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父が別人になってしまった。

母がステージ4の癌のとき、父は別の女性に夢中だった。

「来年の夏 (母の余命の後)は、○○さんとハワイにいく。」って一時帰国の時に父に告げられて、私の心臓はヒヤッとした。ずっと演じてきた「家族」という共同体の幻想が、砂の城みたいにバラバラになっていく。まって、そんなの耐えられないよ。「家族愛ってなに?」って、小さい頃からよくわからなかったけど、私はその答えが永遠にわからないまま死んじゃうのか。そんなの絶対にやだと思った。

コロナで日本からイギリスに帰れなかった2020年の数ヶ月、私は闘病してる母の愚痴を一生懸命聞きながら、母のかわりに父と正面からぶつかった。最後に母を裏切ろうとする父に対する怒りと憎しみがふつふつと湧き上がってきて、胃が痛くて寝れなくなった。泣きながら父に対峙した地獄みたいな夏。

喧嘩しながらも父の話を聞いてると、父もずっと孤独で悲しい思いをして生きてきたんだっていうことがだんだんわかってきた。父自身も「家族愛」がわからない寂しい子ども時代を過ごしてきたみたいで、京都の実家とはもうずっと縁が切れてるし、気に入らない人とはすぐに疎遠になる癖がある。今度は癌の母とも縁を切って、「ここじゃないどこか」を過度に理想化して逃げて、どんどん孤独になっていくんだなっていうのが簡単に想像できた。

こんな悲しい家族のカルマは私がぜんぶゼロにしようって思った。

父だって健気に真面目に生きてきたんだもん。ムカつくこともあったけど、父の中の悲しい男の子に、「あなたはあなたでいいんだよ。」って心の中で思うことにしたの。「よく頑張ったね、もうだいじょぶだよ。」そしたらある日、父は子どもみたいに大きな声でわんわん泣いたんだ。父もギリギリだったんだと思う。そんな父を許して、母は離婚しない選択をした。「ずっと自分のことだけ見て欲しかったんだよね、夢が叶ってよかったね。」って亡くなる数日前の病床の母にLINE電話で言ったら、掠れた声で嬉しそうに「うんー」って言ってた。結局、父に看取られて逝った母は、女性としては幸せだったんだと思う。

そして2020年には「人生は復讐だ」って言ってた父が、ここ数年で別人になった。父はずっと父の母 (私の祖母)を恨んでて、長いあいだ縁が切れていたのに、祇園祭があった先週末に京都の実家を訪ねて行った。「産んでくれて、育ててくれてありがとう。」って自分の母に言いに行ったの。父の幼少期の話を聞くと、それはとても勇敢なことだと思った。そしたらずっと連絡もなかったのに、祖母はとても喜んで優しく迎えてくれたらしい。怒りの炎はぜんぶ浄化されて、いっぱい話していっぱい笑ったらしい。

家族のカルマ、私でぜんぶゼロにできた。
私の中で泣いてた女の子も笑顔になった。
よかった、よかった。

みんなどこかおかしいけど、
誰のことも責めなくてもいいよ。
少し歪んだ「家族愛」を学んで育って、
それぞれにただ一生懸命生きてきただけ。
わからなくなったら、私が何度でも教えてあげる。
「あなたはあなたでいいんだよ。」


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