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優しい魔女は母をシンデレラにしてくれた

先日、母の付き添いで大学病院を訪れた。何十年も前から持病のある母だが、歳を重ねるにつれ受診する診療科も増えてきた。先日は眼科だった。

ここ十数年くらい、大学病院は次々とリフォーム工事をして綺麗なビルに生まれ変わってるが、母の行きつけの大学病院はコロナ禍で工事をし損ねてしまったようで、かなり老朽化している。

黄ばんだ壁、冷たい白熱灯、窓が少なく風通しの悪い構造。そこに高齢の患者さんがすし詰めにされて、よどんだ空気が立ち込める。みんな悪いことを告げられるのではないかと不安な面持ちで、視線は宙をさまよっている。あとどれくらい待てば呼ばれるのかも分からず、所在なさげに座っている人も多い。

受付では医療事務が殺伐と処理をし続けていて、うっかり「あとどれくらいですか?」なんて尋ねようものなら、あからさまにため息をつかれてしまう(それでも何回も聞くのだけれど)。

母はドライアイが悪化して処置が必要だと言われていた。目の処置というのは何とも恐怖感を伴うだろう。いつもはゆったり構えている母も少し緊張している。

大学病院に到着してから4時間。ようやく処置の番が回ってきた。母の緊張はピークだった。その時、処置台に上がる介助をしてくれる看護師さんが3人やってきた。

このうちの1人の看護師さんがすごかった。50代後半くらいの方だろうか。柔らかな雰囲気をまとっているが、介助に入ると動きやリードの仕方が的確で、ベテラン度合いが伝わってくる。そして何より不安に押しつぶされそうな患者さんの懐にすっと入り込み、あっという間にリラックスさせる。ムードメーカーという言葉では足りない。

「大丈夫よ。ほとんど痛くないから。安心して、すぐ終わりますからね」。「●●先生には、お帽子(処置する際のオペ用のキャップのこと)被ってきていただいて。ゆっくり準備しましょうね」

処置台の上の母の体勢が楽になるようにクッションを詰めたり、バスタオルをかけてくれたり。そうしている間も母がリラックスできるように、笑顔で優しい言葉をかけるのを忘れない。

母の緊張が一瞬にして和らいだのが分かった。

その看護師さんの言う通り、処置はすぐに終わった。処置台から降りる時、母の靴が脱げてしまい、「あらシンデレラ、靴が脱げちゃったわ」なんてお茶目な一言が出るものだから、周りにいる全員が笑顔になった。

最後は「娘さんが付き添ってくれるなんて贅沢~」と母の手を取って、少女のような笑顔を見せ、別れを告げていた。

効率化を求められ競争し続けている現代人。皆忙しく疲れている。特に大学病院なんてその最たる場所だ。訴訟リスクも考えると余計なことなど話せないだろう。ムードメーカーなんて何の得にもならない役回り、今どき誰も引き受けない。

そんな殺伐とした、諦めに満ちた場所で、その看護師さんの包容力は際立っていた。

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