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五十四話「予知夢に殺される」

かつてWさんという男性は、いわゆるメン・・で・・・な女性と付き合っていた。

彼女の名前をここでは仮に夢美ゆめみさんとしておく。

それだけでもなかなか苦労が絶えないのだが、この夢美さんは更に『みえる子ちゃん』属性持ちだった。
ただ、Wさんは、それを心のなかで「かまってちゃんを拗らせて出た末期症状」と診断しており、全く信じていなかった。

とにかく、日頃からちょっとしたことで振り回されていたが、なかでも彼女のみる『予知夢』には特に手を焼かされた。

この『予知夢』というのが、ただ当たるだけなら苦労はしなかった。

いわく、当たっていないようで、当たっている。

例えば

夢美さんが「今日はパチンコで大当たりする夢をみた!」と豪語し、無理やり連れていかれた日にはボロ敗けし、帰り道で先日彼女が買った宝くじの当選を知り、負け金の半額ほどの補填に消える。

夢美さんが「今日は『青い夢』をみたから青がラッキーカラーなの!」と、全身青のコーディネートにしたが、良いことが全く起きず、機嫌が悪くなった。
そして、無理やりWさんに服を買い換えさせた。

「やっぱ青はアンラッキーじゃん!!!」

やけくそになった彼女が、競馬で青い帽色の馬の代わりに賭けた小銭を儲ける。

・・・など、そんな当たらずとも遠からずな感じだった。
Wさんは彼女の『予知夢』だけは信じて気に入っていた。
よく計算すると、全体的に勝ち越していたので付き合っている節があったそうだ。


そんなある日。
夜中、Wさんのもとに夢美さんから電話がかかってきた。
喚き声ばかりで不明瞭な電話に嫌気がさしつつも、機嫌をとりにWさんは彼女の家に向かった。


いつものように玄関のドアをノックして、それっぽい優しい声をかける。
そして鍵を開けてドアを手前にひくと、流れるように夢美さんが懐に飛び込んできた。

一瞬、
(今日はずいぶん勢いがいいな、発情期か?)
などと心ない言葉が脳裏に浮かんだWさんだったが、突如、腹部に激痛が入った。

そのまま倒れこんで、痛みを押さえつけるように体をまさぐると、何かがグッサリと刺さっていた。
そこでWさんふっ・・・と意識を失った。


あとから当時の状況を聞くと、Wさんは、玄関から飛び出てきた夢美さんにナイフのようなもので刺され、彼女の泣き声を聞きつけた近隣住民の通報で病院に運ばれたらしい。

そして、夢美さんがどうしてそんなことをしたのかというと

『Wが死んじゃう!Wが死んじゃう!』
『だって夢でみたんだもん!』

とのことだった。


その後、夢美さんはしかるべき施設に送られ、Wさんは彼女のことが末恐ろしくなって、完全に縁を切った。

ここまでだと、『男女の痴情のもつれ』に過ぎない。


話はそれから数年後、Wさんが当時付き合っていた女性に別れ話を持ちかけられ、大喧嘩をしたときのこと。

その彼女いわく、Wさんが浮気しているから別れるというのだ。

しかし、それは全くの検討違いで、当時のWさんは他の女性と一切関係を持っていなかったのだ。

どうして自分が浮気をしていると思うのか尋ねると「占い師に教えてもらった」という。

説得力のない理由、オカルトの類いを盲進する彼女の愚かさ、これらがWさんの逆鱗に触れて口論はさらに激化した。

最終的に彼女の方が怒りに身を任せて家を出ていくことになったのだが

「夢美とまだできてるんでしょ!」

と、彼女は捨て台詞を吐いて去っていった。


Wさんは、『夢美』なる名前を彼女のまえで出したことがない。
忘れたくて忘れたくて、絶対に口にしないようにしていた。
だから、わざわざ当時の自分と夢美を知る者のいない遠い土地までやって来たのだ。

「もうソイツとも連絡取れないんで、あのとき、どうしてアイツの名前を知ってるのかすぐ聞くべきでしたよ」
「でも、そのときはヤベーことが頭に浮かんで、なんもできなかったんです」


Wさんは、夢美さんに刺されて以降、毎晩といっていいほど悪夢をみるようになった。

汗だくになって目を覚まし、文字通り体が起き上がる。

内容は覚えていない。
ただ、物凄くおぞましいものだったことだけは覚えている。


「目が覚めたらマジでぜ~んぶ忘れちゃうんだけど」

「たぶん、俺、毎日アイツに殺される夢をみてるんですよ」

話せば正夢にならないから・・・と、日に焼けた肌でも隠しきれない隈をした男は話してくれた。