ブランディングとは、自分を表すもの。 | 森島酒造株式会社 森嶋正一郎 × TRUNK
TRUNKのブランディングは、すべてお客さまとの共創によってできあがったものです。課題を解決するための進行過程で得られた気付きや、制作の裏側にあるストーリーをお伝えしていきます。
森島酒造が新たに立ち上げる日本酒『森嶋』のブランディングにTRUNKが着手したのは2018年。酒づくりと並行しながら、約1年のやりとりを経てデビューを果たしました。今回、所長 笹目が同蔵を再訪し、専務の森嶋正一郎さんと当時を振り返りながら、その後の変化について語り合いました。
勝手に売れていくんだな、すごいなって。
笹目:発売から約1年ですが、市場の反応はいかがですか?
森嶋:とても好評です。販売店からの注文が格段に増えて、売れるスピードはほぼ倍になりました。直近の山田錦でいうと、仕込みタンク1本を「生」用、もう1本を「瓶燗火入」用で出荷する予定だったのに、先に出荷した生の追加注文が多くて、結果的にすべて生で出すことになったほどです。勝手に売れていくんだな、すごいなって思いました。
笹目:火入れする間もなかったんですね! 成功の要因は何だと思いますか?
森嶋:3つあると思います。高い酒質、適度な価格、目を惹くラベル。一般の方に表立ってはお伝えしていないのですが、『森嶋』はもともと蔵の冠ブランドだった『大観』(現 富士大観)の純米吟醸として販売していました。つまり、酒質と価格はほぼそのまま。変わったのはラベルだけなんです。じつはSNSで「『大観』をつくっていた蔵とは思えないくらいおいしい」っていう声もあって。味は変えてないんだけどなぁ…(笑)と思いつつ、それだけデザインの影響力を実感しました。
笹目:ラベルが味の感じ方まで変えてしまうのは面白いですね。デザインの成果って、なかなか見えにくいんですよ。たまたま店舗が増えた、供給量が増えたとかいろんな要因があるので。これほどダイレクトに、要因の1つとしてからむ実感を持てるのはすごく稀です。
販売店の反応に、気持ちが揺らいだ。
森嶋:でも正直、デザインが決まるまでは辛かったですね…。
笹目:辛かったですか?
森嶋:ラベルができて販売店に見せにいったら「これで大丈夫なの?」と、いう反応が思いのほか多かったんです。
笹目:発売する年の夏でしたね。「どうしたらいいでしょうか」とお電話いただいて。もちろん案件によっては「お客さまが違うと思うなら変えましょう」という提案をすることもあります。でも、今回は「常識の逆を行こう」という挑戦的なコンセプトを掲げ、既存の場所から飛躍する方法をずっと模索していました。その積み重ねがなかったら我々も揺らいでいたかもしれません。拒否反応がでるということは、言い換えれば、当初のコンセプト通り常識の“逆”を行けている証しだという自信がありました。だから、森嶋さんがんばって、粘って! って。
森嶋:笹目さんがそこまで言うなら大丈夫、でも…と、振り子のように揺れて。何度も話を聞いていただき、ずいぶん支えてもらいました。
笹目:紆余曲折ありましたが、今回のプロジェクトは販売店のひとつ、小野酒店のオーナー 小野さんに入っていただいたことも大きかったと感じます。必要なときはハッキリと物を言い、オブザーバーの姿勢は崩さない。小野さんのような俯瞰する存在、売る現場の視点にとても助けられました。ラベルのデザインも、小野さんのお店にテストで置かせていただいたことで閃きがありましたし。多方面からの視点を入れ、「もうこれ以上ない」と思えるまで議論を尽くしたからこその結果ですよね。
森嶋:そう、もう代案が浮かばないほどに。
前よりもっと、酒づくりが楽しくなった。
笹目:ご自身に変化はありましたか?
森嶋:仕事がさらに楽しくなりました。以前は「ここまでに在庫を捌かないと」というプレッシャーがあったんです。でも、それが今はない。冷蔵庫がすぐ空になるんですから。
笹目:ほとんど宣伝していないのに、すごいですよね。
森嶋:(宣伝は)酒が全部してくれているんですよ。
笹目:商品が営業をしてくれると、森嶋さんはそのぶんやりたいことに専念できるようになりますね。今回は立ち上げのブランディングから携わらせていただきましたが、森嶋さんにとってブランディングって何だと思いますか?
森嶋:「自分を表すもの」です。ラベルも、WEBサイトも、自分で決めたものだし、すべてが森嶋正一郎を表現していますから。もちろん商品は自分を表現するものですが、ただ酒質を高めるだけじゃダメだったんです。中身と見た目が一致すること。それがあって初めて届くものになるんだと思います。
笹目:ブランディングって本質的なところまで落とし込む作業だから、時間もかかりますよね。
森嶋:かかりますよ! だって、自分の内面を整理しないといけないんですから。今まで何をやってきたのか、何を一番伝えたいのか。振り返ってみると、前は良い酒をつくっているという想いはあったのに、それをうまく言葉にできませんでした。でも、自分に向き合って納得するまでとことん悩み抜いたので、今は誰に何を聞かれても自信を持って答えられます。自分の目指す酒はこうなんだ、と。
笹目:今回、その酒が世間に受け入れられた。つまり、自分が受け入れられたということですよね。それって誇りだし、気持ちが良いことですよね。
森嶋:はい、すがすがしいです。
『森嶋』を飲んで、
働きたいと思う人がでてきたら最高。
笹目:今後の展望は?
森嶋:つねに向上心を持って、毎年少しずつでも酒質をブラッシュアップし、おいしい酒をお届けしたいです。もう1つ大きい目標は、従業員の育成。外部の研修を受けられるようにしたり、休憩室の環境を整えたり、より居心地の良い職場をつくりたいと考えています。
笹目:展望というと「生産量を増やす」といったことを想像していたので、少し意外でした。
森嶋:自分だけが頑張っても、伸びしろはないんです。酒づくりはチームワークですから、従業員の意識が商品のクオリティに直結します。実際、仕込みの体制を変えて休みを増やしました。そうすることで、やる気やパフォーマンスアップにつながればと。
笹目:プロジェクトを進めている間とは、ずいぶん視点が変わられた気がします。商品に自信が持てたからこそ、次は経営や従業員の育成の方へ焦点があってきた、という感じでしょうか。
森嶋:そうかもしれません。今後、『森嶋』を飲んで、おいしいからここで働きたいと思ってくれる人が出てきたら最高ですよね。
笹目:ボトムアップされて良い循環が生まれそうですね。今後の蔵の成長も一緒に見守らせていただけたら嬉しいです。
ライティング|平嶋さやか