もしくは12月の決定時点まで判断を持ち越し、柔軟性を確保しようとするかもしれない。

 利上げについては、「テーパリングとは別の基準で判断される別問題」「議論する段階にない」といった従来のスタンスを堅持するだろう。今年のJackson Holeのテーマは「不均一な経済におけるマクロ経済政策(Macroeconomic Policy in an Uneven Economy)」であり、雇用についてはdovishなメッセージを発する可能性が高い。実際、9月6日のLabor Day以降再開されるとみられていたオフィス出勤をデルタ株蔓延で先送りする企業が増えている。雇用回復のペースは幾分なだらかになることも予想されるが、これは金融政策で対応できる問題ではない。そもそも、現在の労働市場は売り手市場であり、賃金も上昇圧力を強めている。不況で条件を下げても職が見つからないような状態では全くない。一方で、人手不足で供給制約が継続し、インフレの高止まりが長期化する。むしろ、金融政策にとってはhawkishな帰結をもたらしかねない要因であることを認識する必要があるだろう。

 もっとも、今回の講演や9月雇用統計後、「雇用回復ペースが鈍ることで金融緩和が長期化」と市場が勝手に解釈してしばらくは(インフレの高止まりが明確化するまでは)リスクオンムードが高まる展開も考えられる。これも私は市場の右往左往の一例と考えるが、市場がそう受け取るなら、むきになって否定する必要もなく、FRBは淡々と歩みを進めるだけだ。

 なお、現時点では全く議論する必要はないが、仮に、インフレの高止まりが継続するようであれば、利上げ(liftoff)の議論がテーパリングの終了を待たずとも始まるリスクも頭の片隅には入れておく必要もあるだろう。「テーパリングが終了してから利上げ」というのが、自然であるし、FRBのメインシナリオもそうであるはずだが、2%を上回るインフレが常態化すれば、テーパリング途中でも利上げする可能性も排除されていない。いずれにせよ、これは「インフレは一時的」という評価の適否が見えてくる2022年入り後の話である。

 最後に長期金利は、雇用の回復ペースを市場がdovishと受け止めれば再び1.2%台に戻る可能性もあるが、一方で、債務上限が再び材料視され始めている。債務上限は8月1日に28.5兆ドル(約3,100兆円)に引き上げられたばかりだが、政府預金の減少ペースは速まっており、現在残高は3,100億ドル(約34兆円)。10月頃に底をつくとみられる。債務上限の引き上げは3.5兆ドル財政パッケージを巡る政治的駆け引き(民主党内の左右対立、共和党の政権攻撃)の格好の材料になるとみられ、バイデン政権の政策実行力に疑問符がつくリスクとなる。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
下田 知行
一橋大学国際・公共政策大学院特任教授。前日本銀行企画局審議役。元IMF日本代表理事代理。金融政策、バーゼル規制交渉、金融市場・決済に精通。Nikkei FinancialでGlobal Policy Watch連載。https://researchmap.jp/TShimoda